第27話 巻きで行く
「司祭様、そういうことならありがたく甘えさしてもらいやす。ところで、例の姉弟をずいぶん待たせてるんじゃねえですかい?」
マーちゃんと殴打力の秘密については、何とか一応は無難なところに落ち着いた。
あとは例の姉弟に会い、借金を俺の伝手で何とかすることを伝えてやらなければならないだろう。
「そうだな。ところで良いのか、ケンチ? あの元騎士殿がどうなったか、お前さんはその事も伝えなくちゃならねえ羽目になるぜ」
「その事は覚悟しとりやす。でもこいつはケジメってやつだ。恨まれるかもしれねえたぁ思ってます」
腹をくくった俺は2人に会うことを決め、デチャウ司祭様に続いて彼らが待つ部屋へと向かった。
ちなみにマーちゃんは姿を隠す前に、デチャウ司祭様に蒸留酒2瓶とスモークチーズとスモークジャーキィを差し入れた。司祭様がこの件にかなり前向きになったのは、肝臓が治癒し、神の使命の一端を担うことになった所為だけではないのだ。
こうして『飲んだくれ坊主』として名高い司祭様は、うちの御使い様のお陰でさらなる堕落への道を歩み始めた。
「ケンチ殿、この度は真にお世話になりもうした。お2人はここで新しい生き方を探すことになりました。私だけは国に戻ろうかと思います」
応接室では、アメディオ・モドンニョ氏と例の姉弟と思われる少女と少年が待っていた。
全員があの街に溶け込むために簡素な服を着ていたが、身に付いた気品のようなものは拭いきれていなかった。
どうやらモドンニョ氏は隣国に戻るらしいが、かなり危険なのではないだろうか。
「かなり危ねえと思いますぜ。俺からはこれ以上のこたぁ言えませんがね。ところでさっきも言いやしたが、借金についちゃあ俺の方で何とかしときますんで、そこは安心してくだせえ」
モドンニョ氏は俺の台詞に対して頭を深々と下げた。
その後で、件の姉弟から俺に声がかかった。
「ニコレッタ・ベロガ・ロッコーニと申します。この度はお世話になりまして感謝の言葉もございません。見ず知らずの御方にそこまでしていただくわけにもまいりません。借金は私が返そうと思います。ネーラーニさんには……」
モドンニョ氏に続いて、自己紹介をしてくれたのは姉弟の姉の方だ。
そのしっかりしてそうな12歳のお嬢さんの台詞を俺は手で遮った。この娘ならきっとどこででもやって行けるだろう。金を貯めるのも得意そうだ。
「お嬢さん、俺は田舎者なんで言葉が汚えのは勘弁してくだせえよ。こいつはドアーニオの旦那の最後の願いなんだ。俺を恨んでくれてもかまやしませんが、これだけはやらしてもらいますぜ」
「あなたを恨むことはしません。アシッメオさんはそんなことになりそうな男性でした。アメディオからも話を聞きました」
生まれが分かりそうな長い金髪の下にある青い目を向けて、少女は色々なことを飲み込んだような答えを俺に返した。
「ワーテルロー・フギン・ロッコーニです。その……ありがとう」
俺がしばらく何も言えないでいると、10歳の弟の方からそんな自己紹介が聞こえた。
言い方がつたないとは思えなかった。姉と同じ色の瞳には涙が一杯にたまっていたが、それは彼が話すまで溢れなかったのだ。
少年の方は、よく見れば天性のたくましさを持っているように感じられた。この子も大丈夫だろう。
何となくしんみりしてしまったが遅い時間になってきていた為、ドアーニオの旦那の葬儀は明日ということにして、教会を辞去することにした。
教会から手ぶらで出てきた俺は顔覆いと帽子をかぶって溜め息を吐いた。
長い1日がようやくこれで本当に終わりそうだったが、大通りを歩いている最中にマーちゃんから残念な念話が飛んできた。
「200メートル先の家の屋根の上から下を覗いている人物がいるぞ。何かを探しているのかもしれんな。トイレ関係なら私と話が合うかもしれん。もうすぐ出そうという可能性もある」
屋根に登る前に、その家のトイレを貸してもらう方が早いので、マーちゃんの推測が間違っていることについてやんわりと伝えた。
余談ではあるが、街中では気配感知が役に立つ距離は極端に短くなる。うちのトカゲ姉さんの方が探知範囲は圧倒的に広いのだ。
「マーちゃん、そいつは多分だが例の改造人間の仲間かもしれねえ。この街の新人の配達人が道に迷ったって可能性もあるけどな」
屋根の上の人物の背後を取るべく、大通りから脇道へ逸れるやマーちゃんナビに従ってその家に接近した。屋根の上には空歩の術で素早く登った。俺も昔はここで配達をやっていた口なのだ。
「そんな所からじゃ色街の姉さん達の谷間は覗けねえぜぃ。あんた、この辺じゃあ見ねえ御人だな。あと、その斬新な寝癖は初めて見た」
屋根の上の男に対して、後ろから声をかけた。
その黒く長いローブを着た男は、同じく黒く長い髪の上から2本の紐の様なものを生やしていた。紐の先端は二股になっており、その紐自体は男の頭上で弱い風に逆らうように揺れている。
「フフフ、わざわざ同じ場所に来て、一緒に胸の谷間を観察するような奴もおるまい。俺は『アンサール・ロスナッシ』という。その口調と姿、お前が行き倒れだな。ここで俺とハギョレモォォォ!」
個性的な叫び声をあげて、アンサールと名乗った男はその場で崩れ折れた。
実はロスナッシの背後からは、姿を消した黒クモさんも接近していたのだ。体高3~4メートルにもなるこのロボットさんは、クモの顎に擬装した隠し腕からロスナッシに高圧電流を流し込んだのだった。もちろん魔法により自重を軽減し、全くと言っていいほどに音を出さなかった。
「捕獲には成功したようだ。まだ生きているから情報も取れるだろう。興味深い人物のことも聞けるかもしれん。ケンチ、ここには陸戦協定とかあるのであろうか?」
ロスナッシをあっさりと捕まえることには成功したが、マーちゃんからは捕虜の取り扱いについて無視できない危険な発言が飛び出してしまった。
「マーちゃん、なるべくならあんまり痛くねえ方法で頼むぜ。殺すしかねえ場合もあるかもしれねえが、あっさり殺すのも、こっちの寝覚めが悪くなるような顔してやがる」
アンサール・ロスナッシは、端正ながらも運命に逆らい続けたようなふてぶてしい面構えをしていた。挑発に対する返しといい、個性的な叫び声といい、まともにやり合えば苦戦することは必至の使い手だったに違いない。
「方法は色々とあるのだ。情報を吸い取ること自体は楽に出来るだろう。任せて待っておいてほしい」
マーちゃんの頼もしい答えからは、覗くべきでは無い技術の存在が垣間見えたが、この際なので全部を墓の下に持っていく覚悟で頷いた。
※お読みいただきましてありがとうございます。




