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第8話

うちの会社は昼時が混むため、少し早めに外へ出ることができる。


今日向かったのは、いつもの洋食屋だった。


比較的空いていて、落ち着いて話ができる店だ。


席に着いた瞬間、小森は待ちきれない様子で身を乗り出した。


「先輩、どうでした?」


その視線は、完全に一点に集中している。


僕は少しだけ間を置いてから、口を開いた。


「……うん、頑張ったよ」


そして、軽く肩をすくめる。


「全部、小森のおかげだけどな。君のレクチャーのお陰」


「いえいえ」


小森は首を横に振るが、その目はすでに次を求めている。


僕はスマホを取り出し、彼女の前に差し出した。


「……これ」


小森はそれを手に取り、すぐに再生する。


画面に視線を落としたまま、彼女は動かない。


「……すごいじゃないですか」


ぽつりと、言葉がこぼれた。


「普通に、すごいですよ。……えっ?これ、昨日一日で作ったんですか?」


「あ、ああ……」


少しだけ照れながら答える。


「結構苦労したけどな。三つのアプリ使って……はははっ」


小森は画面から目を離さない。


「これ……ちゃんと物語になってますね。しかも最初から、十分ぐらいの動画を……」


そのまま、しばらく見入っていた。


やがて動画が終わる。


少し間を置いて、小森は顔を上げた。


「ちなみに……これって、物語もAIなんですよね?」


「いや、違う」


僕は首を振る。


「オリジナルだよ」


「……そうなんですか」


その瞬間だった。


ほんのわずかだが、小森の表情が変わった。


さっきまでの高揚が、すっと引いていく。


「どうせ作るなら、オリジナルがいいかなって思ってさ。……どうかした?」


「い、いえ……」


その声は、どこか歯切れが悪かった。


ちょうどそのタイミングで、料理が運ばれてくる。


会話は、そこで一度途切れた。


ナイフとフォークの音だけが、静かに響く。


食事の間も、そして食後のコーヒーを飲む間も。


さっきまであったはずの熱は、どこかに消えてしまったようだった。


昼からの仕事。


小森ひなたは、いつも通りに仕事をこなしていた。


――ただ、どこか元気がない。


そう感じたのは気のせいかとも思ったが、やはりどこか違う。


言葉数が少ないわけでもない。手も止まっていない。


それでも、ほんのわずかに“熱”が落ちているような気がした。


だが――


僕には正直、それどころではなかった。


帰れば、あの続きを作れる。


AI動画。


ファンタジー。


頭の中に浮かんだものが、そのまま形になっていく感覚。


――あれが、待っている。


小森ひなたのおかげで、今日も定時に帰れる。


それには、素直に感謝していた。


「お疲れ様です」


軽く声をかけて会社を出る。


家に帰ると、すぐにパソコンの前に座った。


昨日の続きを開く。


いや、続きを作るというより、湧いてくるものをただ並べていく感覚だった。


王子と姫。


新しいキャラクター。


背景。光。動き。


頭の中の世界が、そのまま画面に現れていく。


「……すごいな」


思わず、独り言が漏れる。


もともとゲームは好きだった。


だからだろうか。アイディアは尽きなかった。


ひとつ作ると、次が浮かぶ。


さらにその次が繋がる。


画像になり、動画になり、編集される。


――どんどん、形になる。


「やばいな……これ」


やめどきが分からない。


気づけば、時計の針は深夜を回っていた。


それでも、手は止まらない。


結局、ベッドに入るのはいつも遅くなる。


それでも不思議と苦ではなかった。


毎日が、充実していた。


だが――


数日後。


その流れは、思わぬ形で崩れる。


「……すみません」


小森ひなたの声が、フロアに落ちた。


普段の彼女からは想像できないほど、小さな声だった。


原因は単純だった。


AIに読み取らせる現場を、間違えていた。


それだけだ。


だが――


今回は、それが大きかった。


しかも。


AIは、そのミスを事前に指摘していた。


にもかかわらず、小森はそれを見落としていた。


現場はすでに動いていた。


発注も完了している。


資材も搬入されている。


中には、返品の効かないものもあった。


電話が鳴る。


一件。


また一件。


「どうなってるんですか」


「確認したんですよね?」


「これ、どう処理するんですか」


――クレーム。


それが、次々と押し寄せる。


本来なら。


誰にでも起こり得るミスだった。


むしろ、現場任せだった頃の方が


こういう行き違いは、もっと多かった。


だが今回は違った。


「だから言ったんだよ」


「AIなんかに頼るからだ」


矛先は、すぐに向いた。


――AIへ。


誰も口には出さないが、空気がそうなっていた。


便利なものが、間違えた瞬間。


それは一気に、疑いの対象になる。


小森は、何も言わなかった。


ただ、画面を見つめたまま、黙っていた。


その日。


僕は社長室に呼ばれた。


ノックをして扉を開けると、いつもの光景がそこにあった。


社長は老眼鏡をかけ、机の上の書類に目を落としている。


「おお、脇田くん」


顔も上げずにそう言った。


僕は一歩前に出て、開口一番、頭を下げた。


「この度の件は、申し訳ありませんでした」


深く、しっかりと。


――だが。


「何がだ?」


顔を上げた社長は、きょとんとした表情をしていた。


「……はっ?」


思わず間の抜けた声が出る。


「まあまあ、座りなさい」


促されるまま、椅子に腰を下ろす。


――妙だ。


社長の機嫌が、やけにいい。


怒られるつもりで来たのに、その気配がまるでない。


「監督たちがワイワイ騒いでることだろう?」


社長は軽く笑った。


「ほっとけばいい。逆に君は仮にも部長の立場だ。ガツンと言ってやれ」


そう言って、机の上の資料を数枚、こちらへ滑らせる。


「ほら、見てみろ」


差し出された数字に目を落とす。


「こっちがここ半年。こっちがその前の半年。さらにその前だ」


グラフと数字が並んでいる。


「この半年で、発注ミスに伴う追加工事費が激減している」


僕は目を凝らした。


――確かに。


「一年前と比べれば、発注に関しては……今日のミスを含めても、十分の一だ」


「……」


思わず、言葉を失った。


そこまで改善されていたとは、正直、思っていなかった。

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