第7話
少しだけ、わくわくしている自分に気づく。
「やっぱり……王子さまかな」
誰に聞かせるでもなく、そう言ってキーボードに手を置いた。
小森が言っていた。
――とりあえず、試しに書いてみたらいいですよ。
僕はゆっくりと文字を打ち込む。
「ファンタジーの主人公の王子さま、描いて」
エンターキーを押す指が、少しだけ震えていた。
そして――
画面に、ゆっくりと生成が始まる。
数秒の読み込みのあと、現れたのは――
王子。
青いマントを風に揺らし、剣を手に立つ若き王子。
背後には壮麗な城と、広がる大地。
「……おお……」
思わず声が漏れた。
自分がたった一行書いただけで、
こんな世界が生まれる。
これはもう――
魔法だ。
「え~っ、まじか……かわいすぎる……」
思わず声が漏れた。
画面に映し出されたお姫様は、先ほどの王子と同じ世界に生きているとは思えないほど、美しく、そしてどこか現実離れした存在だった。
柔らかな光に包まれたその姿。
繊細な装飾のドレス。
優しく微笑む瞳。
「なんだこれ……」
僕は思わず息を呑んだ。
今まで見てきたどんな画像とも違う。
ただ綺麗なだけじゃない。
そこに、物語がある。
「……すごいな」
胸の奥がざわつく。
いや――
それだけじゃない。
何かが、揺さぶられている。
「……これ、僕が……」
自分が作った。
そう言い切るには、少しだけ違和感がある。
でも、確かにこの一枚は
僕の一行から生まれた。
「……なんか」
僕は画面から目を離せなかった。
「今までの人生観……ひっくり返るな……」
理由は分からない。
何がどう変わったのかも分からない。
それでも、はっきりと感じていた。
「このままじゃ、ダメだ」
言葉にした瞬間、自分でも少し驚いた。
何がダメなのか。
どうダメなのか。
説明はできない。
でも――
今のままではいけない。
そう思った。
僕はもう一度、王子とお姫様の画像を見た。
綺麗だ。
ただ、それだけじゃない。
その奥に、何かがある。
「……作ってみたい」
小さく、つぶやく。
「何かを」
そして、少し間をおいて。
「物語を」
その言葉が、自分の中でしっくりと落ちた。
その瞬間だった。
胸の奥で、何かが弾ける音がした。
それからの時間は、あっという間だった。
気づけば、昼ご飯を食べることも忘れていた。
動画を作る。
画像を組み合わせる。
動きをつける。
音を入れる。
試して、失敗して、また試す。
夢中だった。
時間の感覚が消えていく。
そして――
気づけば、王子とお姫様は
動いていた。
「……いや~……面白い」
思わず笑いがこぼれる。
「まじか……」
小森の言葉が頭をよぎる。
――先輩も絶対できますよ。
「ほんとだな……できてる」
僕は思わず声を上げて笑った。
「はははっ……」
そして、ふと気づく。
「あれ?」
画面の中の二人を見つめる。
「名前、ないじゃん」
王子も。
お姫様も。
まだ、ただの存在のままだ。
そして――
「……あ」
僕は少しだけ姿勢を正した。
「僕の……ペンネームも」
その言葉を口にした瞬間、
自分が今、何をしようとしているのか、はっきりと分かった。
僕は少しだけ咳払いをして、胸を張った。
「……えっへん」
小さく笑う。
「クリエーターなんだからな」
誰もいない部屋で、僕は一人、そうつぶやいた。
そして、AI に名前をつけてもらった。
数秒で名前が出てきた。
「……アルト、か」
画面の王子を見て、僕は小さく呟いた。
「じゃあ、お前は……ルミアだな」
名前を与えた瞬間、
ただの画像だった二人が、
“生きた気がした”
「……で、僕は――」
少しだけ間を置く。
「WAKITA、か」
自分の名前を、初めて“作品の中の存在”として口にした。
翌日。
いつもと変わらぬ朝だった。
会社に着き、いつものように自分のデスクに腰を下ろす。
パソコンを立ち上げ、メールを開く――その一連の動作は、昨日までと何一つ変わらない。
ただ一つ違うとすれば。
隣に座る小森ひなたの存在が、どこか少しだけ近く感じられたことだ。
「おはようございます」
軽く声をかけると、小森はくるりと椅子を回し、こちらへ身体ごと向けてきた。
そのまま、コロコロと椅子を転がしながら距離を詰めてくる。
そして、周囲に聞こえないように声を潜めて言った。
「……どうでした?」
その顔は、完全に“待っていた人間”のそれだった。
僕は思わず口元を緩め、小声で返す。
「今日、お昼行く?」
一瞬で、小森の表情がぱっと明るくなった。
「はい。そう言われると思って、今日はお弁当作ってきませんでした」
少しだけ照れたように笑う。
「僕が誘わなかったらどうしてたの?」
そう聞くと、小森はくすっと笑った。
「絶対、誘ってくれるって思ってました。……はははっ」
――この子には勝てないな。
そう思ったのは、これで何度目だろう。
気づけば彼女は、もう“監督”としての立ち振る舞いがすっかり板についていた。
朝一番でメールを確認し、AIに報告。
返ってきた指示に従って現場へ連絡を回し、変更があればすぐに僕へ転送。
確認後はそのまま発注へ。
僕の仕事は、気づけば下請業者との見積り調整と契約業務が中心になっていた。
現場からの電話も、ほとんど鳴らない。
――かなり楽になった。
「……小森のおかげだな」
小さく呟いて、すぐに訂正する。
「まあ、半分はAIか。……はははっ」




