第3話
ひなたが急に顔を上げた。
「私、現場監督の監督になります!」
亮平は思わず箸を止めた。
「……え?」
ひなたは、どこか楽しそうに続けた。
「現場監督さんって、AIとか全然使えない人多いじゃないですか」
亮平は苦笑した。
それは確かに、否定できない。
「だから」
ひなたは身を乗り出した。
「現場に私が指示を出して動いてもらえばいいんですよ」
「……どういうこと?」
亮平はまだよく分からなかった。
ひなたは手振りを交えながら説明する。
「例えばですよ」
「AIに工程表を作らせます」
「それを元に、発注メールを先輩が送る」
「AIが言った通りのタイミングで発注すれば、材料はちゃんと間に合います」
亮平は黙って聞いていた。
「現場には、その工程表を伝える」
「もし遅れが出ても、AIならすぐに工程を修正できます」
ひなたは胸を張った。
「どうですか、この案」
亮平はしばらく考えた。
そして、ゆっくりうなずいた。
――確かに。
それなら、かなり助かる。
発注が正確になれば、ミスは減る。
材料の無駄も減る。
コストも抑えられる。
亮平は思った。
小森ひなた、侮れないな。
ひなたはさらに続けた。
「AIに聞いたんです」
「工程表がきっちりしていれば、各業者が工程通りに入るだけで、仕事の八割はできたようなものだって」
亮平は思わず笑った。
「なるほど」
確かにそうだ。
あとは現場の仕事だ。
もし工程が正確なら、現場監督の負担も減る。
そして。
ひなたが現場に行く必要もない。
亮平は言った。
「これなら」
「現場監督も説得できるな」
「しかも、現場に行かなくても現場を助けられる」
ひなたは満足そうにうなずいた。
「AIもフル稼働です」
亮平は小さく笑った。
社長もきっと喜ぶだろう。
「それでいこうか?」
亮平が言うと、
ひなたの顔がぱっと明るくなった。
「はい!」
「それなら俄然やる気が出てきました!」
そして、ひなたは少し身を乗り出した。
「あっ、そうだ」
「今度、飲みに行きませんか?」
亮平は少し驚いた。
「……飲み?」
「はい」
ひなたはにこっと笑った。
「いろいろ聞きたいこともあるので」
そして、いたずらっぽく付け加えた。
「もちろん、先輩のおごりで!」
亮平は少し戸惑いながら答えた。
「あ、ああ……」
だが、その時、亮平はふと思った。
――聞きたいこと。
ひなたが言ったその言葉は。
きっと。
AIのことじゃない。
その夜、家に帰ってから僕は机に向かい、頭の中を整理していた。
小森ひなたの提案――AIを使った新しい仕事の進め方。
最初は若い社員の思いつき程度に考えていたが、話を聞けば聞くほど、ただの夢物語でもない気がしてきた。
翌朝、僕は社長室のドアをノックした。
「失礼します」
社長は書類から顔を上げ、老眼鏡を少し押し上げた。
「どうした、脇田くん」
僕は昨日の打ち合わせの内容を簡単に説明し、小森の提案について話した。
社長は腕を組んで聞いていたが、話が終わるころには表情が明るくなっていた。
「それは良いじゃないか、脇田くん」
社長は机を軽く叩いた。
「よく説得してくれた。しかも彼女、もうAIのスペシャリストだったのか」
「いえ……まあ、まだまだ課題はあると思いますが」
僕は社長を過剰に期待させないよう、少し言葉を濁した。
だが社長はむしろ楽しそうだった。
「いやいや、そういう前向きな考えは私は好きだな」
椅子にもたれながら笑う。
「とりあえずその方向で進めてくれ。頭のかたい連中には私から言っておくよ。現場監督にもな」
「はい」
社長室を出ながら、僕は少し首をかしげた。
――いやに乗り気だな。
だが同時に思う。
あの年齢でこれだけ柔軟なのは、正直少し見直した。
……ちょっと上から目線か。
思わず苦笑してしまった。
その夜、僕は小森ひなたと居酒屋のカウンターに座っていた。
金曜の夜らしく、店内は仕事帰りの客で賑わっている。
「ということで」
僕はグラスを置いた。
「小森くんの案は、あっさり採用されたよ」
一瞬、小森はぽかんとした顔をした。
そして次の瞬間、顔がぱっと明るくなった。
「ほんとですか!」
「ほんと」
「さすが脇田先輩!」
小森は嬉しそうに笑った。
「頼りになると思ってたんですよ」
あまりに持ち上げられて、僕は少し照れた。
だが、ふと気になって僕は聞いた。
「ところで」
「はい?」
「今日、飲みに行こうって言ったのは、その話だけ?」
小森は一瞬きょとんとしたあと、にやっと笑った。
「へへへ、バレちゃいました?」
やっぱりな。
「実はですね」
小森はグラスを両手で持ちながら言った。
「脇田先輩に手伝ってほしいことがあるんです」
「手伝う?」
「私、AIで小説書いてるって言ったじゃないですか」
「ああ」
「それで……先輩の履歴書、たまたま見ちゃったんですよ」
嫌な予感がした。
「読書が趣味で、学生時代は演劇部って書いてありましたよね」
僕は思わず笑った。
「履歴書なんて適当だよ」
「え?」
「みんな適当に書くだろ。読書なんて小学生の宿題以来読んでないし、演劇部も無理やり誘われて、ほとんど見学だった」
小森の表情がみるみる変わった。
「えー……」
肩ががくっと落ちる。
「まじですか」
「うん」
「先輩、真面目だと思ってたのに……」
小森は本気でがっかりした顔をしていた。
そのテンションの下がり方に、僕は少し焦った。
――まずい。
この空気はまずい。
もしかするとAIの計画まで「やっぱりやめようかな」なんて言い出しかねない。
僕は慌てて言った。
「あ、でも映画は好きだよ」
小森が顔を上げた。
「え?」
「映画はむちゃくちゃ見てる」
言ってしまった。
小説と映画はまるで違う。
自分でも無茶なフォローだと思った。
だが小森の顔は一気に明るくなった。




