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第10話

その夜。


二人は川田駅まで並んで帰った。


電車の中では、ほとんど言葉を交わさなかった。


無言が気まずいわけではない。ただ、言葉にする必要がなかった。


やがて、いつもの居酒屋に入る。


まだ二度目だというのに、不思議と馴染んでいる気がした。


席に着くなり、脇田は口を開いた。


「僕は――AIと、それを教えてくれた小森くんに感謝してる」


間を置かず、続ける。


「会社の人間としても、個人的にも。……だから、腹が立った。それだけ」


小森の目が、わずかに潤む。


そして、静かに頭を下げた。


「……もう、それはなしだって」


脇田は苦笑する。


「いや、ほんとのことだよ」


グラスに手を伸ばしながら、続けた。


「実はさ、あの資料も社長が用意してくれてたんだ。会議のあとに聞いた。あれもAIに作らせたって」


少しだけ、声を落とす。


「“小森くんをよろしく”って」


「……ありがとうございます。本当に……」


「もういいよ、小森くん」


軽く言葉を切る。


「それより、最近元気なかったけど……どうかした?」


小森は視線を落としたまま、指先をもじもじと動かしていた。


言葉を探しているのが分かる。


やがて――


「……私が書いている小説、全部AIに書いてもらっていたんです」


ぽつりと、こぼす。


脇田は、驚かなかった。


(まあ、そういうこともあるだろうな)


その程度の認識だった。


「脇田さんの動画……ストーリー、自分で考えたって言ってましたよね?」


「ああ」


「私にはできないんです」


顔を上げる。


その目は、まっすぐだった。


「自分で小説を書きたいんです。でも……何も出てこなくて」


「そうか……」


脇田は少しだけ視線を逸らした。


「でも、僕のストーリーだって、ほんとに適当で――」


「違います」


小森が、言葉を遮る。


「脇田さんのあれ、めちゃくちゃ面白いです。完成度も高いです。たった一日で、あれは……すごすぎます」


「いやいや、たまたまだよ」


照れ隠しのように笑う。


「なんか夢中になってやっただけでさ」


「いえ、先輩には才能があります」


その言葉は、はっきりしていた。


「私の仕事だって、先輩なら簡単にこなせちゃいます。私なんて……」


――まずい。


脇田の中で、警鐘が鳴る。


この流れはよくない。


下手をすれば、もっと深いところに落ちる。


とっさに、口を開いた。


「よかった」


「……えっ?」


「小森くんが認めてくれて、踏ん切りがついた」


小森が顔を上げる。


「僕さ、あのあともずっと定時に帰ってたよね?」


「……はい」


「小森くんのおかげで定時に帰れて、動画を作る時間ができたんだ」


一拍。


「だからさ、僕が定時に帰れるのは、小森くんのおかげなんだよ」


まっすぐに言う。


「これからも、よろしく頼むよ」


その言葉を聞いた瞬間――


小森の表情が、ふっと変わった。


「……はい」


そして、笑った。


「脇田さんの才能のためにも、頑張ります」


(よかった……)


脇田は心の中で、そっと息を吐いた。


グラスが重なる。


話は自然と、またAIの話へと戻っていった。


仕事の効率化。


動画制作。


これからの可能性。


言葉は尽きなかった。


ふと、小森がぽつりと呟く。


「それにしても……」


少しだけ、照れたように笑う。


「今日の脇田部長、カッコよかったです」


視線をそらしながら続ける。


「みんなの前で、私をさりげなくかばってくれて……上司の鏡です」


脇田は一瞬、言葉を失った。


――カッコよかった、か。


グラスの中の氷が、静かに音を立てた。


小森ひなたは、次々と仕事をAI化していった。


無理をしている様子はなかった。


残業も、休日出勤もない。


それでも、仕事は確実に前へ進んでいく。


むしろ――


以前よりも、滑らかに。


彼女は、AIを使っていた。


使われているのではなく、使いこなしていた。


その違いは、日を追うごとに明確になっていった。


日に日に、自信を持っていくのが分かる。


迷いが減り、判断が早くなる。


そして、その判断には裏付けがあった。


結果が、出ていた。


気がつけば、彼女は僕の仕事にも手を伸ばしていた。


最初は少し驚いた。


だが――不思議と、嫌な気持ちはしなかった。


奪われている、とは思わなかった。


それはすべて、会社の効率化のために行われていた。


無駄が削られ、流れが整い、仕事が軽くなる。


僕は、むしろ嬉しかった。


素晴らしい部下を持ったこと。


そして――


定時に帰れること。


休日出勤は、ほとんどなくなった。


休日に鳴っていた携帯も、静かになった。


現場からの連絡は、一度会社へ転送される。


AIがそれを分析し、必要な部署へ振り分ける。


緊急度、内容、対応先。


すべてが整理されて、共有される。


僕は一応、目を通す。


だが、すでに結論は出ている。


誰が動くべきか。


何をすべきか。


それが、分かる形で提示されている。


もう、全員が動く必要はなかった。


――すごい進歩だ。


もちろん。


AIがすべてをこなすわけではない。


万能ではない。


それでも――


有能な秘書のように。


知識を持つ参謀のように。


的確に助言をくれる存在として。


それは、確実にそこにあった。


効率化のための、欠かせない存在として。


そして。


AIが本格的に導入されてから、およそ一年後。


ある日のことだった。


僕は、静かに一枚の紙を机に置いた。


退職届だった。


退職届を出してから、一ヶ月。


最低限の引き継ぎを終え、脇田は会社を去った。


小森ひなたは、課長に抜擢された。


異例だった。


だが、それを疑う者はいなかった。


――部長の仕事を、ほぼすべて担っていたのだから。


見方によっては、仕事を奪ったとも言える。


だが別の見方をすれば――


それだけの結果を出したということだった。


小森には、新しい部下がついた。


その顔を見たとき、脇田は少し驚いた。


映画館で、小森と一緒にいたあの少女だった。


水瀬結衣。


小森と同い年で、彼女の強い推薦で採用されたらしい。


もっとも、勤務は週に三、四日。


それで十分だと、本人が言ったという。


社長は、あっさりしていた。


退職届を出したときも、


「そうか。頑張ってな」


それだけだった。

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