第75話 一秒の空白
演算遅延、一・〇秒。
表示が赤く点滅する。
中央最適化網の演算光が、不安定に揺らいだ。
「負荷が閾値を超えます!」
リスの声が上ずる。
「演算分散、急げ!」
セドリックが指示を飛ばす。
だが、その一秒は消えない。
揺らぎは、ほぼ完全同期。
間隔ゼロ。
全域が、同じ位相で沈みかける。
そして――
中央網が、止まった。
音が消える。
表示が凍る。
全域の補正値が、一瞬空白になる。
その一秒。
地面が、深く沈んだ。
爆発ではない。
だがこれまでで最も重い圧力。
建物の窓が震え、
路地の石畳がわずかに割れる。
「補助展開!」
エルドが叫ぶ。
中央の許可はない。
演算は停止中。
判断は、現場だけ。
「全域補助、手動展開!」
各班が魔力を流す。
人の手で、揃った揺らぎを押し返す。
全域が震える。
数秒。
やがて揺らぎは戻る。
静寂。
中央網が再起動する。
『演算再開』
『予測補正完了』
遅い。
だが被害は軽微で済んだ。
管制室に戻ると、空気が変わっていた。
誰もが分かっている。
一秒の空白が、全てを露わにした。
セドリックは低く言う。
「演算停止は想定外だ」
「揺らぎは、その瞬間に最大化しました」
エルドは淡々と報告する。
「中央補正が止まった一秒で」
沈黙。
ミレイアが静かに口を開く。
「つまり、揺らぎは……」
「補正を前提に揃っている」
ノアが続ける。
「補正が消えれば、一斉に沈む」
制度は正しかった。
だが、正しさに全てを預けた結果、
空白の一秒が生まれた。
夜。
屋上で、エルドは街を見下ろす。
人々は何も知らない。
数値上は安定。
報道も「軽微異常」としか流れない。
だが彼は知っている。
一秒の空白が、
世界を沈めかけた。
(中央が止まれば、世界も止まる)
それは依存だ。
個人ではない。
制度への依存。
端末が静かに震える。
『中央網拡張案提出』
『冗長化による停止回避』
さらに強くする提案。
さらに揃える提案。
エルドは目を閉じる。
強くすればするほど、
止まったときの反動は大きくなる。
一秒は、もう誤差ではない。
それは、空白だ。
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