第74話 遅延の重さ
演算遅延〇・二秒。数字にすれば、わずかだ。だが揺らぎの同期率は九十八%。
間隔は、ほぼゼロ。〇・二秒は、無視できる値ではない。
解析室では、中央最適化網の負荷が赤く表示されている。
「演算優先順位を再設定します」
リスが素早く指を走らせる。
「補正アルゴリズムを軽量化」
セドリックは冷静だ。
「差分処理を削減しろ」
「まずは遅延を消す」
合理的な判断。だがエルドは静かに言う。
「差分を削れば、揺らぎの偏りは見えにくくなります」
「偏りはもうない」
セドリックは画面を示す。波形は均一。美しいほどに揃っている。
「問題は遅延だ」
「遅れなければ、制御できる」
その理屈は、正しい。だが胸の奥がざわつく。
(揃っていること自体が、問題じゃないのか)
その夜。再び全域微差。
『同期率九十九%』
『演算遅延〇・三秒』
遅延が増える。中央網は全力で補正を試みる。エルドは現場へ急ぐ。
揺らぎは小さい。だが全域が、同時に沈みかける。
「補助展開は?」
「中央が不要判定です!」
演算が追いつかない。揺らぎが消える。一瞬の静止。再び戻る。爆発はない。
だが遅延は残る。管制室に戻ると、空気が重い。
机の端に、差し戻された報告書が積まれていた。所属の欄が空のまま、と朱で書いてある。
「遅延は一時的なものだ」
セドリックは言う。
「演算式を再構築すれば解消する」
リスも頷く。
「演算網を拡張すれば……」
エルドは静かに問いかける。
「拡張し続けたら、どうなります」
「より精度が上がる」
「負荷も上がる」
沈黙。ノアが壁際で口を開く。
「制度は、差を削ることで安定する」
「だが差が消えれば、全てが同時に揺れる」
ミレイアが目を細める。
「つまり、今の安定は……」
「薄い氷だ」
ノアの声は低い。翌日。中央網はさらに拡張される。演算遅延は一時的に解消。
揺らぎも沈静化。数値上は、問題なし。だがエルドは、屋上で街を見下ろす。
均された世界。差のない波形。判断は中央へ集まり、現場は従う。
(揃いすぎた世界は、強いのか)
端末が震える。
『予測網負荷急上昇』
『演算遅延一・〇秒』
一秒。揺らぎの間隔は、ゼロ。エルドはゆっくりと息を吐く。一秒は、長い。
揃った世界での一秒は、致命的だ。
遅れを消せば消すほど、揃いすぎた世界の危うさが浮かび上がってくる——そんな回でした。
終盤のノアの一言に、ぞくりとした方もいるのではないでしょうか。




