第73話 全域の静止
全域微差。その表示は、これまでのどれとも違っていた。点でもない。
群でもない。地図全体が、薄く揺れている。
『同期率九十八%』
『収束予測、十秒』
十秒。全域が、同じ間隔で呼吸している。〇・一秒。ほとんど同時。
解析室の空気が凍る。
「これは……」
リスが言葉を失う。セドリックの目が鋭くなる。
「全班待機」
「中央補正を優先」
合理的判断。だがエルドは地図を見つめる。揺らぎは均一だ。均一すぎる。
(均されすぎた)
十秒を切る。九。八。揺らぎが消える。一瞬の静止。
無音。次の瞬間。全域が、同時に沈んだ。点ではない。線でも面でもない。
空間そのものが、わずかに歪む。
人が立っている地面が、ほんの数センチ、沈む。誰も倒れない。
だが全員が感じる。
“世界が一度止まった”感覚。
補助展開の命令を出す間もない。揺らぎは、ただ沈み、そして静かに戻る。
爆発はない。亀裂もない。ただ、空気が重い。
『予測誤差、修正中』
『原因解析中』
中央の声は遅い。エルドは周囲を見る。被害なし。
だが全員の顔に、同じ疑問が浮かんでいる。
(今のは、収束か?)
夜。臨時会議。セドリックが報告する。
「全域同期は、予測外だった」
「だが拡大はしていない」
理論上は問題ない。だがミレイアが静かに言う。
「制度は機能していると言えるのかしら」
沈黙。エルドは口を開く。
「揺らぎは、均一化しています」
「削られた差異が、全体で揃おうとしている」
「自然現象だ」
セドリックが繰り返す。
「だが」
エルドは続ける。
「中央網は、常に後から補正する」
「揺らぎは、補正前に揃う」
ノアが静かに言う。
「制度は、差を消す」
「差が消えれば、揺らぎは一斉に動く」
全域同期。それは爆発ではない。だが危険だ。
差がなければ、止める拠点がない。夜更け。エルドは一人、屋上に立つ。
街は静かだ。境界域も、数値上は安定している。
だが胸の奥で、同じ感覚が残っている。あの瞬間。世界が、一度止まった。
(次は……)
次に揃えば、沈むだけでは済まない。端末が震える。
『予測網負荷上昇』
『演算遅延0.2秒』
0.2秒。わずかな遅延。だが揺らぎの間隔は、ほぼゼロ。
エルドは目を閉じる。揺らぎは誤差ではない。
揃った世界への、応答だ。
静かなのに、いちばん危ない状態が続いています。
息を詰めて読んでくださった方は、☆をひとつ。




