第61話 選ばれない配置
最近の俺は、前線にいない。
かといって、完全に無関係でもない。
境界域対応の記録は、今も定期的に目を通している。
ただし――
配置表に、俺の名前はない。
『境界域L、通常運用』
『境界域M、初動成功』
淡々とした報告が並ぶ。
そこに、特記事項はない。
それが、今の“正常”だった。
管制室で、隊長が言う。
「……静かだな」
「はい」
俺は、短く答える。
静かというのは、
何も起きていないという意味じゃない。
異常は起きている。
被害も、ゼロじゃない。
ただ、
誰も“誰かを待っていない”。
それが、決定的に違った。
アレクが、資料をまとめながら言う。
「配置の相談が、減った」
「判断を投げてくる現場が、ほぼない」
「良いことですね」
「良いことだ」
即答だった。
ミレイアも、端末から顔を上げる。
「責任の所在が、明確です」
「判断が遅れにくくなった」
制度は、
ようやく呼吸を始めたらしい。
午後。
境界域対応の演習が行われた。
俺は、後方の観察席にいる。
若い指揮官が、
迷いながらも指示を出す。
「……避難優先」
「収束は第二段階」
判断は完璧じゃない。
だが、遅れていない。
結果、
被害は最小限で収まった。
拍手も、歓声もない。
記録だけが残る。
それでいい。
休憩時間。
同席していた職員が、
不意に聞いてきた。
「……前は、怖くなかったんですか」
「何がです?」
「待たれることです」
少し考えてから答える。
「怖かったですよ」
「でも」
「今の方が、ずっと楽です」
彼は、納得したように頷いた。
夕方。
管理担当の女性が、
報告書を持ってくる。
「次の周期も、
あなたは予備枠ね」
「了解です」
予備枠。
呼ばれない前提の配置。
それを、
ありがたいと感じている自分に、
少しだけ驚く。
夜。
部屋に戻り、
窓の外を見る。
境界域の光は、
相変わらず遠くで揺れている。
世界は、まだ不安定だ。
完全に安全になる日は、来ないだろう。
それでも。
俺が選ばれないことで、
世界は、ちゃんと動いている。
それが、
今の俺の立ち位置だった。
前に出ない。
基準にならない。
待たれない。
それでも、
確かにこの世界の中にいる。
それで、十分だった。
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