第46話 来るはずだった
その情報は、
最初からおかしかった。
境界域C。
地方都市の外縁に位置する、小さな観測点。
異常検知は、
前日の深夜。
危険度は中。
対応は、
本来なら翌朝で十分だった。
だが。
「……“来る予定だった”?
誰が?」
報告書を読んで、
俺は思わず聞き返した。
管理担当の女性が、
静かに答える。
「あなたよ」
「俺?」
「ええ」
言い切りだった。
書類には、
はっきりと書かれている。
「ノア・エルディンが
同行予定と共有されていたため、
住民の避難判断が遅れた」
俺は、
一行一行を読み返す。
「……そんな予定、
入ってませんよね」
「入っていない」
即答だった。
「国家としても、
同行指示は出していない」
つまり。
(……誰かが、
勝手に言った)
現地の詳細報告が、
続く。
住民の証言。
「今回は、
あの人が来ると
聞いていた」
「だから、
少し様子を見た」
「すぐに来ると
思っていた」
“聞いていた”。
誰からかは、
誰も言わない。
だが、
全員が同じことを
言っている。
結果。
避難は遅れ、
被害は拡大した。
死者は出ていない。
だが、
負傷者は増え、
街の倉庫区画が
半壊した。
管制室では、
重い空気が流れていた。
「……虚偽情報だな」
調停局の男が、
低く言う。
「しかも、
善意で流れている」
それが、
一番厄介だった。
「訂正は?」
「すでに行った」
「だが、
後だ」
訂正は、
いつも後になる。
俺は、
黙って立っていた。
責められてはいない。
視線も向けられていない。
それでも。
(……“来るはずだった”
って言葉)
(便利すぎるな)
現地に行かなかった理由を、
考えなくて済む。
怒りの矛先を、
具体化できる。
そして何より――
希望を、
勝手に預けられる。
管理担当の女性が、
小さく言った。
「これは、
明確な条件違反よ」
「国家は、
関与していない」
「でも、
世界が勝手に
約束を作り始めてる」
その表現が、
妙にしっくり来た。
「……俺、
何か言うべきですか」
聞くと、
彼女は首を振った。
「今は、
まだ言わない方がいい」
「発言すれば、
それ自体が
“関与”になる」
正しい判断だ。
正しい。
でも。
(……黙ってても、
関与したことに
され始めてるな)
夜。
部屋に戻ると、
端末に一件の未確認通信が届いていた。
「次は、
どこに行くんですか」
送り主は不明。
公式なものでもない。
ただの、
問いかけ。
俺は、
返信しなかった。
できなかった。
まだ、
責任は負っていない。
国家も、
約束を破っていない。
それでも。
“来るはずだった”という嘘は、
もう現実に影響を与え始めていた。
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