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ミクトラン帝国 17 魔法のステージ

 空はすでにあかね色に染まっていたけれど、お祭り騒ぎの渦中にいる人たちにはそんなこと関係がないみたいだった。


「お兄様ー」


 舞台の真ん中からシェリスが大きく手を振って、集まっていた観客の皆さんが一斉に空を仰ぎ見る。


「おい、空からエルマーナ様と、アルデンシアのお姫様と、えーっとそうそう、エルヴィラの王子様が降りてくるぞ!」


「何だと! くそっ、逆光でよく見えねえ!」


「あんたたち何を見ようとしているのよ!」


 観客席側が、主に男性と女性に分かれて言い争いを始めてしまった。

 逆光も何も、シャイナはそもそも地面に対して垂直に飛行しているわけではないので、ドレスの内側を覗くことなんて出来るはずもないのだけれど。そして、エルマーナ皇女は相変わらず僕の腕の中で抱きかかえられている。

 それはそれとして。

 僕たちは揃ってステージの上、シェリスたちの横へと降り立った。


「待たせてごめん」


「そんなことないわよ、兄様。時間的にはぴったりよ」


 シェリスの話では、どうやら僕とシャイナがエルマーナ皇女を探しに出かけたことで、タイムテーブルに変更が加えられたらしい。

 つまり、今シェリスとクリストフ様が舞台に出ているのは、急遽組み込まれたのではなく、もともと出る予定だった舞台として準備していた、ということになっているのだろう。


「それにしても……」


 シェリスとクリストフ様の視線、もっと言えば、シャイナや観客の方たちの視線も、僕と、それからいまだに抱きかかえられたままのエルマーナ皇女に集まっていた。


「いつまでそうしているつもりなの? 見せつけているつもり?」


 シェリスがジトっとした目で客席の方へと視線を動かす。

 お祭りのステージだからなのか、盛り上がりも尋常ではなく、まるでそう、何かあらぬ誤解でも与えかねないような雰囲気になっていた。

 僕は慌てて、けれど紳士的に、エルマーナ皇女をそっと地上へと降ろした。


「気がつかず、申し訳ありませんでした」


「い、いえ、私の方こそ、2度も助けていただいて、本当にありがとうございました」


 上目遣いに僕を見上げるエルマーナ皇女と2人で、しばらくの間見つめ合う。

 照れているようで、恥ずかしがっているようなエルマーナ皇女の微笑みに、観客席からもほんわかとした空気が流れてきていた。

 

「お兄様。まだ、開花祭の舞台の最中ですよ。そのようなことは後でなさるようにされてはいかがですか?」


 シェリスの言葉で、僕たち2人は同時に我に返り、そっと距離をとった。

 そうだ。

 もともとの予定より大幅に遅れてしまっているとはいえ、僕達のやるべきことは変わっていない。


「エルマーナ皇女の出番は、本当は最初の予定だったのですけれど、それはもう過ぎてしまいましたし、となれば、途中に入れるよりも最後を飾っていただいた方が良いですよね」


 クリストフ様の意見に、シェリスが示し合わせてでもいたかのように「そうね」と即座に頷く。

 この2人、いつの間にこんなに仲良くなったのだろう。

 今までも、仲が悪いとは思っていなかったけれど、そこまで積極的に絡むような関係、間柄ではなかった気がする。

 今回のステージを通して、もしくはするにあたって、何か感じるところがあったのだろうか。

 何にしても、仲が良くなったのは喜ばしいことだ。


「明日以降はステージの順番も、出演者も決まっているということですけれど、今日は、私達――正確にはお兄様とシャイナ、それにエルマーナ皇女の出番以外にはないみたいですよ。時間も時間だし」


 いくらお祭りの日とはいえ、時間的には夕方過ぎである。

 早いところでは、例えば小さな子供のいるような家庭では、もう帰宅され始める方もいらっしゃるかもしれない。

 開花祭の出し物はこの舞台だけではないわけだし、僕はともかく、エルマーナ皇女様や、シャイナの演奏を楽しみにしていた方も大勢いらっしゃるだろうし、それは屋台を出している、あるいは休んで聞きに来ている人たちも同じはずだ。

 身も蓋もない言い方をすれば、その舞台を見るために、他の事がおろそかになっているという事もあるだろう。

 元々、エルマーナ皇女の出番は最初の開式だったはずで、それはお昼過ぎには行われているはずだったのだから。


「そういうわけだから、兄様」


「姉様」


 シェリスとクリストフ様が声を揃えて僕達を見る。


「2人で一緒に舞台に上がればいいと思うの。シャイナは美少女だし、兄様だって、私のひいき目を抜きにしても、一般的には格好良いと言われる容姿のはずよ、多分、きっと」


 シャイナが美少女なことには同意するけれど、僕の事に関しては、シェリスの言っていることだし、随分とフィルターがかかっているような気がするけれど。


「エルマーナ皇女もそう思いますよね?」


 シェリスに突然話を振られて、エルマーナ皇女は戸惑っているような、驚いたような表情を浮かべながらも、肯定であるとの意思表示なのか、若干2人の勢いに押されてといった感じはあったものの、首を縦に振っていた。


「えっと、僕は構わない、というよりも、むしろ嬉しいことだけれど……」


 シャイナと2人で舞台に立つことが出来るなんて、夢にも考えたりしていなかった。

 例えば式典なんかの行事やパーティーに一緒に出席することはあっても、同じ舞台に上がるということは今まで1度もなかった。

 僕だって、楽器を嗜んでいないというわけではないけれど、そういう事ではなく、同時に、要は共演するという機会にはめぐり合っていなかった。

 

「――私も異論はありません。私がユーグリッド様に付いていったことも原因の1つではありますから」


「……姉様は素直じゃないなあ」


 ため息をついていたシャイナには、クリストフ様のつぶやきは届かなかったようだ。

 もっとも、届いていたらもう少し、姉弟喧嘩とはいかないまでも、ひと悶着あっただろうからよかったのかもしれないけれど。


「どうかしましたか、エルマーナ皇女?」


 なんとなく、寂しそうな表情を浮かべていたように見えたのだけれど、エルマーナ皇女は、何でもありませんと、首を横に振っていた。


「おふたりの舞台、私も楽しみです」


 そして、僕とシャイナを舞台袖に残して、シェリスたちはどこかへ下がっていってしまった。


「2人で合わせるといっても、一体どうしたら……僕は楽器を持ち歩いてはいないけれど、シャイナは?」


「私は予備のものをいつも持ち歩いています」


 そう言って、シャイナは収納してあったらしい、いつも弾いているヴァイオリンとは少し意匠の異なるものを取り出した。


「少し調整が必要かもしれませんから、私が確かめている間にユーグリッド様はご自身の方の準備をなさっていてください。私はいつもと同じ曲を弾きますから」


「いつもって、僕がアルデンシアに尋ねるときにシャイナが迎えに出てきてくれているあの曲の事?」


「……べ、別に私はユーグリッド様をお待ちしているということはありません。たまたまです」


 ファラリッサ様がおっしゃっていた話と若干違うけれど――そもそもいつもと同じ曲といったのはシャイナだし――まあ、そういう事にしておいた方がシャイナにとっていいなら、今はそういうことにしておこう。


「わかったよ。僕の方はいつでも大丈夫だよ」


 もともと、今日舞台に立つ予定だったのだから、こんな土壇場でやるべきことが決まっていないことはないし、多少時間にずれが生じたとか、シェリスの代わりにシャイナと一緒の舞台に立つことになったとか、そんなことは気にするまでもないことだ。


「では参りましょう。お客様をお待たせするわけにはゆきませんから」


「あ、ちょっと待って」


 そのまま舞台へと向かいかけたシャイナを呼び止める。


「衣装とか、着替える必要はないの? 僕は大丈夫なんだけれど……って、違うから! そんなに警戒しなくても、そういう意味で言ったんじゃないから!」


 シャイナがゴミでも見るような視線を僕に向け、シェリスが僕の視線を遮るようにシャイナとの間に割って入る。


「もうっ、お兄様は向こうへ行ってらして。シャイナの事は私たちがちゃんと届けるから」


 シェリスはそう言うと、エルマーナ皇女と、シャイナと一緒に、少し離れた天幕のようなところへ入っていった。外は影の魔法で覆うという厳重っぷりだ。


「そこまで厳重にしなくても、他に人もいないのだし、別に僕も覗かないってば」


 いや、男として、興味が全くないというわけではないけれど。

 そして、待つこと数十分。

 女性の支度には時間がかかるものだけれど、どうやら、大分急いで支度をしてきてくれたらしい。

 その間にも、客席に集まて来てくださっている方は、お帰りになっているようなことはなく、むしろ熱気は増しているようにも感じられた。


「お待たせ」


 声が掛けられて、僕は振り向いた。

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