ミクトラン帝国 16 皇女探索 6
「……お尋ねにはならないのですね」
途中で速度を落として待っていてくれたシャイナに追いつき、3人揃って会場である野外ステージへ向けて一直線に飛ぶ中、僕の腕の中でエルマーナ皇女殿下が躊躇いがちに口を開かれた。
「何か僕達に尋ねられそうなことについてのお心当たりがおありですか?」
僕とシャイナは顔を見合わせる。
僕も、シャイナも、エルマーナ皇女のおっしゃりたいだろうことは分かっていたけれど、あえてこちらから尋ねるようなことはしなかった。
「……自覚しておいでなら、こういった行動に出られることはお控えになっていただきたかったのですが」
シャイナがエルマーナ皇女の瞳を真っすぐに見つめながら冷ややかな調子で告げると、エルマーナ皇女は「あぅぅ、申し訳ありません……」と身を固くされた。
「僕たちはあなたに尋ねたいことなどありません。尋も……コホン、聞き取りはギルドの方、もしくはお城の騎士団の方たちがなさるでしょうし、あなたが攫われた理由に関しても、思うところがないわけではありませんが、おそらくは、他国の人間である僕たちが首を突っ込むべき問題ではないのではないかと思っています」
エルマーナ皇女が攫われた理由――この際、エルマーナ皇女が自分から出向いたのだろうという事実は無視する――については、先日のモンドゥム皇帝陛下との話しの中で大方のところは理解しているつもりだ。
まず間違いなく、現在の体制に対する不満分子の勢力だろう。
「昨夜、最後にお顔を合わせた際まで、あなたの態度に不自然な点はありませんでした。この呼び出しが行われたのは、僕や、モンドゥム皇帝陛下、フェアリーチェ皇妃様と別れてから、おそらくはシャイナやシェリスと一緒に部屋へと入ってからですね?」
シャイナやシェリスは気がつかなかったのだろうか?
いや、おそらくは気づいてはいたのだろう。
しかし、エルマーナ皇女が、少なくとも表面上は何事もなかったかのように振る舞われていたために、聞き出すことが出来なかったのだ。
仮に聞き出したところで、すでにお休みのために別れられているモンドゥム陛下とフェアリーチェ皇妃様に伝えるためには時間が遅かったため、他国の姫である彼女たちは遠慮してしまったのかもしれない。
「確認したわけでも、確認したいわけでもありませんが、おそらく呼び出しの手紙には、応じなかった場合、そして、他人に話した場合に開花祭に邪魔が入るといったような内容が記載されていたのではありませんか?」
エルマーナ皇女が瞳を何度も瞬かせられる。その表情からして、どうやら推測は正しかったようだ。
別にその情景を見ていたというわけではなく、ただあり得そうな内容を行っただけだったのだけれど。
「貴女はご自身のご両親を、そしてお城に仕えて下っている方々の事を信じてはいらっしゃらないのですか?」
「ちょ、シャイナ!」
シャイナがあまりにもストレートに、冷ややかな、そして威厳に満ちた声でそう尋ねたものだから、危うく僕はバランスを崩しかけた。
しかし、シャイナにはこの話を中断するつもりはないらしい。
「あの日の夕食の席でモンドゥム皇帝陛下がおっしゃられたことは、貴女もお聞きになっていましたよね?」
「父を……父や臣下の方たちを信じていないわけではありません。ただ、狙いが私だけであったのなら――」
「自分ひとりで動いたなら、他人に迷惑はかけないだろうと?」
エルマーナ皇女の言葉にかぶせるように、シャイナが続きを引き取り、エルマーナ皇女はまた黙り込んでしまった。
「貴女は、御自身がどのように思われているのか、もっと考えるべきかと思います。先日、ユーグリッド様が居合わされたという襲撃の現場に関しては、たしかに思うところもありますが、その件も、御父上に尋ねたのなら、それが真剣であると理解してくだされば、きっとお話しになってくださったのではないかと思います」
それから、シャイナの視線がちらりと僕へと向けられる。
「……ご自身はこれでよいとお考えだったのかもしれませんが、後から知らされる方は心配にもなりますし、動揺したり、慌てたり、全くしないというわけではないのですよ。例えば、1人で魔物の進軍を引き留めに行かれるなど、本人は他に迷惑のかからないようにと思っての行動なのでしょうが、遅かれ早かれ、国の諜報部をもってすれば、分かってしまう事なのです」
「さ、流石にそのような無謀なことをしたりはいたしません!」
なんだろう。シャイナの視線がものすごく痛い。
そんなずいぶん昔のことを――いや、1年も経っていないわけだけれど――今話題に上げなくてもいいんじゃないかな。
「えっと、アルデンシアのお城にはそのような猛者がいらっしゃるのですね。いえ、私は勇猛と無謀をはき違えてはいない……つもりです」
エルマーナ皇女の言葉が胸に刺さる。
たしかに、僕も無謀だとは思ったけどさ。
でもあの時は僕がやらなくちゃいけなかったわけだし。
もちろん、シャイナやシェリスに知らせて共闘するなどという選択肢は、考えもしなかった。
「一般的に、あくまで一般論としての話にはなりますが、そういった困難には、一緒に立ち向かいたくなるものだとは思いませんか?」
一般的な話だという事を強調してシャイナが尋ねると、私もそう思いますと、エルマーナ皇女が同意される。
「私の身体の心配はなさるその癖に、御自身のお身体に関しては、待ったく無頓着でいらして、事実、その後倒れられたのですよ。その知らせを聴いた時、私がどのように思うのかということまで考えていただきたかったです」
「シャイナ姫はその方の事がお好きなのですね」
危うく咳き込みかけた。
「……そのようなことはありません。あんな、初対面の女性に、一言目からいきなり結婚を申し込む方など」
まだ気にしていたらしい。
そんなに軽い男だと思われているのだろうか。
シャイナ以外にはそんなことしたことは1度もないんだけどな。
「情熱的な方なのですね」
しかし、エルマーナ皇女はシャイナの思惑をことごとく外し続けた。
「それで、その方とのシャイナ姫の甘酸っぱい思い出はほかにはないのですか?」
「甘酸っぱい思い出などはありません。大抵いつも何某かの事件に巻き込まれるのです」
シャイナは困っている風に話していたけれど、エルマーナ皇女はそれすらも楽しそうだと、随分と好意的に受け取っている様子だった。
「ですが、夜中にシェリス姫と一緒にお話ししたときには、そのお話は聞かせていただけませんでしたよね? シャイナ姫にとって宝物のようなお話で、あまり他人に聞かせたくないという思いが御有りだったからなのではないですか?」
「わ、私は別に……」
誤魔化す気があるのかないのか、シャイナは顔を真っ赤に染め上げ、ぎゅーっと唇を固く結んで、俯きがちになってしまって。
いつの間にやら、攻めと受けが逆転している。
なんだろう。
僕にとっては歓迎すべき話であるはずなのに、こう、僕が聞いてしまってはいけない話であるような気がする。
「――っとにかく、よく反省なさってください。それから、モンドゥム皇帝陛下とフェアリーチェ皇妃様は、今回の事について本当に心配なさっていましたから、きちんと謝られてください」
なんだか歓声が聞こえてきて、見下ろせば、開花祭の舞台である野外ステージのあるところまで戻って来ていて、舞台の上にはシェリスとクリストフ様が一緒に立っていた。




