ミクトラン帝国 15 皇女探索 5
3つ数えると同時に、僕はシャイナを強く抱きしめると、いきなりの事に唖然としている彼らの前で、僕達の立っている地面を大きく振動させた。
地震でも起こったのではと錯覚させるほどの揺れだけれど、もちろん、周りに被害は出しておらず、揺れているのは僕たちの入っているこの廃屋だけである。
もちろん、立っていることは出来ず、床にへばりつくようになりながら、シャイナが僕たちの頭上に障壁を展開する。
それが、崩れてくる天井その他から、僕達と、誘拐犯の身体の安全を守る。エルマーナ皇女の事は、信じるより他にない。
「うおっ!」
「おおおお! なんだああああ!」
彼らも、驚きながら、必死な様子でテーブルの下へと潜り込んでいる。
シャイナが部屋全体を覆うように結界を展開してはいるけれど、おそらくそれを探っている余裕はないのだろう。
瞬く間に、大きな音と煙とともに、僕達のいる廃屋が跡形もなく崩れ落ちる。
柱の一本すら残さずに、瓦礫の山と化した廃屋の真ん中には、僕とシャイナ、そして誘拐犯の彼らのいるところを綺麗によけるようにしてスペースがぽっかりと開いており、彼らの表情は青ざめていた。
僕たちは事前にどうするのか知っていたけれど、魔法を使用したという兆候を感じるなどの余裕を与えないままでの、いっそ地震ではないかとも思えるほどの揺れ――現象的には人為的だったというだけで、ほとんど地震同然である――にさらされ、圧倒的なまでの破壊に立ち会ったのだ。当然と言えば、当然の反応といえる。
腰が抜けている様子で、立ち上がれない彼らの横を通り過ぎ、1人、それほど離れてはいない場所に、固く目を瞑ったまま球形の障壁を展開しているエルマーナ皇女の下まで、僕は静かに歩み寄る。
建物自体の敷地面積はさほどでもなく、階数はあったけれど、直線距離的には、高さを無視すればそれほど離れた場所にいらしたわけではなかったらしい。
崩れた建物から推測するに、2階建てと地下室で構成されていた建物の、地下室の方にエルマーナ皇女は囚われていたようで、特に縛られたりしている様子はなかった。
事前に調べていたとはいえ、他の場所――僕たちの見えていない場所に人がいなくてよかった。
流石にこの状況で離れた場所にいる人を守るほどの余裕はなかっただろう。
「エルマーナ皇女」
一応、もしかしたら本人ではない可能性も、全くないと言い切ることは出来ないので、出来る限りやさしく声をかける。
「時間的な余裕がなかったため、このような形をとってしまったこと、謝罪いたします」
さぞ、恐怖だったことだろう。
早期解決の必要性があったためとはいえ、もう少し賢い方法があったのではないかとも思う。
もちろん、誰にも怪我をさせることなく、こうして目的であったエルマーナ皇女とそれほど時間をかけずに接触することが出来たのだから、成果としては成功なのだろうけれど、あまりスマートなやり方ではなかったということは認めるよりほかにない。
「時間もありません。動くことがお出来にならないようでしたら、どうか、僕があなたを抱えることをご了承ください」
ぺたんと地面にへたり込まれていたエルマーナ皇女は茫然とした様子で、ハッと気づかれたように僕と目を合わせられると、一拍おいてから、無言で首を上下に激しく頷かれた。
「何があったんだ?」
「この建物だけが崩れているぞ。周りは何ともないのに、さっきの地震が原因か?」
「でも、あの程度の地震でこんな風になるかあ?」
紗那とエルマーナ皇女、そして誘拐犯の彼らを連れて崩れ落ちた廃墟の中から歩いて出てくると、野次馬に集まってきていた、数人の方を確認できた。
「皇女殿下だ。エルマーナ様がいらっしゃるぞ」
「ご無事なようで何よりだ」
それから、皆さんの視線が僕とシャイナ、それから誘拐犯の方たちへと向けられる。
「あんたたちが皇女殿下を守ってくれたのかい?」
僕とシャイナは顔を見合わせる。
守ったというよりは、むしろ逆で、僕達、いや、僕がこの惨状を作り出した本人なわけだけれど、余計なことはもちろん口を噤む。
「ええ」
実際、誘拐犯の手から、エルマーナ皇女殿下が開花祭に出席できるように守りに来た、あるいは助けに来たのは本当だ。
シャイナは、僕達が廃屋倒壊、及び今しがたの自身の発生源だということはおくびにも出さない態度で、はっきりと短く言い切った。もちろん、どもったり、途中でつっかえたりするなどということはない。
すごいな。
理由があったとはいえ、自分たちで起こしたことをああも態度に匂わせることなく言い切るなんて。
普通、少しは、声が震えたり、目が泳いだりすることだろう。
「彼らはエルマーナ皇女の誘拐犯です。目的は今日の開花祭に合わせて皇女殿下を誘拐することで、面子を潰すことだったと思われます。私達はすぐに戻らなくてはならないので、彼らはここに置いてゆかなくてはならないのですが、お頼みしてもよろしいでしょうか」
僕が彼らを、おそらく彼らが用意していたものと思われる縄で拘束している間に、シャイナが集まってきていた人たちを説得していた。
「エルマーナ皇女。お立ちになることは出来そうですか?」
「え、ええ……」
僕は茫然としているエルマーナ皇女の手をとって、立ち上がらせると、加えて混乱している様子の彼女の前で膝をついた。
「貴女を危険な目に合わせてしまい、本当に申し訳ありませんでした。これが最速の方法だと考えたのも、何か作戦などがあったわけではなく、今しがた即興で考え付いたものです。そのため、杜撰過ぎるものとなってしまい、心身ともにご迷惑をかけたこと、深く謝罪いたします」
実力の分からない彼らとまともに戦うのは時間がかかるだろうと考えた結果、そんなものを発揮する余裕をなくしてしまおうと考えた結果だったけれど、他にもっと賢い方法はいくらでもあった。
結果的に、時間をかけずに解決できたとはいえ、反省すべき点は多分にある。
「い、いえ、助けていただきありがとうございます。私の方は大丈夫なのですが、ユーグリッド様は大丈夫なのでしょうか? この後、舞台に上がられるのですよね」
「ええ。ですが、この程度、どうということはありません。シャイナ姫も手伝ってくださいましたから」
エルマーナ皇女が僕の後ろへと視線を向け、僕もそちらへ振り返る。
「シャイナ姫?」
この短い間に何があったのだろうか。
見れば、シャイナはわずかに目を細め、僕を責めているような視線でじっと見つめてきていた。
「なんでもありません、ユーグリッド殿下。早く戻らなければ、間に合いませんよ」
その通りだ。
「失礼いたします」
僕はエルマーナ皇女を抱き上げた。俗に言う、お姫様抱っこと呼ばれる格好である。
「えっ、きゃっ」
エルマーナ皇女の事を信頼していないとか、そういう事ではない。
しかし、僕は自分の魔法に自信を持っていたし、おそらくはエルマーナ皇女よりは魔法に対する熟練度は上だろうと思っている。
おそらくはエルマーナ皇女も飛行の魔法くらいはお使いになることは出来るだろうけれど、僕が抱えて飛んだ方がはるかに速いことだろう。
なぜか急に悪寒を感じて振り返ると、シャイナが僕たちの事を、冷ややかな視線と冷たい、氷のような表情で見つめていた。
「え、ええっと、シャイナも――」
「結構です。ユーグリッド殿下はエルマーナ皇女とよろしくやっていらっしゃればよいではないですか」
それだけを言い残して、シャイナは先に飛び立ってしまった。




