ミクトラン帝国 14 皇女探索 4
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遭遇は思っていたよりもずっと早かった。
それは急いでいる僕達にとっては都合の良いことだったけれど。
廃墟の周囲を確認する手間を惜しみ、相手におそらくは僕たちがエルマーナ皇女を探しに来ているのだろうという事を悟られることを恐れずに、シャイナが廃墟に探索魔法を使用した。
本当は僕が使用しようと思っていたのだけれど、シャイナにくれぐれも何もなさらないで下さいと念を押されていたので、僕は黙っていた。
それにより、エルマーナ皇女がこの廃墟に囚われていることが明らかになったので、どうせ見つかるのだし、ならばと、色々ややこしい手段をとることを放棄して、愚直に正面の扉から入ることにした。
「扉くらい吹き飛ばせばいいのに」
「そういうわけには参りません。現在は使われていないようですが、どなたかの持ち物であるのかもしれませんし、強度との関係上、吹き飛ばし過ぎて、中にいらっしゃる方々に余計な負傷をさせてしまいますから」
皇女様を誘拐するような相手が「はい、どうぞ」と、すんなり返してくれるはずもないので、どうせ戦闘にはなるのだろうから、結局負傷させてしまう事には変わりがないと思うのだけれど。
あまりにも負傷させ過ぎてしまうようだったら、治癒魔法を使用することにもなるし、余計な魔力がまた消費される。
そのため、シャイナは素直に廃墟正面の出入り口である扉に手をかけて、錆び付いた音を響かせながら押し開いた。
「失礼いたします」
告げる必要のない言葉だったけれど、習慣からか、僕達は口を揃えた。
窓から差し込む光と魔法によって、意外にも室内は明るかった。
「誰だお前たちは!」
中で椅子に座りながら、酒を飲み、机の上にはカードを広げた男性たちがこちらを振り返る。
今まで生きてきた中で、誰だ、と身元を尋ねられるような事になったのは本当に片手の指で足りるくらいにしかなく、即座には思い出せないことから、もしかしたら初めての経験かもしれないことで、僕は軽く衝撃を受けていた。
いや、正確には、アルデンシアのお城へシャイナのところに通い始めた当初は、毎回のようにシャイナにどなたですかと尋ねられてはいたけれど、あれはシャイナがわざと言っていたことだし、カウントしないでおこう。
「申し遅れました。僕はエルヴィラ王国から参りました、エルヴィラ王国第1王子、ユーグリッド・フリューリンクです。こちらは――」
「アルデンシアより参りました、第1王女のシャイナです」
シャイナの事を紹介しようと思っていたら、途中で台詞にかぶせるように自己紹介の文を言われてしまった。
「エルヴィラの第1王子?」
「アルデンシアの第1王女だと!」
どうしてこんなところにいるんだという彼らの困惑が伝わってくる。
自分たちでエルマーナ皇女を誘拐しておいて何を今更、とも思うけれど、お城や、ここへ来るまでに会った方々の証言を信じるならば、エルマーナ皇女は自らこの場所を訪れたということになる。誘拐とは、正確には呼べないのかもしれないけれど。
とはいえ、少なくとも、現段階では、監禁、脅迫の疑いはある。
「ありえん! その2人なら、今は開花祭に出席しているはずだ」
全くもってその通り。
こんなことになっていなければ、今頃僕たちは会場でエルマーナ皇女の素晴らしい歌声を鑑賞していたことだろう。
「別に信じていただかなくとも構いません。ただ、事実は事実。あなた方が誘拐されたエルマーナ皇女は返していただきます」
昨年までは皇妃様であらせられるフェアリーチェ様が務めていらしたという事なので、今年はエルマーナ皇女の初の舞台。おめでたいその舞台に傷をつけるわけにはいかない。
「私たちとしても手荒な手段を取りたくはありませんし、出来れば無駄な時間をかけることなく、速やかに返していただけると大変助かるのですが」
あなた方ではどうせ相手になりませんからという雰囲気を隠すことなく、シャイナが告げる。
別段、自信があるという風でもなく、ただ淡々と事実を述べているような口調だ。
まあ、実際、そうなるのだろうけれど。
「こいつら、舐めちぎってやがる」
「王女だか、王子だか知らねえが、俺らには俺らの目的があるんで、そうホイホイと、じゃあ、お返ししますってわけにゃいかねえんだよ」
案の定というか、やはり穏便に事を済ませることは出来ないらしい。
まあ、それなら元々誘拐などという手段をとったり、元を辿れば襲撃などを起こすはずもないので、ある意味予想通りといえば予想通りだけれど。
もっとも、シャイナもそれは予想済みだったようで。
「そうですか。こちらといたしましても、一応投降するようにとの勧告は行いましたというポーズが必要だっただけで、国民の皆さんに不安を覚えさせたようなあなた方を許すつもりは元々ありませんでしたので、それでも構いません。ただし、こちらの呼びかけを断った覚悟だけはなさっていてくださいね」
ただ、シャイナには言っておきたいことがある。
「ねえ、なんで僕の台詞をとっちゃうの? そういう危ないことは僕に任せて、シャイナはもっと――」
人が話している最中だというのに、攻撃を仕掛けてくるなんて、無粋な人たちだな。
彼らがけん制のためか、投げてきたナイフは、障壁に阻まれて、僕達のずっと手前で高い音を響かせて地面に落ちた。
「魔法抵抗突破の魔法を無効化した?」
魔力障壁を突破するには、基本的に、その魔力障壁の強度を超える、物理的、あるいは魔力的な衝撃を加えることだ。
そして、それ以外にも、今誘拐犯の一味である彼が言ったように、魔法抵抗、要するに障壁や結界などの魔法を貫通するための魔法も存在している。
しかし、そのような名称こそ付けられてはいるものの、結局ものをいうのはその魔法を使用する個人の修練度であり、魔力量だ。
彼らが普段からどのような修練や訓練を積んでいるのかは分からないけれど、僕はセキア先生に、シャイナやクリストフ様だって、どなたか、アルデンシアで魔法顧問を務められている方に、僕やシェリスと同じくらいには修練を積んでいるはずだ。
王族というのは、ただ椅子に座って、頭に冠を載せていればいいわけではない。
「ユーグリッド様。どうやらエルマーナ皇女は地下にいらっしゃるようです」
「そう。と、このように、隠しても無駄だということはお分かりいただけたでしょうし、抵抗してもあまり意味はないという事もご理解いただけたことと思います。僕たちもあまり時間があるわけではありませんから、これ以上は本当に強引な手段に出ざるを得ません。それは――むろん、死ぬようなことはないと思いますが――エルマーナ皇女様以外の安全を完全に保障出来るものではありません」
だから出来れば穏便に返していただきたいのですとお願いする。
「――そうですか、残念です」
彼らとしては、このまま時間を稼ぐという手段も、出来るのであれば、有効なのだ。素直に返してくれるような素振りは見せられなかった。
『エルマーナ皇女。聞こえますたら、念話に返信をいただけますか』
『ユーグリッド様。何故、いえ、ありがとうございますとお礼を告げるべき場面なのでしょうか』
予想通り、エルマーナ皇女は近くにいらっしゃることが確認できた。
もっとも、探索魔法から反応があることはすでに知っていたことなので、特に驚きはなかったけれど。
『あまり時間もありません。そうですね、3秒後からしばらく全力で障壁の展開をお願いできますか?』
『分かりました』
エルマーナ皇女はすぐに状況を理解してくださったようだ。
僕はシャイナとも念話で確認を取り、3人でタイミングを合わせて、3つ数える。




