ミクトラン帝国 13 皇女探索 3
しかし、探知魔法を使用すれば、たしかにエルマーナ皇女がいるという反応が確認できる。
「ユーグリッド様。私は、あまり、魔法をお使いにならないよう、申し上げたはずですが?」
時間も惜しいし、すぐに突入しようとシャイナの方を振り返ると、明らかに怒っていることの分かる表情で僕の事を睨みつけてきていた。
ぷにぷにすべすべとしているような頬を膨らませていて、非常にあざとい格好だが、本人は全く気にしておらず、自然体のままなのだということは、シャイナと長く付き合ってきている僕にはわかる。
そして、ところどころ文を区切ることで強調された話し方が、一応、随分とシャイナが怒っているのだという事を思い知らされる。
「い、いや、このくらいどうということはないから。それに、僕を連れてきてくれるのに、シャイナも随分と疲れただろう? もちろん僕はシャイナの事を守るけれど、シャイナも自分を守れる力はあった方が安心だろう? 僕だけに任せるより」
それに僕だって、ちょっとやそっと魔法を使ったくらいで魔力が尽きてしまうほど、そんなやわな鍛え方はしていない。
そんな程度で倒れていては、セキア先生に修練が足りないと叱られてしまう。
あの魔物の大群とぶち当たった時から――そして倒れてしまった時から――より一層、自身の限界を引き上げるために訓練を続けた。
あの時はどうにかなったみたいだったけれど、次にまた同じようなことが起こったとき、今度も同じ程度の魔力で解決できるかどうか分からなかったし、また倒れてしまって、色々な人に迷惑をかけるようなことはしたくない。
あの後、シャイナに会いに行くことは出来たけれど――1日半ほども倒れてしまっていたらしいということは別にして――帰って来てからは結局倒れてしまって、母様は魔法師なら誰でも通る道なのだとは言っていたけれど、それでも、大勢の方に心配をかけてしまったことは事実だ。
「本当ですか?」
シャイナが僕を睨むということは、すでに着地している以上、上を見上げるような体勢になる。
本人はおそらく怒っているか、注意してくれているか、心配してくれているか、そんな感じのつもりなのだろうけれど、残念ながら、本人の思いとは程遠く、上目遣いに僕を睨みつけてくるその姿は、非常に可愛らしいと言わざるを得ない。
思わず抱きしめて、キスでもしてしまいそうになったけれど、もちろん、自重する。
しかし、本当にさっきからわざとやっているのではないかと思ってしまうほどに、露骨な行動が続くのだけれど、一体何が起こっているんだろう。
僕としては嬉しいことだけれど、シャイナに何か、例えば心境の変化などあったのだろうかと心配になる。
それとも、他に、あるいはヴィレンス公子との間で何かがあって、すでに僕のことは男として意識されてすらいないとか。
いや、多分それはない、と思いたい。
「――シャイナ。君は、僕が君を好きだと言っていることを忘れているわけじゃないよね?」
念のため、そう、あくまでも念のためにそう尋ねると、シャイナは顔をしかめた。
「――この状況で何をおっしゃっているのですか? まさか、状況を理解なさっていないということはございませんよね?」
なんともクールな反応だ。
うん。まあ、でも今の場合ではそれが普通の反応だよね。
僕たちはこの後に重要で大切な出番を控えていて、そして何より、人命を救出に来ているのだ。断じてデートなどの甘い時間を過ごしに来ているわけではない。
でも、男としては、いや、男と女とに関係なく、好きな人とあれだけ密着していれば、意識するなという方が無理だろう。
「――今後、同じような状況に陥ることが、もしもあったなら、何をおいてもまず僕に念話を送ってくれないかな。僕がどこで何をしていようとも即座に駆け付けるから」
もし相手が女性だったとしても、僕はやきもちを妬くだろう。
そもそも、今回のような急務に当たらなければならない状況をまずは回避して欲しいとは思うけれど。
「……以前も申し上げたことがあったと思いますが」
「うん。あれから少し、いや結構時は過ぎたけれど、僕の気持は変わっていない――成長していない――どころか、どんどん強くなっているから。たとえ君が毎日のように見上げるだろう天上の月にさえ、僕は嫉妬しているよ」
僕は毎日シャイナと会うことは出来ないけれど、月は月に1度の新月の日以外は毎日、シャイナと顔を合わせることが出来るのだから。
「――本当に仕方のない方ですね」
シャイナは大きくため息をついた。
けれど、その表情は、決して嫌がっているのではないようで、ほんのわずかに口角が上がっていた。
「今、笑っていた?」
「私がですか? どうして今の会話で私が笑うところがあったのでしょうか?」
それは僕の方こそ知りたいけれど。
見間違い? いや、シャイナはあまり表情を変化させない女の子だけれど、だからこそ、ずっと見てきた僕はシャイナが笑っていたように思える。
「やはり、ユーグリッド様はストーカーでいらっしゃいますね」
それきり、シャイナはくるりと僕に背を向けてしまった。
はらりと揺れた、サラサラの銀糸のような髪の間から見えた小さな耳が、真っ赤に染まっていたのはきっと僕の見間違いだろう。
「……そうですか。私は笑っていたのですね……」
シャイナが何かつぶやいていたようだったけれど、僕のいる方とは反対を向いて話された言葉は、残念ながら僕に届くことはなかった。




