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ミクトラン帝国 12 皇女探索 2

 街は観光客と住民の方たちとであふれかえり、進むのが困難というほどではないけれど、気を抜くとすぐにはぐれてしまいそうだったので、僕とシャイナは仕方なく――そう、仕方なく。決して、僕がシャイナのすべすべとしていて、柔らかい手を握っていたかったとか、そういう事では断じてなく――手を繋いでいた。

 エルマーナ皇女はこの国では知らない人がいないというほどの有名人――というのもおかしい気はするけれど――だ。しかも、今日は開花祭の当日で、エルマーナ皇女が開式の歌を歌うはずだったということは誰でも知っているはずだ。仮に、この時間帯に1人でいる姿などを確認していたのならば、印象に残っているに違いなかった。

 しかし、


「エルマーナ皇女様? すまないけど、うちには来ていないね」


「そもそも、もうすぐ開式だろう? 開式の歌を担当なさる皇女様がこんなところにいるはずがない」


 そんな返事ばかりだった。

 確かに、普段見慣れない、しかも、今この場にいるなどとは思いもしない人が来たとしても、多分見間違いか何かだろうと思われて、あり得ないことだと考えた結果、そうではなかったのだと結論付けてもおかしくはない。

 もしかして、この街にはいないのだろうか?

 いや、エルマーナ皇女は開花祭で歌う歌の練習のためにお城の外まで足を運ばれたり、あのような危険な目にあっても練習を続けられるような方だ。この当日を放り出すような方にはとても見えない。


「モンドゥム陛下は、どうにか時間を稼いでくださるという事だったけれど……」


「少なくとも、私たちの出番までには戻る必要があるかと思われます」


 シャイナの意見には僕も賛成だ。

 事情を知れば、おそらくはもう到着されているだろうヴィレンス公子も協力してくださることだろう。

 シェリスも、この状況で、どうすればよいか、どうするのが最善か、必ずそれを導き出しているはずだ。そうすればおそらく、僕達の分まで盛り上げてくれるだろう。

 しかし、それでも、僕達が出ないわけにはいかない。

 これは正式なエルヴィラ王家に対する依頼であり、僕は父様の後を継ぐエルヴィラの王子なのだから。

 おそらくはシャイナだって同じ気持ちでいるはずだ。


「そういえば……思い返してみると、あの子の髪は、ほら、丁度そこの並木と同じ薄ピンク色だったような。フードを被っていたから、少ししか見えなかったけど……」


 屋台で串焼きのお肉を売っている初老の男性がエルマーナ皇女と思しき女の子の姿を目撃したのは、今から数十分前のことらしい。


「そうか? 俺は気づかなかったが……」


「その子なら、あたしも見たよ。あっちの方へ走っていたよ」


 わずかな手がかりではあるけれど、どうやらエルマーナ皇女は街に出てきていたと判断してもよさそうだ。

 気付かなかったというよりは、見かけたという人の方が多かったし、見ていないというのは、気付かなかった、見逃した、たまたま目を離していた、などの理由も考えられる。

 フードというところが、ヴィレンス公子の目撃情報と異なっていて、それは気になるのだけれど。

 何より、他に情報もない。


「確証は持てないけどな。あの格好だと、全員同じに見えなくもないし」


「はあ? お前、そんなことで皇女様を見間違えるとか、何年帝国民やってんだ?」


「何だと?」


 なぜか顔を突き合わせて睨み合い、終いには互いに、そんなことだから手前のタレは辛いんだ、とか、色付きの水なんて売って金とってるやつにはわかんねえだろうよ、とか、言い争いになる始末。

 しかし、今、僕達はそれを治めている暇はない。

 その場の事は、近くでお店を出していらっしゃる方にお任せして、僕とシャイナは教えてくださった方へと駆け出した。

 同時に探索の魔法を使用する。

 もし方向が違ったりしたならば、すぐに止めれば魔力の消耗は抑えられるし、見つかったのならば、出し惜しみをしている場合ではなくなる。

 エルマーナ皇女を連れて帰らなければ、そもそも僕たちの出番などありはしないのだ。というよりも、まず、開花祭自体が始まらない。正確には始まってはいるのだろうけれど、ここに暮らす皆さんの望むような形ではない。

 しかし、そのような心配は無用だった。

 探索相手の下へと僕達を導くために出現した魔力の光に包まれた蝶々は、ひらひらと、しかし、今の僕たちの気持ちに応えるように、早過ぎはしないというペースで、迷いなく飛び続けている。


「すみません、通してください」


 僕達には観光客や、国民の方たちが障害物のように機能するけれど、探索魔法により生み出されている蝶々にはそのような心配はない。

 こうなったら――


「いけません、ユーグリッド様。貴方はこの後、魔法をお使いになる予定があるのでしょう? シェリス姫お1人に全てをお任せになるおつもりですか?」


「そうは言っても――」


 どうしたら、というのは僕の言葉にならなかった。


「しばらく動かないでいらしてください」


 シャイナが僕の頭を自分の胸元に引き寄せると、そのまま僕ごと一緒に飛行の魔法で空へと浮かび上がった。


「ママー、見てー。あの人たち空を飛んでるよー」


「へえ、人1人抱えたまま飛ぶなんて、すごいんだなあ」


「もしかして、あれが噂のエルヴィラから来たお姫様なのか? 魔法の舞台を見せてくれるっていう」


 観光客、あるいはミクトラン帝国国民の方たちの声が聞こえる。


「でも、あんな風に抱きしめあって飛ぶなんて、よっぽど仲が良いのか、それとももしかして恋人なのかしら」


「少し羨ましいわね」


 そんな女性の声も聞こえてきて、僕を抱きしめてくれているシャイナの手に強く力が籠められる。

 苦しいと思って念話を送ろうともしたけれど、そんなことをする余裕はなかった。

 いや、別に、色々と柔らかいものが押し付けられて集中できなかったというわけではない、と思う。


「勘違いなさらないでください。私はこの後特に魔法を使う予定がないため、魔力には余裕があり、この場を突破するのに最も良い選択だと思っただけです」


 勘違いする余裕なんてなかったけれど。

 なんだか甘い、いい匂いが鼻腔をくすぐる。

 目の前が真っ白になってくる。

 あれ、僕は何をやっているんだろう。とても心地よいところへ連れてゆかれそうだ――


「あっ、すみませんユーグリッド様」


 首の拘束が緩くなり、僕は大きく深呼吸をした。

 まさに天国へと連れてゆかれてしまうところだった。

 しかし、好きな女性に抱かれて死ぬ、それもあんなに幸福な気持ちで、というのは、男子としての本懐ではないのだろうか。


「いや、ありがとう、シャイナ」


 僕がお礼を告げると、シャイナはよくわからないというように眉を顰めた。

 まあ、詳しく説明するつもりはないけれど。


「あの辺りからですね……」


 探索魔法を使用したらしいシャイナが見つめる先へと、僕も首を倒す。

 僕らは、街はずれといっても過言ではない、人気のない、裏路地にある、古びた建物の前に辿り着いた。

 ここにエルマーナ皇女が?

 空き家というか、廃墟というか、とても人がいるような雰囲気ではないけれど。


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