カナル侯爵家 3
魔法であれば、鍵を使わずとも、いくつか方法はあったけれど、僕が提案するよりも早く、鍵が合った音がして、重厚そうな扉は開かれた。
おそらくはよく人が出入りするか、頻繁に手入れをされているのだろう。
見た目の古びたイメージにそぐわず、錆びているような音は聞こえてこなかった。
音をたてないように慎重に、ゆっくりと扉を閉めた後、内側から鍵を掛けることはせず、すぐにあった階段を降りてから、薄暗い通路を慎重に進んでゆく。
脱出路のようなものなのだろうか。
お城にもある、万が一の事態に備えたお屋敷からの避難経路のような道で、主にテロリストなどに占拠された事態などに使用されるということだ。
主にって何? とツッコミを入れたくなるけれど、他に用途も説明されていない。要するに非常時ということだ。
僕もその存在と、道筋だけは物心ついてすぐに案内されていたけれど、まさか自分の暮らすところよりも先に他人の家のものを通ることになろうとは。
お城のものを使っていないということは、それだけお城が平和だということで、喜ぶべきことなのだけれど。
石組みの天井はそれほど高くはなく、あれはたしか、オーリック公国で探索した商人ギルドの地下のような感じのするところだった。
まさかやっていることまで同じだとは思わないけれど、何となく嫌な予感はする。
どうして悪事を考える人たちは似たような雰囲気の地下機構を作るのだろう。表に作ることは出来ないのだろうというのは想像できるけれど。
そんな考え事をする僕とは裏腹に、フェイさんはそのようなことは気にも留めていらっしゃらない様子で、ある時は壁を押し、その後ろに続く隠し通路を、鍵がかかっていれば、先程奪った――お借りした鍵の束の中から即座に選び抜き、迷うことなく進んでゆかれる。
中には、おそらく警戒のため、鍵が合わない場合もあった。
そんなときには、フェイさんは髪の中に隠されていたピンを1本取り出され、すぐさま解錠される。
それが出来るのならば、そもそも鍵を探す必要はなかったのではとも思うけれど。
「それではピンが折れてしまうかもしれませんし、鍵を試す方が時間もかかりませんので」
ピンがもったいないのはその通りだと思うけれど、鍵を選ぶ時間も、今のようにピンで開くのにかかる時間も、それほど変わりがないように感じられたけれど。
おそらく、フェイさんの中では時間をかけてしまった方だということなのだろう。
「何だか面白くなってきたわね。冒険者ギルドの人たちがするというダンジョンの探索ってこんな事なのかしら」
淡々と、表情を動かすことなく静かな様子で進まれるフェイさんとは対極、というほどでもないけれど、シェリスはキラキラとした瞳で周囲を見回している。
周囲に注意することは大事だと思うけれど、集中力、あるいは危機感が足りていないと思う。ここが相手方の懐だということを忘れているのではないだろうか。
「シェリス」
「はーい。分かっているわよ、兄様」
シェリスは手に持ってくるくるとまわしていたピンを髪の毛に挿した。
いったいどれほどの階段を下り、奥へと進んだことだろうか。
途中にあった部屋も全てを見て回ったけれど、人がいる気配はなく、目立って怪しいものも保管されたりはしていなかった。せいぜい、護身用、あるいは屋敷での抗戦用と思われる武器が多くの部屋に保管されているくらいだった。
しかし、武器が常備されていたり、部屋が用意されているということは、ただの脱出用通路というだけではないということだろうか。
通路が行き止まりになったところで、フェイさんが立ち止まられ、僕たちも足を止めた。
フェイさんはじっと、上の方と、下の方を見つめられて、
「ここで道が分かれています」
道が分かれている?
それ以前に道はないように見えるけれど。
「こちらをご覧ください」
フェイさんが少しわきによけられて、御自身の頭の上と足の下、要するに今通ってきた通路の天井部分と床部分を指さされた。
よく見れば、つなぎ目のような部分がたしかに存在していて、わずかにではあるけれど、たしかに吹き込んできている風も感じられる。
「扉の配置、通路の形状から判断しただけなので、不確かな情報であることをお許しください。おそらく、この上は侯爵家本邸――もしくは別邸かもしれませんが――地上で見た屋敷の内部になっている事でしょう。さらに、私たちがこの通路、もっと言えば屋敷の敷地内に入り込んでから、かなりの時間が経過しています。すでに私たちの事が露見していても不思議ではありません」
フェイさんが奪取された鍵を持ち上げられる。
「このように鍵を持ち去ってきていることからも、この通路に入り込んだことは相手方には筒抜けでしょう。ここまでガスなどの攻撃が来ないことは不思議ではありますが、扉を開けた途端に待ち構えられているという可能性もあり得ます。もちろん、考え過ぎであれば良いのですが」
フェイさんは先へ進むことを躊躇われていらっしゃる様子だった。
「私に何かあった場合は、構わず、お見捨てください」
「フェイさんは僕たちに何かあった場合、そのまま置き去りにされるのでしょうか?」
視線が交錯したのは数秒の事だった。
「殿下。くれぐれも御身の事を――姫殿下のことを第一にお考え下さい」
「待ってください」
フェイさんが扉をスライドさせようとされたので、その前に僕は声を変えて、障壁を展開する。
対魔力、対物理の障壁により、待ち構えられてはいても、とりあえずすぐに詰みという状況には陥ることはないだろう……と信じる。
「シェリス、シャイナ。分かっているとは思うけれど、来る前の約束は覚えているよね」
2人が頷いたのを確認した後、僕もフェイさんに頷きを返す。
フェイさんがゆっくりと綴蓋式の天井――本来はおそらく床――をスライドされる。




