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カナル侯爵家

 隊を3つに分けた都合上、僕が向かったのはお城から最も近いカナル侯爵のお屋敷だった。

 僕たちとしてはどこへ向かっても良かったのだけれど、変なところで気を遣われたらしい。

 とはいえ、お城から近いということは、それだけ危険もあるということで、一切気を抜くことは出来ない。元々、油断や気のゆるみなどわずかにもないけれど。

 馬車で向かって噂になることも、街の中で降誕祭の準備をしている人たちを無暗に刺激することも憚られたので、僕たちも黒いコートを身に纏い、空を飛んで向かう。

 もっとも、それが出来たのは僕たちだけだったようで、ラクリエイン家とコントール家へと向かった隊は普通に馬車で出かけられた。

 1人2人ならば問題はないけれど、仮にどこか1か所に集まっていた場合、お城までの連行が少し大変にはなると思うけれど、その場合はそれぞれの家の馬車を使わせて貰えば大丈夫だろう。ラクリエイン家はどうか分からないけれど、おそらくカナル侯爵とコントール家のお屋敷には馬車はあるだろうから。

 もちろん、それらのどこにも集まっていないという可能性もある。

 例えばどこかの空き家だったり、地下水道だったり、彼らの内の誰かが経営する、どこかの社、あるいは店舗だったり。

 多分、パーティーやら何やらでお見かけしたことはあるのだろうけれど、直接話しをさせてもらったことはないというか、探索魔法による人探しはこの場合利用できなかった。基本的に、知っている人や物でなければ、こういった利用の仕方の場合、探索の魔法は効力を発揮しない。いかに魔法と言えども、完全に万能なわけではないのだ。

 

「あそこね」


 カナル侯爵のお屋敷を斜め前に見る、丁度建物の陰になっている部分から顔だけを出して覗きながらシェリスがつぶやく。

 その声の調子に僕は少し不安になる。


「シェリス。もしかして、少し楽しみにしている、なんてことはないよね?」


 気を楽に持つ――緊張し過ぎないのは良いことだけれど、気を抜き過ぎるのも問題というか、今のシェリスはどちらかといえば、わくわくとは言い過ぎかもしれないけれど、少しばかり浮かれているようにも感じられる。

 普段やらないこと、未知の事に興味を持つのは素晴らしいことだとは思うけれど、今は好奇心よりも注意力を高めて持っていて欲しい。

 散漫になっていては、不意の事態に反応や対応が遅れる可能性が高くなる。多くの場合、それは致命的な事にもなりかねる。


「大丈夫よ兄様。お祭りはもう少し先でしょう?」


 そうだ。この事態を乗り切らなければ、のんきに降誕祭などという事態どころではなくなる。


「って、そうじゃなくて、本当に分かっているんだよね?」


 僕はシェリスの瞳を真っ直ぐにのぞき込む。

 シェリスの綺麗なエメラルドの瞳が僕をのぞき込むと、シェリスはわずかに頬を染めたかと思うと、ふいっと顔を逸らした。


「あのね、シェリス。今はふざけている場合じゃなくて」


 僕は呆れ半分に、シェリスの両頬を挟んで正面、僕の方を向かせる。

 シェリスの瞳は泳いではいない。

 脈拍は少し早いみたいだけれど、特に健康に問題があるとか、そういうことではなさそうだ。

 瞳の光も先程までより大分落ち着いてきている。

 これならば大丈夫そうだと思ったところで、間に割って入ってきた腕によって、僕たちは引き離された。


「いつまでそうなさっているおつもりですか。そういうことはおふたりの時になさってください」


 何故だかシャイナの口調は少し拗ねているというか、そんな感じで。


「そう言えば忘れていたね。ごめん、シャイナ。その格好もとても素敵だよ」


 シャイナは――シェリスもだけれど――大変珍しいことに、僕が見たことのあるようなドレスやワンピースのような格好ではない。

 シャイナの方は、正確には、ワンピースはワンピースなのだろうけれど、ひらひらしたり、ふわふわしたりして動きにくそうなものではなく、黒いフードコートの下には、青く、大層短い丈のものを着込んでいた。

 膝の上まである長く白いソックスを履いているし、わざわざそうしようと意識しなければ中が見えたりしてしまうこともないだろうけれど、スカートの裾とソックスの間に見える白い太ももが眩しい。というより、目の毒だ。

 たしかに機動性には優れているのだろうけれど。

 

「でも……これでよし」


 僕はシャイナのコートを掴むと、しっかりと前で閉じさせた。

 ここまではもう仕方がないけれど、せめて注意するだけの余裕が出来た今なら、少しは整えておきたい。これから先、相手方と相まみえた場合、おそらくは激しく動くことになるだろうから、意味があるのかどうかは分からないけれど。

 一方シェリスは、同じく太ももの中間あたりまでの短いドレスの下に、黒いスパッツを履いていた。

 

「本当はスーツの方を借りようと思ったのだけれど、私のサイズに合うのがないらしくって」


 おしゃれに気を遣ったというわけではないらしい。

 まあ、ところどころに白いフリルがついていたりして、少し目立つんじゃないかと思わないでもなかったけれど、気にするほどの事ではないだろう。コートを上から羽織っているわけだし。

 目立つ目立たないで言えば、どうせ姿を見られた時点で達成できないのだから。


「それじゃあ、どうやって入るかだけれど……」


 多分それにもあてはつけてあるのだろうとフェイさんの方を確認すると、こちらへと案内してくれた。

 入る側としてはありがたいことだけれど、事が済んだ時には、注意をする必要があるかもしれない。


「ご心配なさらずとも、城の方の警備にはこのような隙はございません。掛けている人数が違いますから」


 お城もそうなのだけれど、国家としても、防犯に対してもっと個々人の意識を高める必要性を感じる。

 それだと、こうした必要な場合に侵入することが(それ自体が間違っているということにはこの場合目を瞑るとして)難しくなるので、何とも言い難くはあるけれど。



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