ep9-045.エピローグ
――バラン砦。
ガラム王国の北部。藩王国との国境を接するアーチャー山脈を望む山間にある砦だ。
バラン砦は山間の狭道を巧みに利用した堅固な砦であった。今から数十年の昔、レーベ王が、藩王国へと抜ける街道の出口にあたるこの地に砦を築いたのが始まりだ。
当時の砦は、街道を塞ぐ柵と、後背の林を切り開いた野営地があるばかりだったのだが、やがて簡素な小屋が立ち、数名の兵士が常駐するようになった。
レーベ王没後、藩王国との国境争いが激化するにつれ、城壁と住居を兼ねた石造りの建物が建てられるようになった。その後も砦は拡充を繰り返し、今や国境を護る重要拠点となっている。
普段は国境警備兵が百名程常駐するに過ぎないのだが、この日は、砦へと続く街道を長い隊列が歩みを進めていた。
馬達の蹄の音と嘶き。甲冑が擦れる金属音。兵士たちの足音が聞こえる。ガラム国の王都から遠征してきた総勢三千におよぶ大軍だ。
隊列の先頭には、純白の甲冑の男が白馬に跨がっている。甲冑の右胸には赤地の菱形にドラゴンの顔が白く刻まれている。菱形の下辺を支えるように小さく赤い星が三つ。赤地に白抜きは王家の証だ。
腰には赤い鞘に収まった長剣。刀身には緩やかな反りがあり、柄には宝石がはめこまれている。
男の名はラドマーニュ・バステス、ガラム王国の王だ。
バステスは見事な金髪を風に靡かせ、颯爽と軍を先導している。
バステス王の両脇を親衛隊長のソリロットと土の精霊使いバーコロニアルが固める。その後ろにフレイルと精霊女王リーメとリーメの警護役であるツェスとイーリス、更にその後ろにフレイルとソリロットの部下達が続いている。皆、バステスから支給された馬に跨がっている。
通常、馬は将軍以上にしか与えられない。それをフレイル達に貸し与えたのは、彼らを第一級の賓客として迎えているが為だ。
「リーメちゃん。大丈夫?」
イーリスが自分の前に座るリーメを気遣う。子供と変わらない体格のリーメは一人では馬を操れない。それゆえ彼女はイーリスの馬に一緒に乗っている。
「大丈夫です。ご心配いりません」
「折角、バステス王が馬竜車を用意してくれるっていったのに」
「皆さんが馬に乗っているのに、私だけのうのうと御車に乗る訳にはいきません」
リーメは自分を特別扱いしないで欲しいと、他の者と同じく馬に乗ることを望んだ。バステスはしばらく思案した末、安全が確認されているときのみとの条件で、リーメの望みを聞き入れた。
「それにしても凄い隊列ね」
イーリスが後ろを振り返る。長い隊列が見えなくなるまで続いている。
最後尾には輜重を乗せた馬竜車。その数はざっと五百は下るまい。これくらい大軍ともなれば、それ相応のものが必要になるのだ。
常夏の大陸とはいえ、さすがに山間部のこの辺りとなると夜はそれなりに冷える。万全な防寒を必要とするほどではないが、素肌を晒して寝るのは厳しい。馬竜車隊には武具や食料だけでなく、防寒具などその他装備も積んでいた。
「陛下。ようやく着きましたな」
フレイルが少し馬を進め、バステス王の隣から声を掛けた。彼の瞳は目的地に到着した安堵と少しの懐かしさが入り交じっていた。
「フレイル、お前と再びこの砦に入ることになるとはな。久しいか」
「はい。戦はベンガール高原でしたが、バランの砦には幾度も世話になりました」
「そうだな。バランある限り、我が王国に一歩たりとも敵に踏み入れさせぬ」
バステス王は自慢気な表情を見せると、フレイルに確認する。
「フレイル、親書は兄上に届いたか?」
バステスが精霊女王リーメら使節団と会見を開いてから二蓮と十日が経とうとしていた。バステスの親書はとうにフォートレートに届けられている筈だ。
「はっ。お預かりした親書は二蓮前にフォートレートへ送り、一蓮半前に届いております。フォートレートの宮殿から、昨晩、返書を送ったと精霊通信にて連絡がありました。半蓮の内に届くであろう、とのことです」
「ご苦労」
バステスがその答えを待っていたかのように頷く。一介の兵の手紙ならともかく、騎士が直接携える王の親書が相手に届かない筈がない。バステスは親書が届いた事を確認したのではなく、返事がいつ来るのかを聞きたかったのだろう、とツェスは思った。
「ね、ツェス。なんで返事を出すのにそんなに時間がかかるの? 一蓮半前に届いたのなら、直ぐに返事を出せばとっくにこっちに来てるじゃない」
「知るかよ」
イーリスの問いかけにツェスがぶっきら棒に答える。彼女の疑問にパーシバルが答えた。
「王国間の親書のやりとりは時間がかかるのが普通です。王の言葉はそのまま王国の方針になりますからね。右から左という訳にはいきません。我々の手紙とは違います」
「ガルーからフォートレート迄、早竜で十五日。往復で一蓮は掛かる。返書を認めて、二蓮ならば早い方だ」
フレイルの補足にバステスが付け加えた。彼らのやりとりをバステス王が肯定する。
「そういうことだ。もう一蓮くらいは掛かると思っていたのだがな。戦なき日が続くあまり、さしもの兄上も欲求不満が溜まったか」
「お言葉が過ぎますぞ。陛下」
「俺の口が悪いのは、お前も知っているだろう」
バステスの脇でバーコロニアルが、口を広げて愉快そうに笑った。
「陛下、王たるもの品格がなければならぬと教えられませんでしたかな?」
「兄上の小言はいつものことだ、バーコロニアル。尤も父王やラメル大導師からも同じことを言われたがな……」
バステスが苦笑する脇で、先頭をいく兵の声が轟いた。
「開門! ガラム国王陛下の御到着である!」
バラン砦の裏門がゆっくりと開き、バステス王の軍勢は次々と入場していった。
◇◇◇
――中つ国フォートレートの王都フォート。早朝。
まだ人影のまばらな王都の正門に三つの人影と早馬が二頭見える。様子を窺うに誰かが出立するようだ。
旅支度を整えた若い男女が二人。馬の手綱を握ったまま、見送りの老人に別れの挨拶をしている。
「先生、もうここでええよ」
「私もいつまでこうしておれるか分からん。見送れる時には見送っておきたいのだよ。シヴィ」
「ラメル先生、先生はまだまだ王国の為に無くてはならぬ人です。先生には新たな魔法体系を編むというお仕事があるはず。それが成るまでは、決して天に召す許可を女神リーファはお出しになられぬでしょう」
「アケリオン、人生には何が起こるか分からぬもの。志半ばで斃れた先人は数多おる」
「いいえ、先生は、まだまだ長生きするでね。心配せんでええよ」
金髪の美女シヴィが老魔導士ラメルを労るように告げる。
「シヴィ、その言葉、お前の『インビジブル・スコープ』のお告げだと有り難く受け取っておこう。本当であれば、私が星墜ちに向かわねばならぬところだが、王命によりフォーの神殿に向かわねばならぬ。しばらくは戻って来られない。星墜ちまでは二十日程だろうが、今から向かえば間に合う筈だ。ツェスとイーリスの事はよろしく頼んだぞ」
「分かっとるよ。先生」
「これでも彼奴らがどれだけ成長したのか、楽しみなんですよ」
アケリオンはシヴィが自身の白馬に乗るのを手伝った後、自分もひらりと愛馬に跨がる。
「では、先生、行って参ります」
「行ってくるでね」
「うむ」
アケリオンとシヴィの二人はラメルの命を受け、一路、戦場となるであろう星墜ちの現場へと旅だった。
風雲急を告げ、後に「星墜ちの嘆き」と呼ばれる戦が始まろうとしていた。
《第一部完》
取り敢えず、本話にて一旦、第一部終了です。




