ep9-042.謁見(4)
ツェス達使節団一行は階段を上り、別室に案内された。貴賓を歓待するための部屋だ。監視塔を除けば、城の中で一番高い位置に造られている。ガルーの街を一望できる部屋は客人を歓待するだけでなく、高度な外交案件を扱う時にも使われる。バステス王が別室を用意したのは、使節団を歓待するのは勿論のこと、内密な話になるからだ。
中央には分厚い木の板で出来た縦長のテーブル。テーブルの周りに肘掛けの付いた椅子が十脚添えられている。此処で食事も取れるようになっているのだろう。テーブルの天板の縁には、椅子の位置に合わせて円形の薄い擂り鉢状の凹みがつけられている。
部屋に入った一行は、先に待っていたバステス王に迎えられた。バステスはゆったりとしたシュルコに着替えていた。脇には白甲冑に身を包んだ仮面の男と、黒のローブを羽織った精霊使いらしき男が控えている。
バステスは椅子から立ち上がり、顔を綻ばせながらフレイルに手を差し出した。
「よく来た。フレイル。こんな格好で失礼する。どうも形式張ったものは苦手でな。肩が凝る」
「陛下もお変わりなく」
「ふん。世辞はいい。ガラムを治めて十五年になるが、治まったとは言い難い。まだまだ兄上に統治のコツを教わらねばならんようだ」
「来年は中つ国での集いの年。我がライバーン王に存分にご相談なされませ」
「抜かしたな、フレイル。お前こそ、その歯に衣着せぬ物言い、変わっていないな。あれからもう五年になるか」
「はい。ベンガールの戦いでは陛下に救っていただきました」
「俺は少し手伝っただけだ。気にすることはない」
フレイルは一歩後ろに退き、リーメを紹介する。
「陛下。改めて紹介いたします。精霊界からの使者リーメ・パム殿です」
「バステス陛下。御機嫌麗しゅう。お初にお目に掛かります。リーメ・パムと申します。精霊界を代表して御挨拶に伺いました」
フレイルの紹介にリーメが少し膝を折り、かがみ込んで挨拶をする。
「バステスです。伝説の精霊女王殿がこんな可愛らしいお嬢さんだとは……。いや失礼。我ら不浄の人間を導き、支えて下さっていることに感謝申し上げる」
「いいえ。我ら精霊は人間と共存の間柄。互いの繁栄の為、協力するのは当然のことです」
リーメの挨拶が終わると、フレイルが部下の騎士を紹介する。最後にツェスとイーリスを紹介すると、バステスは相好を崩した。
「ツェス、イーリス。元気そうだな。お前達も使節団に加わっていると聞いた時は驚いたぞ。前の集いの年にはフォートレートでラメル大導師から精霊契約の旅に出たと聞いていたのでな。旅は終わったのか」
「はい、陛下。半年前にこちらのリーファ神殿で風の精霊と契約を交わしました」
イーリスが静かに答える。
「そうか。ガルーのリーファ大神殿で精霊契約を結んだ精霊使いがいると聞いていたが、イーリス、お前だったのか」
「はい」
大陸には精霊使いを志す者が数多いるが、実際に精霊契約を結べる者は驚くほど少ない。ガラム王国でも年に一人か二人、三王国合わせても十人に満たない。今、現役で活躍している精霊使いは百人も居ないと言われている。
それだけ貴重な存在である精霊使いはどの国でも厚く遇されている。畢竟、新しく生まれた精霊使いは、どこの国にも属していない為、いち早く我が国のものにしようと激しく勧誘する。
大概は王国に召し抱えられるのだが、有力貴族や大商人が個人的に専属契約を結ぶケースもある。一時期は、精霊契約を結び終えた精霊使いを迎え入れんと、王の使いのみならず、有力者達までもがリーファ神殿前でずらりと待ちかまえていたこともある。
余りの過熱ぶりに、見かねたリーファ大神殿は、数年前から新たに精霊契約を結んだ精霊使いについて一切公表しなくなった。公式には王にも知らせないことになっている。
それでも新たな精霊使いが生まれた時は、それとなく噂となって町中に流れていく。もちろん単なる噂で終わる時もあるのだが。
「精霊使いが増えることは良いことだ。イーリス、ガラム王国に仕えたくなれば、いつでも申せ。歓迎するぞ」
「はい。御縁がありましたらその時は」
イーリスは無難な返事でバステスの誘いを断った。バステスも、イーリスがこの場でガラム王国の精霊使いになるとは思っていないのか、イーリスの答えにも何も言わなかった。あるいは、ラメル大導師の許しがないと無理だと思っているのかもしれない。
「フレイル、こちらも紹介したい者がいる」
バステスが目配せすると、脇に控えていた白甲冑の男が一歩前に進み出る。オレンジがかった髪を持つ大きな男だ。顔の大部分を覆い隠す金属製の仮面を付けている。
「ソリロットだ。ガラムでも腕利きの剣士で、闇の精霊使いだ。フレイル、剣士で精霊使いの前と同じだ」
「ソリロットです」
ソリロットがフレイルに手を差し伸べる。
「おお、貴殿がソリロット殿か。噂には聞いていたが、此処でお目に掛かれるとは光栄だ。私はフレイル・ラクシス。フォートレート王国で騎士団長を拝命している」
「こちらこそ、フォートレートきっての騎士と名高いフレイル殿とお会いできて光栄です」
ソリロットはフレイルの手をがっしりと握った後、パーシバル、ツェス、イーリスを見やった。
「貴殿らとは、この間、ガルーの街通りで会ったな。使節団一行だとは知らなかった。その節は失礼した」
次いで、ソリロットはツェス達に詫びた後、リーメの元に跪いた。
「リーメ・パム様、貴方様が精霊女王だとは露知らず、数々の無礼の段、平にお詫びいたします」
「面をお上げください。ソリロット様。あの時は私達も素性を開かす訳にいかず、申し訳ありませんでした。どうかお気になされませぬよう」
リーメはソリロットの肩にそっと手をやり微笑んだ。
「ソリロット、お前がリーメ殿と面識があったとはな。世の中狭いものだ」
「いえ、偶々です」
バステスはリーメに一礼して立ち上がったソリロットを下がらせると、フレイル達にもう一人の精霊使いを紹介した。
「土の精霊使いのバーコロニアルだ。俺の右腕にして王国の知恵袋だ。よろしく頼む」
バステスの紹介に黒ローブが一歩前に進み、両手で頭を覆うローブを取り去った。
「バーコロニアル・ド・ウェイラーです。ようこそいらっしゃいました」
土の精霊使いは壮年の男だった。五十歳後半くらいだろうか。見事な銀髪を後ろに流し、広い額を晒しているが、両耳の前だけ長い髪を垂らしている。不思議な髪型だ。彫りは深く、グリーンの瞳は知性に溢れている。だが肌はまるで日に浴びたことがないかの様に白い。
バーコロニアルは手を差し伸べ、フレイル達と握手を交わす。ツェスはバーコロニアルが差し出す手を握りながら、精霊使いというよりは、隠者だなと思った。
「バーコロニアルは、精霊の研究と歴史書の編纂が主な仕事でな。滅多に外に出ることはない。王宮に出仕せよといっても、気が向かねばやってこぬ。今回はやっとのことで連れ出してきたのだ」
「陛下。御戯れを。伝説の精霊女王がお越しになるというのに、どうして穴蔵に引っ込んでおられましょうや」
「やはり俺の命ではなく、リーメ殿が目当てだったのだろう。尻尾が丸見えだぞ、バーコ」
「これは一本取られましたな、陛下。ですが、この不肖バーコロニアル。陛下の命とあらば、何時でも参上仕りますぞ」
バステスは二十歳年上の精霊使いをバーコと愛称で呼び笑顔を見せた。バーコロニアルも笑顔で応える。言葉とは裏腹にバーコロニアルと話すバステスは嬉しそうだ。ガラムの若き王の瞳に、バーコロニアルへの深い信頼が見て取れた。
「では、リーメ様、皆様方。お席へ」
バーコロニアルがフレイル達を席へと案内した。
「リーメ殿、親書にて要件は理解した。レイム殿も随分と思い切った決断をなさるものだ」
席に付くなり、バステスは感心したように言った。星墜ちの正体に迫ることができるかもしれないと興奮しているのだろうか。その顔は僅かに紅潮していた。
しかし、王の口から発せられた次の言葉は、その顔色とはおよそ正反対のものだった。
「リーメ殿、残念だが星墜ちの調査は許可できない。返信の親書をお渡しするゆえ、御引き取りいただきたい」
バステスは冷徹に言い放った。




