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ep9-041.謁見(3)

 

 ギシッ、ギシッ。

 

 ツェス達、使節団一行は、バステス王の城、ヴィーヘン・ガルーシュタイン城の入口へと続く桟橋状の梯子を登っていた。


 城の入口は人の背丈の五、六倍程の高さにあり、梯子がなければ決して入れない。梯子といっても足を乗せる場所が十分にあり、どちらかといえば階段に近い。梯子は城壁にへばりつくように、壁に向かって右から左へと登るように掛けられていて、入口に設けられた鋸壁の付いた踊り場まで伸びている。


 梯子の傾斜は割と緩やかだが、幅はそれほど広くはなく、二人か三人が並べばもう一杯だ。一応手摺りが付いているから、足を踏み外して落ちる心配はない。


「これがバステス王の城? 王の城なのに梯子がオンボロなのね」


 イーリスが思ったことを口にする。素直なのはいいのだが、(はた)から聞くとドキドキする。階段を登る途中だったから、城の入口の踊り場で待ち構えている衛兵達に聞かれることはないだろう。イーリスは入口にちらと視線をやって大丈夫とばかり、片目をつぶってみせる。歯に衣着せないイーリスでも、多少は配慮しているとみえる。


「梯子は意図して簡素に作ってあるのだ。敵軍が来たときに簡単に落とせるようにな。梯子がないと城に入れないのもそうだ」


 フレイルが解説する。


「あっちの入口みたいなのは?」


 イーリスが前方の城壁を指さす。ツェスが目を向けると、なるほど、今向かっている入口の他に、同じような鋸壁付きの踊り場がいくつか並んでいる。しかし、その高さはまちまちで統一感がない。


「あれも城への入口だ。入口がいくつもあるのは、敵に攻められた時を考えての事だ。城へは梯子がなければ入れない。攻め手は自前で梯子を用意しなければならなくなる」

「ふうん」

「入り口の高さがそれぞれ違うのは、登ってくる敵に他の入口から矢を射掛けられるようになっているのですよ。城の屋上からは遠いし、死角も出来てしまいますからね」


 パーシバルが説明を付け加える。


 梯子を登り終えた一行は衛兵達の確認を受けた後、すんなりと城内に招き入れられた。ガラムに到着した日にフレイルが謁見の段取りをつけにこの城を訪れている。簡単に入れてくれたのはフレイルの顔を知っているという事もあるのだろう。衛兵はフレイルと冗談混じりの挨拶を交わしていた。


 入口から入ると幅の広い回廊が壁に沿ってずっと続いている。回廊の壁には予備と思しき梯子が横倒しになって壁にぴたりと付けられている。


 衛兵の一人が一行を宮廷に案内する。回廊を進むと少し広い空間に出た。壁の奥が凹んでおり、そこにリーファ神の彫像が安置されている。簡易の礼拝堂だ。どんな小さな城でも必ずと言っていい程、礼拝堂がある。祈りを捧げる度に町中のリーファ神殿まで赴いていては敵に狙われてしまうからだ。


 一行は足を止め、リーファ像に向かってひざまづく。両手を組んでしばし祈りを捧げる。大陸では当たり前の光景だ。


「…………?」


 皆が祈りを捧げる中、ツェスは微かな違和感を感じた。耳をすませる。イーリスが小声で祈りの言葉を上げる以外何も聞こえない。


 気のせいか。いや、誰かいるのか。それとも精霊の類なのか?


 精霊の中には姿を消すことを出来るものが沢山いる。闇に属する精霊は特にその傾向が強い。闇に溶け込み、周囲と同化するなど、簡単に人の目を眩ませる。闇の精霊通信に使われる黒揚羽蝶とて、その姿を捉えることの出来ない人は少なくない。


 だが、仮にこの妙な違和感が闇の精霊の仕業なのであれば、闇の精霊使いであるフレイルが気づかない訳がない。それ以前に、七つの精霊属性を持ち、それらを束ねる長である精霊女王のリーメが何も言わないなんてあり得ない。


 祈りを終えてフレイル達が立ち上がった後、ツェスは周りを見渡した。自分達が入ってきた入口を守る衛兵の咳払いの声が聞こえる以外、回廊はしんと静まり返っていた。先程感じた違和感も、いつの間にか消えていた。


 いつの間にかイーリスが顔を近づけてツェスを睨んでいた。


「どうしたの?」

「あ、ああ、誰かがいるような気配がしたんだ。ほんの一瞬だけだったから気のせいかもしれないが」

「誰もいないわよ」


 イーリスがきょろきょろと辺りを確認してから首を振った。


「ねぇ、ツェス、さっきから変よ。熱でもあるんじゃないの?」


 イーリスがツェスのおでこに手をあてる。もちろん熱などない。


「熱はなさそうね。あんたが変なのはいつものことだけど、調子が悪くなったら直ぐに言うのよ」


 イーリスが母親の様な小言をツェスにぶつけた。その場にいた一同がどっと笑う。ツェスはイーリスに反論しようとしたが、一同の笑顔にその気が失せた。


「さぁ、いくぞ」


 フレイルの合図で、一行は再び廊下を進む。回廊をぐるりと、四分の一程進んだところにホールへの入口があった。衛兵が使節の到着を告げると、背の高い木の扉が重々しく軋んだ音を立てて内側から開いた。 



◇◇◇



 ――ヴィーヘン・ガルーシュタイン城謁見の間。


 百人は一度に入れるかと思われる大ホール。城の天井までぶち抜かれた吹き抜けを無垢の太い柱が支える。何の装飾もない天井はアーチを描いている。城の中は全てがホールではないかと思えてしまう程だ。


 ホールの一番奥に玉座があった。玉座は黒い堅い木で出来ていて、肘掛け部分にドラゴンの彫り物が施されているものの、目立った装飾はそれだけだ。玉座というには無骨すぎる造りに見える。


 王の椅子には、高い背もたれがついていて、その上の壁に一本の剣が掲げられている。赤鞘の長剣だ。剣には緩やかな反りがあり、片刃を上に向ける形で掲げられていた。


 床には赤い幅広の絨毯が敷かれ奥の玉座にまで続いている。玉座のすぐ前の絨毯には、縦に長い菱形にドラゴンが白で描かれ、その上半分に金色の星形が配置されている。バステス王の紋章だ。


 王と王の兄弟以外は、如何なる使者であろうと紋章部分に立ってはならないことになっている。


 絨毯を挟んで両端には、銀の甲冑に身を包んだ騎士が、二十人程槍の柄を床に付け、直立不動で立ち並んでいる。王の居ない玉座の付近には側近と思しき面々。宮廷付きの精霊使いだろうか、白いローブを着ている者もいる。


 ツェス達一行は、使節団団長のフレイルを先頭に絨毯を進む。フレイルの後ろにはリーメ。彼女の両脇をオーライガとパーシバルの二人の騎士が守るように寄り添い、残りの騎士が後に続く。リーメの従者という名目のツェスとイーリスは最後尾だ。


 フレイルは紋章の手前で停まると、居住まいを正した。使節団一行はそのままバステス王の登場を待った。


 と、ちょうどその時、ホールの玉座脇にある扉が開き、バステス王が近習を引き連れて入場する。バステス王は白甲冑に赤いマントを羽織り、ゆっくりと歩みを進める。甲冑の右胸には朱でバステス王の紋章が描かれている。紋章は絨毯のそれと同じく上半分に星形が添えられていた。


 フレイル達使節団の面々はその場で片膝をついて礼を取った。


「リーメ・パム殿。よくぞ参られた。私がガラム国王バステス・フォン・ラドマーニュ・レーベだ」


 黒い木で出来たがっちりとした造りの玉座に座ったバステスは、開口一番そう言った。リーメが精霊女王であるにも関わらずその敬称を用いなかったのはフォートレートからの親書で内密にするように念を押されていたからなのだが、無論、リーメを除くフレイル達使節団の面々はそのことは知らない。


 フレイル達がははっと頭を下げる。


「ガラム国王として貴殿らを歓迎する。フォートレート王からの親書は確かに預かった。返書は後日渡そう。まずはゆっくりと過ごされよ」


 次いでバステスは、懐かしそうな視線をフレイルに投げかける。


「フレイル、久しいな。兄王は御壮健か」

「はっ。我が王ライバーンは意気軒昂にして、その威光はフォートレート全土に行き渡っております。ガラムがうまく治まっているか見て参るようにと仰せに御座いました」

「ふふっ。相変わらずだな。弟という立場はいつまで経っても変わらぬものだ。不逞の弟は口うるさい兄から離れることができて自由を満喫している。そう兄王には申し伝えよ」

「はっ。しかと」

「リーメ殿。別室に席を用意させてある。詳しい話はそこで聞かせていだこう」

「はい」


 バステスが立ち上がりホールを退室すると、残った側近の一人が、では別室へどうぞ、と手を伸ばし、フレイル達を案内した。

 

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