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ep9-040.謁見(2)

 

 ――ヴィーヘン・ガルーシュタイン城。


 マテラー・サーシの丘の上に築かれたガラム王バステスの居城。丘の頂上へと続く螺旋の道に沿って、石を組み上げた壁が丘の頂上をぐるりと囲んでいる。その輪に守られるかのように、白亜の城が鎮座していた。


 遠くからみる分には立派な城のように見えていたのだが、間近でみると、城壁は頑健な石組みで組まれ、およそ装飾と呼べるものは全くない。無骨そのものだ。


 城の真ん中に赤いトンガリ屋根をかぶった背の高い塔が聳えている。監視塔のようだ。しかしその尖塔は一つきり。比較的なだらかな丘の上に建つ城は、死角が無い。それ故、監視するための尖塔は一つでも事足りるのだろう。


 尖塔以外の建物は三階建てで、王の居城にしては意外に小さい。その城の一室にガラム国王バステスが居た。


 二階部分に設えられたその部屋は小振りであるが、質の良い調度品が揃えられ、落ち着いた雰囲気を醸し出している。特別な許可を得た者しか入れないバステスのプライベートルームだ。


 開け放たれた窓から、朝の清冽な風が吹き込み、部屋の空気と入れ替わる。バステスはその窓から、ガルーの町並みを見下ろしていた。


 齢三十を過ぎたバステスであったが、その姿は初めてガラムに王として足を踏み入れた頃と変わらない。若々しく、エネルギーに満ちあふれている。


「バステス陛下」

「入れ」


 外からノックした扉を開けて、一人の大男が入ってきた。真っ白な鎧を身につけた騎士だ。彼の顔の上半分を覆う黒い仮面が威圧とも威厳とも言えぬ雰囲気を漂わせていた。筋肉で覆われた太い腕。甲冑越しでも分厚い胸板の持ち主だと分かる。


 髪はややオレンジ掛かった紅色。それは彼が巨人族の血を引いていると思わせたが、背丈はバステス王より少し高いくらいで、巨人族にしては随分と小さい。

 

 バステスは振り向きざま、目の前の大男に向かって笑みを浮かべる。

 

「気持ちの良い風だ。ソリロット。無粋な仮面は相応しくないぞ。俺とお前の仲だ。遠慮は要らん」

「はっ」


 仮面を取るように命じられたのは、警備隊長のソリロット。彼は十年程前、長年幽閉されていた巨人族の里から逃げ出してきたところを、バステス王に拾われた。


 まだ少年であったソリロットに武の才能を見い出したバステスは彼に剣の訓練を施した。


 ソリロットは、バステスが睨んだ通りメキメキと剣の実力を付けた。人間族とは比較にならない巨人族の膂力とも相まって僅か五年でソリロットはガラム王国で十指に入る剣士となった。


 今やソリロットはバステス王に側近の一人として仕えるまでになっている。


 そんな彼が巨人族の里で幽閉という過酷な扱いを受けていたのは、その容姿にあった。


「失礼します。陛下」


 バステスが仮面を外す。その下から異様な顔が姿を現した。顔の右上半分がどす黒い緑の皮膚で覆われていた。それ以外は人肌色であるが、右目は潰れ、その周りは焼けただれたような痣だらけだ。まるで地獄の死者か死霊(アンデッド)モンスターかと見紛うばかりだ。


 ソリロットが巨人族の里で、不遇の扱いを受けてきたのはその醜い容姿のせいだ。ソリロットには双子の姉がいる。彼女は蓮月も霞むと言われる程の美貌の持ち主だった。それ故、彼の父は姉を溺愛し、ソリロットを疎んだ。


 ある事件を切っ掛けに命からがら巨人の里から逃げ出したソリロットは、モンスターに襲われているバステス王の一行と遭遇する。


 バステス達を救ったソリロットをバステスは側近の反対を押し切り配下に加えた。仮面を付けるよう命じられたソリロットの運命が変わったのはそれからだ。


「陛下。良き知らせと悪い知らせがあります」


 脇のテーブルに仮面をそっと置いたソリロットは深々と頭を下げた。


「仕事熱心なことだ。良き知らせから聞こう」

「はい。陛下がお探しになっていた例の子ですが、ようやく見つかりました」

「何処だ?」

「意外なことに城下の裏通りでした。警備中に喧嘩の通報があり駆けつけたところ偶然にも」

「根拠は?」

「はい。少年に自身と両親の名を尋ねたところ、自分の名をバルドル、父をオージン、母をフリッグと申しました。さらに例の短剣も持っておりました。短剣は今まで鍛冶屋に預けていたそうです。見つけられなかったのもそのせいかと」

「あれの見た目はそのあたりの剣と変わりないからな。噂にもならぬのは仕方ない。それで、バルドルは城下に住んでいるのか?」

「いえ、王都(ガルー)から北へ半日程のララル村です。少年を家まで送り届けて確認しました。残念ながら母君は不在でしたが」

「そうか。バルドルの様子はどうだった?」

「利発そうな少年でした。確かに陛下の面影が御座います。お会い下さればきっと……」

「残念だが、今の俺は会う事が出来ない。……認めたくないものだな、若気の至りというものは。だが、今は切り札だ。あの短剣を預けた事だけは正しかったと思っている」

「恐れながら陛下。たとえどんな事情があろうとも、父子で殺し合いになろうとも、血を分けた絆はいかなる時も潰えることはありません。いつか名乗り上げる機会も御座いましょう」


 ソリロットは声のトーンを上げた。忠誠篤い彼がバステス王に意見するなど滅多にあることではない。彼の大きな肩が小さく震えていた。


「そうだな。お前もそうだったな。姉君は御壮健か。確か名はアングルボーザ、だったか」

「はい。昨晩、(アングルボーザ)から精霊通信がありました。もう一つの悪しき知らせの方です」

「うん。申せ」

「失礼します」


 ソリロットは、握り拳を作った右手を伸ばし、人差し指だけをピンと立てた。


 ソリロットは、巨人族の父とエルフ族の母を持つハーフだ。


 エルフ族の資質をも受け継いだソリロットは生まれながらにして優れた精霊感応力を持ち合わせていた。彼は双子の姉であるアングルボーザと同じく十歳にして精霊契約を結んだ闇の精霊使いだ。それはソリロットがバステスの側近にまで引き立てられたもう一つの理由でもあった。


「闇の精霊アポロケイオン、我が名はフィールの杜のソリロット。漆黒の闇を切り裂く杖を与えよ……」


 ソリロットは目を閉じて精神を集中させる。彼の髪が一際紅くなったように見えた。彼のゴツゴツとした指から黒糸が伸び、やがて黒揚羽の姿となった。黒き蝶が何度か羽ばたく。ソリロットはその度に、何かを復唱するかのように小さく呟いた。


「陛下。藩王国が軍を動かすのは二蓮(ふたつき)後。兵力は三千。星墜ち周辺に布陣するようです。ガラムには七日前に斥候を送り込み、陛下の聖剣を奪おうと狙っていたとのこと」

「三千か。前の報告よりも増えたな。藩王国に送った偵察からは?」

「戻って来ておりません。もう一蓮(ひとつき)になります。残念ながら、既に見つかって捕らえられているかと」

「そうか。生きていればよいが……」


 バステスは目を伏せ、眉間に皺を寄せる。しかしソリロットは、偵察に送った部下は皆手練れゆえ心配御座いませんと気丈に答えた。


「ソリロット、バラン砦の兵力は?」

「二百」

「二百か。三千が相手では持ちこたえられんな」


 バステスは遠くを見通すかのように、窓の外に目を向けた。


 三年前、轟音と共に藩王国との国境付近に墜ちた星は、山肌を削り、木々を薙ぎ倒し、大地に大穴を穿った。


 やがて大穴は湖と変わったが、バステスは混乱を避ける為、星墜ち周辺への立ち入りを禁じた上で、宮廷付きの精霊使いに命じて結界を張らせた。


 しかし、藩王国との国境となっていた山が星墜ちの湖と姿を変えたことで国境が曖昧となった。更に、ガラムの人が立ち入らなくなったことに乗じて、藩王国が星墜ち周辺の土地を自国の領土だと主張するようになった。


 もちろん、バステスはそんな藩王国の主張を一蹴した。しかし藩王国は主張を引っ込めるどころか、力を持って証明すると逆に宣言した。


 それ以来、星墜ち周辺はいつ紛争が起こってもおかしくない土地へと変わりつつある。


 星墜ちの湖を臨む街道にバランという名の砦がある。元々は、国境監視の為に立てられ、簡素な柵と十人ばかりが常駐できる程度の名ばかりのものだ。


 だが、星墜ち後、度々国境を侵す藩王国を牽制するため、大規模な改修と拡張を繰り返し、数千人を擁する事さえ可能な砦へと成長した。今や、藩王軍の侵攻を食い止める要の砦だ。


「募集の状況は?」


 バステスは一ヶ月前から出している臨時兵の募集の進捗を問うた。


「ガラム各地から、腕自慢冒険者が集まっておりますが千人程。二千にはあと一蓮(ひとつき)程かかるかと」

「ガルーの正規兵千と合わせてもギリギリか。千の兵を星墜ちまで動かすには一蓮(ひとつき)は掛かる。急ぎ増援を送らねばならんな……」

「陛下。姉上(アングルボーザ)は一つ気になることを伝えてきました」

「何だ?」

「藩王国に異界の(やから)が手を貸しているそうです」

「異界?」

「詳しいことは何も。ただ十分気を付けるようにと」

「そうか。だが心配いらん。いざとなれば、アレを使う」


 バステスは部屋の壁に掛けられた長剣をちらと見やる。


「陛下。聖剣ミツタダを持って行かれるのですか?」

レーベ王(おやじ)は大事な戦には必ずミツタダを手にしていた。此度は十年振りの(いくさ)だ。士気を鼓舞するにもミツタダを持って行かない訳にはいかん」

「陛下、しかしミツタダは……」


 ――コンコン。

 

 何かを言い掛けたソリロットを遮るように扉がノックされた。バステスが入室の許可を出す。


「陛下。フォートレートの使節団が到着しました」


 伝令の兵が頭を下げる。


「分かった。直ぐにいく」


 バステスは伝令にそう伝えると、ソリロットに命じた。


「ソリロット。此度の使節団の団長フレイル・ラクシスは俺の古くの友人だ。腕利きの剣士で闇の精霊使いだ。お前と同じだ。きっと話が合う。同席せよ」

「はい。陛下」


 ソリロットが仮面を付け直すのを待ってから、バステスは踵を返した。

 

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