ep9-039.謁見(1)
精霊女王リーメの使節団がガラムに到着して五日。ツェス達使節団一行はバステス王との謁見の日を迎えた。
謁見を許されたのは、精霊女王リーメと使節団長のフレイルに随伴の騎士一名。そしてリーメの従者として、ツェスとイーリス。計五名だ。
ツェス達は馬竜車に乗り、マテラー・サーシの丘の頂上に聳えるガラム国王の居城に向かっていた。
マテラー・サーシの丘は王都ガルーのほぼ中央部に位置し、王の居城から王都全土を一望できる。王の居城へは丘の周囲をグルリと取り巻く螺旋の道を登らなければならない。丘を駆け上がって一直線に居城へは向かえないようになっている。
その螺旋の道沿いには臣下の家があり、所々に関所となる門が設けられていた。螺旋の道の外側には人の背丈程の石垣があり、中程の高さ辺りで等間隔に石が抜かれている。
道は石畳になっているが、道幅は大して広くない。馬竜車がかろうじてすれ違えるくらいだ。道は中央部を頂点にして僅かに湾曲しており、外側に向かって沈んでいる。道の両脇には溝が掘られ、雨水などがそちらに流れるようになっていた。石畳を抉る轍にも所々、道の両端に向かって溝が設けられており、轍にも水が溜まらない造りになっている。
「あたし、ガルーの城には行ったことなかったんだけど、どうしてこんな手間の掛かる道を作ったの? ぐるぐる回ってばかりで全然着かないわ」
馬竜車から物珍しそうに周りの様子を観察したイーリスが少し不満気な顔をフレイルに見せる。
「はははっ。まぁそう焦るな、イーリス。ガルーの城は難攻不落で有名でな。丘を登る螺旋の道は一気に攻められないようにする為のものだ。途中の関所もそうだ。道端の石垣が所々空いているのも、そこから弓を放つ為だ。それにこの道幅だ。大軍は一度に通れない。大概の敵は王の居城に辿り着くことすらできん」
フレイルの回答にイーリスが食い下がる。
「でも兵糧攻めされたらどうするの? 丘を包囲して、水も食料も絶ってしまえば、それで終わりじゃない」
「ふむ。軍を率いるものなら誰だってそう思うだろう。だが、このマテラー・サーシは洞窟の丘とも呼ばれていてな。丘の内部はそこら中、洞窟だらけなのだ。バステス王は洞窟同士を内部で結び、地下大迷宮を造られた。洞窟のいくつかは食料庫になっているのだ。一年や二年は軽く持ちこたえられるだろう。さらに洞窟は地上にまで伸びているといわれていてな。いざとなればそこが脱出路になる」
フレイルは、イーリスの質問を予測していたかのようにすらすらと答える。その隣に座っていたパーシバルが外の家を指さした。
「イーリスさん、屋根の下を見て下さい。雨樋いがあるでしょう?」
白壁の上の蒼い三角屋根がツェスの目に止まる。屋根の直ぐ下の壁から水筒によく使われる青緑色の木の幹が飛び出している。その直ぐ下には、同じ木の幹が壁に沿って伸び、道の下に埋まっていた。中空構造の木の幹から節を除いて切り取り、互いに繋ぎ合わせれば長い管になる。雨はその木の管を通って排水する仕組みだ。
「この下には洞窟を利用した貯水槽がありましてね。ああして雨水を溜められるようになっているんです。だから水の心配も要りません」
ガルー生まれのパーシバルが解説を加える。
「パーシバルの言うとおりだ。マテラー・サーシは丘そのものが要塞になっているのだ。そう簡単には落ちん」
「ちゃんと考えてあるんだね。じゃあ、王宮に着くまで我慢してあげる」
ちょっとおどけて見せたイーリスに一同は爆笑した。だが、ただ一人、ツェスだけは外を見たまま、その場に加わらなかった。
ツェスの脳裏に、ガラムに到着した日の夜の出来事が甦っていた……。
◇◇◇
蓮月が光を増し、ガルーの街に夜の到来を告げる。
街の建物に灯りが点っていく。フレイル率いる使節団一行は、その灯りを灯す一つの建物に居た。パーシバルが見つけてきた宿屋だ。
「ツェス。食事の用意が出来たわ」
イーリスが部屋の扉を開け、顔だけひょこっと出してツェスを呼ぶ。
「あぁ、直ぐに行く」
部屋の粗末なベッドに腰掛けていたツェスは、顔を上げ、曖昧に返事をした。イーリスがパタパタと階段を駆け下りていく音を聞きながら、ツェスは再び自分の左腕に視線を落とした。
宿に着いた辺りから左腕が痛いという訳ではないが、変な感触があった。手のひらを結んでは開いてみる。特に問題はない。だが、違和感が拭えないツェスは左腕の籠手を外した。
――なんだ、これは?
ツェスの左腕、肘から手首までの辺りが薄っすらと黄金色の光を帯びている。ツェスは思わず右手で左腕を擦る。
――『半腕』じゃないのか?。
ツェスは咄嗟にそう思った。
ツェスは自分が『半腕』になった状態の左腕を触ったことはない。異形の魔物との戦闘中にそんな暇はない。しかし、『半腕』になっても、物は掴めるし、剣を握る事も振る事も出来る。単に見た目が半透明になっただけで腕はあるのだと思っていた。
今だってそうだ。右の掌は左腕の感触を伝えてくる。だが、『半腕』と違うのは、左腕が透き通らずに輝いていることだ。これも『半腕』のうちなのか。それとも『半腕』とは違う別の何かなのか。
――アケリオンかシヴィが居てくれたら……。
中つ国フォートレートの王都で診療所を営む若き医師。この世ならざる者を視るスキルを持つ光の精霊使い。今こそ、彼らに左腕を診て貰いたい。ツェスは心の中で無いものねだりをした。危うく声にしてしまいそうになる。動揺を抑えるため、深呼吸を試みるも大して効かなかった。
――『半腕』なんか……
ツェスは小さく舌打ちした。こんな薄気味の悪い『呪われた腕』から解放されたいという願いは未だに叶っていない。
腕を切り落とそうと思ったさえ何度もあった。アケリオンにそう打ち明ける度に、若き医師は首を振ってツェスの願いを拒絶した。必要ないのに腕は切り落とせない。片手になってイーリスを守れるのか、と。
(お前の半腕は、世界を救うものになるぞ)
アケリオンの言葉が頭を掠める。この腕の何処が世界を救えるというのか。精々『異形の魔物』を斬るくらいじゃないか。
諦めたように首を振ったツェスは、光が漏れないよう慎重に籠手を付け直すと、イーリス達の待つ宿の食堂に向かった。
◇◇◇
「ツェス、ツェス!」
「ん?」
イーリスの呼びかけに、ツェスは、はっとしたように応える。
「どうしたの? さっきからおかしいわよ」
「いや、なんでもない。ちょっと考え事をしていただけさ」
「何があったの?」
「何もないよ」
イーリスはツェスの答えに全然納得していない様子だ。ツェスの瞳をじっと睨みつけている。ツェスは思わず左腕の籠手に手をやった。幸い左腕が光ったのはあの日の夜だけで翌朝にはいつも通りに戻っていた。籠手も調べてみたのだが何もなかった。
「あの子を助けた後もそんな顔してたわ」
あの子とは、ガラムに来た日に助けたバルドル少年のことだ。あの時もイーリスはツェスの様子がおかしいと思っていたのだ。
「いや、あの三人組の事を考えていたのさ」
ツェスは冷や汗混じりに嘘をついた。三人組とはバルドル少年を助けた直後にいきなり襲ってきた、口元を布で隠した謎の男達のことだ。襲われた事は嘘ではないから、ツェスの言葉だけでは、それが嘘だとは気付く筈もない。そのツェスの嘘にパーシバルが反応した。
「あぁ。そういえば、あれから音沙汰ないですね。あの風体と身のこなしは、そこらの冒険者の比じゃなかった。直ぐに噂になりそうなものですけどね」
「今は、ガラム全土から兵を集めている時だ。人の出入りも多い。それほどの凄腕ならば、遠からず人の口にのぼるだろう」
パーシバルの言葉にフレイルが応じた。ガラム王国は戦に備えて、冒険者を募集している。フレイルは事前の打ち合わせの為、王宮に出向いた時に、その旨を説明されていた。ツェス達が官舎に泊まれなかったのもその為だ。三人組のこともその日の夜にはフレイルの耳に届けられた。それらは全て使節団で情報共有されている。
「しかし、仮面のソリロットが直々に警備に回らなければならぬとは、相当冒険者を集めているのだな」
「あの仮面の男を知っているのか?」
「直に面識はないが話はよく聞く。数年前からバステス王に仕えるようになったそうだ。剣の腕が滅法立ち、今では王の側近だ。精霊使いでもあるとも聞いている」
「剣士で精霊使いなんてフレイルと同じじゃないか。そんなのがそこいらにいるとも思えないがな」
「だからこそバステス王も側近にしているのだろう。冒険者を集めるのはいいが、中には荒くれ者共もいる。奴らを抑えるには剣だけでなく、精霊も使えると何かと助かるのだよ」
「悪いが、精霊使いでない俺には分からんよ」
肩を竦めてみせるツェスにイーリスが栗色の瞳を向けた。
「でも、あの三人、本当に冒険者だったの? 精霊開封出来なかったのよ。あの時もそうだったわ」
フォートレートに戻る時に出会ったキャラバン隊が襲われた時も、精晶石からの精霊解放は出来なかった。あのときはイーリスの精晶石ではなかったが。
イーリスがはっとしたようにリーメを見つめた。彼女の瞳は何か知らない、と可愛らしい容姿の精霊女王に問いかけていた。
リーメは静かに首を振った。
「ごめんなさい。私にも分かりません。あの後、イーリスさんの精晶石を確認させていただきましたけど、どこにも異常はありませんでした。精霊開封も封印も問題なく出来ましたし……」
「リーメちゃんにも分からないなんて。後は師匠くらいしか……。こんなことなら師匠に聞いておくんだったわ」
イーリスが少し頬を膨らませた。それがツェスに話を逸らされたせいなのか、それとも大導師ラメルに聞きそびれてしまった自分に向けられたものなのか判然としなかった。
「今からでも、精霊通信で聞けばいいじゃないか」
「風の精霊通信じゃ細かいところまでは無理なの。水の精霊だったら沢山書けるんだけどね」
助け船を出した積もりのツェスの提案は、あっさりとイーリスに却下された。
風の精霊通信は光の精霊通信の次に迅い通信だ。その反面、天候の影響を受けやすく、風向きによって通信速度が変わるし、距離が遠くなればなるほど、時間が経てば経つほど情報の欠落が起こりやすい。さらに一度に送ることのできる通信量も手紙一枚程度だ。畢竟、複雑な内容を正確に伝えるのは難しい。
一方、一度に大量の情報を送ることが出来るのは水の精霊通信だ。河や海に沿ってしか伝達出来ないという制約があるものの、水量に比例した分量を送る事が出来る。フォートレートからガラムに流れるトレオン河であれば、ガラムの中型軍船一杯に積んだ文書に相当する通信も可能だ。
戦場では、母国へ戦況報告など連絡をすることは茶飯事だ。しかし、通信媒体となる革や草の繊維を編んだ紙であっても貴重品で滅多に使えるものではない。よしんば手紙を出すことが出来たとしても、途中で敵に奪われ遺失してしまう危険もある。一介の兵士が戦場から個人で手紙を出すなどあり得ない。
そこを補っていたのが水の精霊通信だ。昔は、遠征先の兵士達が故郷の家族に宛てた手紙を、水の精霊使いが纏めて一度に送るなどよくあった。
「それなんだがな。お前達からその話を聞いて私も気になってな。少し調べてみた……」
フレイルが横から口を挟む。
「何か分かったのか?」
ツェスが身を乗り出した。
「残念だが分からなかった。唯一分かったのは前例がないということだけだ。やはりラメル大導師に伝えておいた方がいいかもしれん。今日のバステス王との謁見で、返信の親書が戴ける筈だ。それをフォートレートに送るときに、イーリスのいう精霊開封が出来なかった件についての手紙を添えておきたい。イーリス、手伝ってくれ」
「いいわ」
イーリスが明るく応えるのに合わせて、馬竜車が停まった。
「着きましたよ。イーリスさん、お待ちかねの王宮です」
一足先に降りたパーシバルが、イーリスに手を差し伸べる。一瞬びっくりしたような顔を見せたイーリスは、ほんの少しだけ、はにかんだ笑顔を見せて、若い騎士の手を取った。




