表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/45

ep8-038.藩王国(2)

 

「予定通りです。問題ありません」

「結構」


 ラ=ファスの答えに賢者マシューは満足そうに頷いたが、彼の鋭い眼光は衰えることはなかった。


「一つお聞かせ願いたい。ラ=ファス殿。貴殿が操るモンスターは、どのモンスターでも可能ですかな?」

「精晶石があれば……。ただ、多少の()()が要ることはお伝えした通りです」

「前に一度お話しましたが、やはり()()()()()は無理ですかな?」


 百数十日程前、ラ=ファスは藩王メオ・ガラルのレシーバーにモンスターを完璧に操ることで、死をも恐れぬ軍隊が作れると提案した。藩王レシーバーは、その提案を受け入れ、モンスター軍の編成を進めるよう断を下した。


 賢者マシューは藩王の命を受け、ラ=ファスに大陸に生息するモンスターの種類と生態について知る限りの事をラ=ファスに説明した。その中でマシューは「異形の魔物」についても、例外的存在として伝えた。


 賢者マシューの問い掛けにラ=ファスがぴくりと反応した。マシューはラ=ファスの答えを待たずに続ける。


「三、四蓮月程前、ガラムとフォートレートとの国境付近の村で、『異形の魔物』が姿を現したと伝え聞いております」

「異形の魔物?」

 

 賢者マシューを遮って、アングルボーザが口を挟んだ。


「おぉ、アングルボーザ殿は、まだお若い。知らぬのも無理はない。異形の魔物とは、蛇の体に六つの足を持ったモンスター。その大きさはドラゴンにも匹敵します。炎こそ吐きませんが、その皮膚は鋼より硬く、煙のように触れることが出来ません。攻撃が一切通用しない恐ろしき魔物に御座います。その住処も生態も何一つ分かっていません」

「鋼より硬いのに、触ることが出来ない? 言っている事が分からないわ」 


 マシューの言葉が理解できないとばかり、アングルボーザは眉を顰めた。


「不思議なことに、剣や弓が当たる時と、すり抜ける時とがあるのです。当たる時は、硬き皮膚に阻まれ、当たらぬ時は煙のように手応えがないのだとか。私も実物を見たことは御座いませんが……」


 マシューは何かを思い出すかのように目を閉じた。


()が初めて大陸に姿を現したのは、……そう三十数年程前になりますか。英雄王レーベが大陸を治めていた時代のことです。突然現れた()はその恐ろしい口で人や動物、モンスターを手当たり次第飲み込んでいったのです。もちろん、()を討伐せんと何人もの戦士が挑みましたが、その殆どは()に喰い殺され、飲まれました。今の話は僅かに残った生き残りから伝えられているものです」

「その魔物はどうなったの?」

「レーベ王と大魔導士ラメルが討伐に向かい、撃退に成功したと聞いております。ですが、レーベ王無き今、()を止められるのは大魔導士ラメルの魔法と……」

「聖剣ミツタダだ」


 賢者マシューの答えに藩王メオ・ガラルのレシーバーが付け加えた。


「異形に剣は通じない。だが、聖剣ミツタダだけは、()を苦もなく切り刻むことが出来たという……」

「左様。聖剣ミツタダは、元々はレーベ王の剣。レーベ王存命の頃はまだ王剣と呼ばれていましたな。聖剣と呼ばれるようになったのは、異形の魔物を葬ってからです」

「マシュー。今その魔物が現れたら、大魔導士ラメルか聖剣ミツタダ以外に斃す方法はないのかしら?」


 アングルボーザの問いに、賢者マシューはゆっくりと首を振った。


「不思議なことに()は、しばらく経つと消え失せてしまうのです。現れるときも突然ですが、消えるときもしかり。ですから、()が現れたら、近づかぬことです。それが、大魔導士ラメルも聖剣ミツタダもない我らに取れる唯一の策にございます」

 

 マシューはアングルボーザの赤い瞳に視線を合わせると、但しと前置きしてから説明を続けた。


「例外として、ラメル以外に()を斬る事が出来る男がいるのだとか。その者が先の国境付近の村に出た異形の魔物を退治したそうに御座います」

「それは誰?」

「分かりません。ただ、その者は『半腕』と呼ばれていると聞いております。ですが、あくまでも噂に御座います。あまり期待はされませぬよう」


 マシューはアングルボーザにそう答えると、改めてラ=ファスに語りかけた。


「いずれにせよ、異形の魔物はモンスターの中でも別格の存在。戦の最中に現れると厄介なことになる。しかしながらラ=ファス殿の魔法が()をも操れるのであれば話は別です。戦局を変える切り札となりましょう」


 マシューは静かにラ=ファスに目を向けた。その目は異界の使者に答えを促していた。

 マシューの問いに、ラ=ファスの顔がほんの僅かに強張った。


「……その()()とやらが、マシュー様の説明通りであるならば、通常の方法では難しいかもしれません。外からはどうすることも出来なさそうですからね」

「左様か。では出現を予測することも無理ですかな。異形の魔物の前では、我らは逃げる他ありません。万一、()が、今回の戦場(いくさば)となる、星墜ち周辺に現れるようなことがあれば作戦に支障をきたす恐れがある。しかし、出現が事前に分かれば、対策の立てようもあります。消えるまで待ってから動くことは出来ましょうからな」

「出現を予測する為には、予め、その異形の魔物の物質波振動を測定しておく必要があります。その魔物本体に遭えなければ無理ですね」


 淀みなく答えるラ=ファスに、その場にいた誰もが感心した。賢者マシューは、ほうという表情を見せ、藩王メオ・ガラルのレシーバーが微かに目を細めた。


「藩王様、如何なさいますか。戦をお止めになられますか?」

「笑止。いつ出るか分からぬ魔物に怯えていたら、何も出来ぬわ。事は予定通り進める」

「畏まりました。ただ、万一の場合に備え、三蓮月分の食料と補給路の確保を御考慮いただきたく。それだけあれば、異形が現れたとしても、戦線は維持できましょう」

「念の入ったことだ。賢者マシューよ。その辺りの段取りは任せる」


 藩王メオ・ガラルのレシーバーは立ち上がると、広間に居並ぶ部下達に告げた。


「これで評定は終わりだ。進軍は予定通り。二蓮(ふたつき)後だ。者共準備を怠るな」


 部下達は藩王レシーバーに深々と礼をすると広間から退出した。人気が無くなった広間で、再び玉座に座り直した藩王レシーバーに、その場に残った賢者マシューが口を開いた。


「ラ=ファス殿は何かを隠しておりますな。異形の魔物の話となると、顔色が変わります。くれぐれも御油断召されぬよう」

「ふん。お主も気付いていたか。しかし、マシューよ。その割には此度の作戦。あ奴の力に頼り過ぎておるのではないか?」

「関係御座いません。此度の戦は()()()()()()()()()()()()()ゆえ。無駄に味方の兵を損耗することはありますまい。ラ=ファス殿の魔法が申す通りのものか、そうでないか。どちらに転んでも、こちらに不利にはなりませぬ。万一、ラ=ファス殿の魔法が使えぬと分かれば、それを咎とすることもできましょう」

「そこまで計算してのことか」

「勿論に御座います」


 賢者マシューはレシーバーに頭を下げる。


「藩王様には歯痒い策かもしれませぬが、何卒、お許しいただきますよう」

「よかろう」


 藩王メオ・ガラルのレシーバーはマシューと反対側に顔を向け、もう一人残っていた美女に声をかけた。


「アングルボーザ」

「はい」


 アングルボーザが長い躰を折って、レシーバーの耳元に顔を寄せる。


「奴が何を考えているかは、そのうち分かろう。此度の戦、あ奴の世話係として付き従え。奴の言動を監視するのだ。万が一、奴が変な動きを見せたら……分かるな」

「お任せください。レシーバー様」


 アングルボーザは藩王の命に笑みを浮かべた。



◇◇◇



 ――藩王宮殿。

 

 平屋建ての巨大な建物の背後に広がる森林を臨む一角の部屋から小さな灯りが漏れている。


 既に藩王の軍議が終わって大分経ち、天の蓮月は大きく地平に傾いていた。他の部屋の灯りはとうに消え、点いているのはこの部屋だけだ。


 部屋は小さなものであったが、よく手入れされており、塵一つ落ちていない。元々は石造りの部屋であったのだが、石壁は全て木の板で覆われていて、石造りの部屋にはとても見えない。


 床にはフォートレート産の豪奢な絨毯が敷き詰められ、部屋の隅に置かれた香立てから柑橘系の香りが流れている。特別設えの部屋だ。


 部屋の中で人影が動いた。アングルボーザだ。


 湯浴みを終えた彼女は、ゆったりとしたチュニックに着替えていた。無地の寝間着は粗末なものであったが、彼女の深紅の髪が白無垢の生地と見事なコントラストを成し、その美貌を一層際だたせていた。


 アングルボーザは、御付きの女官から髪に残る水滴を拭きとる布地を受け取り、一言声を掛けた。女官が深々と礼をして退室したことを確認すると、開け放した窓にゆっくりと歩みを進めた。大陸北部辺境とはいえ、まだまだ冷え込む季節ではない。アングルボーザは、窓から吹き込んでくる心地よい涼しい風にしばし身を委ねると、手の甲を上にして、ゆっくりと右腕を伸ばした。


 透き通る程に白く、それでいて引き締まった彼女の腕を蓮月の七色が艶やかに照らす。


「闇の精霊アポロケイオン、我が名はフィールの杜のアングルボーザ。深き深淵の鍵を私に……」


 アングルボーザはそう唱えると目を閉じた。彼女の長い深紅の髪がゆらりと揺れ、伸ばした指先から黒い糸のようなものが流れ出した。


 やがてその黒い糸は渦を描きながら形を変え、漆黒の揚羽蝶の姿となった。黒揚羽は、はたとひと羽ばたきすると、アングルボーザが伸ばした手の甲に止まる。羽の裏を彩る紫の筋が月光を怪しく反射した。


 アングルボーザは巨人族の血を引いてはいるが、純粋な巨人族ではなかった。彼女は巨人族とエルフ族とのハーフだ。彼女の体躯が巨人族にしては酷く小柄であるのも其の為だ。その代り、彼女は、生まれながらにして精霊使いの才能を持ち合わせていた。十歳の頃に闇の精霊アポロケイオンと契約を交わした闇の精霊使いだ。


彼女の精霊契約はエルフ族だけに伝わる特別な方法で行われ、リーファ神殿は一切関与していない。それゆえ、その存在は殆ど知られていない。


 アングルボーザが精霊使いであることは、巨人族族長である彼女の父ですら知らない。勿論、藩王メオ・ガラルのレシーバーにも秘密にしている。それを知るのは、エルフの母と双子の弟だけだ。


 アングルボーザは揚羽蝶に向かって何かを囁くと、黒き羽の()()を天に放つ。

 

 黒揚羽は、アングルボーザの頭上をくるくると二度、三度回ってから南の空に消えていった。


「ガラム王バステス。見させて貰うわ。貴方が大陸の王たる器なのかどうかを……」


 黒揚羽の消えた南の空を見つめながら、アングルボーザはくすりと笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ