表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/45

ep8-037.藩王国(1)

 

 ――藩王国。


 大陸北部に位置するラザール盆地の南、ラザルガネクに首府を置く連合王国。


 もう真夜中を過ぎているのに、王の宮殿には煌々と灯りが焚かれている。王の広間には幾人かが集まっている。


 一人の大きな男が、赤い長方形をした礎石の上に設えられた玉座に座っていた。藩王メオ・ガラルのレシーバーだ。


 広間には藩王の側近達が居並び、玉座の脇にはアングルボーザの姿も見える。


 メオ・ガラルのレシーバーは頬杖をついて、目を閉じたまま、ガラム王国から戻った三人の男達から報告を受けていた。


 男達は少し煤けた茶色のマントを纏い、片膝をついて藩王にひれ伏していた。男達はガラム王国でツェス達を襲った三人だ。彼らは斥候としてガラム王国に送り込まれていたのだ。


「……ガラムも戦の準備を進めているというのだな」


 一通りの報告を聞いたメオ・ガラルのレシーバーはおもむろに目を開けた。頬杖を外し、アングルボーザと反対の脇に立つ側近の一人に視線をやる。


「バステスの小僧も、我らの動きを察したか。存外目端が利くようだな」

「藩王様。若き王だとて侮ってはなりません。ガラム国王バステスは少年の頃から大帝レーベに付き従ってきた戦上手に御座います」


 メオ・ガラルのレシーバーの視線に答えたのは、七十過ぎの老人賢者マシュー。若き頃、知識を求めて大陸中を旅していた彼は、ある時、森でモンスターに襲われて命を落とし掛けた。その彼を救ったのが、先代藩王メオ・ガラルのドートスだ。賢者マシューはそれ以来藩王国に仕えている。


「お主とて、謀を巡らす頭では退けをとるまい」

「我が策はすでに申し伝えた通りに御座います」

「ふん。それで()()の在処は分かったのか?」 


 藩王は斥候の三人に問いかけた。メオ・ガラルのレシーバーがアレと呼んだのは、ガラム王国の国宝、聖剣ミツタダ。今から遡る事数十年前、この大陸を統一したレーベ王が持っていた三大神宝の一つだ。


 レーベ王没後、その三大神宝は彼の三人の息子に分け与えられた。聖剣ミツタダを受け継いだのが、レーベ王の三男、ガラム王国のバステス王だ。


 聖剣ミツタダは、一度その力をふるえば、山を穿ち、海を割り、いかなる怪物をも葬り去る力があると言われている。レーベ王はその力を振るうことは滅多になかったが、聖剣ミツタダの勇名は大陸全土に鳴り響き、畏怖されていた。


 ガラム王国のバステス王も、父王に倣って、聖剣ミツタダを使うことはなかった。しかし、大きな戦の折りには必ず聖剣ミツタダを腰に携えて臨んだ。今や聖剣ミツタダは、レーベ王の逸話の数々と相俟って、ただ持っているというだけで、敵に対する脅威であり、ガラム王国の勝利の象徴となっていた。


「いえ、王宮の守りは固く、侵入できませんでした。残念ながら奪うことも居所を探る事も叶わず……」

「左様か。あわよくばと狙っておりましたが……」


 賢者マシューが小さく首を振る。


「仕方あるまい。奴らとて馬鹿ではない。簡単に奪われるようでは、先も知れていよう」


 メオ・ガラルのレシーバーはにやりとした。聖剣ミツタダの在処が分からなかったことも、彼の機嫌を害してはいないようだ。


「左様。しかし聖剣ミツタダを失うことになれば、ガラム兵士達の士気もぐっと落ちたでしょうに。残念に御座います」

「欲張りだな。賢者マシュー。奴らの動きが分かれば十分だったのだろう?」

「念には念を入れてのことに御座います。戦の趨勢は準備で決まりますゆえ」


 賢者マシューは自慢の顎髭に手をやった。


「藩王様。聖剣ミツタダの件は不首尾に終わりましたが。一つだけ奇妙なことが」


 斥候の一人が口を開き、懐から小さな白い円盤を取り出した。大きさは手のひらに収まる程度。表も裏もツルツルで、装飾も何もない。


「お預かりした円盤が、街中の裏通りで、反応したのです」


 メオ・ガラルのレシーバーの眉がぴくりと動いた。だが何もいわず、僅かに顎を上げ、続きを促す。


「詳しく調べようとしましたが、邪魔が入ってしまい……」

「何も分からなかったのか?」


 斥候の報告に賢者マシューが問い質す。


「いえ。反応は、その場に居た少年の剣からでした。奪い取ろうとしましたが、居合わせた冒険者達に阻まれてしまいました。戦闘中、ラ=ファス殿からお預かりした()()()()()()()も使ってしまいました。申し訳御座いません」

「宝玉などいくらでも出来よう。それはよい。して、その剣はどんな形であったか?」

「柄に飾りの入った短剣でした」

「聖剣ミツタダは赤鞘の長剣だとか。ただの間違いではないの?」


 玉座の脇に控えるアングルボーザが割って入った。


「ふん」


 藩王メオ・ガラルのレシーバーは若い頃、父藩王メオ・ガラルのドートスに従軍し、レーベ王の軍と対峙したことがある。メオ・ガラルのレシーバーはそのときに聖剣ミツタダを見た。赤鞘に収まった長剣はレーベ王の純白の鎧と見事なコントラストを描いていた。その姿は今でも瞼に焼き付いている。


 藩王メオ・ガラルのレシーバーは背筋を延ばし、広間の奥に控える一人の男に目をやった。


「ラ=ファス殿」

「はい」

 

 藩王の呼びかけに一人の長身の男が前に進み出た。正面を縦に裂いたチュニックを着て、首に細長い布を巻き付け、前に垂らしている。この世界の住人とは明らかに異質な格好をしている。本人は異世界からの使者だと名乗っていた。


「ラ=ファス殿。そなたの魔法具(マジックアイテム)が教えた剣は我らが見知っている聖剣ミツタダではない。魔法具に間違いはないか?」


 藩王メオ・ガラルのレシーバーは顎を僅かに動かした。先程の斥候の男が、ラ=ファスから借りていた銀の円盤を返した。


 ラ=ファスは円盤の縁を擦ってから指先で二度ほど軽く叩いてから、藩王に顔を向けた。


()()に異常はないようです。もう一度例のアレをお貸し下さい」

「アングルボーザ」


 藩王メオ・ガラルのレシーバーは、例の物を持ってくるようアングルボーザに命じる。アングルボーザは藩王に一礼すると、一旦奥の控えの間に消えた。


 しばらくしてから、アングルボーザが広間に顔を見せた。彫り物がされた小さな木箱を両手で持っている。


 アングルボーザは、藩王メオ・ガラルのレシーバーにアイコンタクトで確認を取ると、そのままラ=ファスの元に歩み寄る。


「ラ=ファス様。こちらです」


 アングルボーザが木箱を開ける。中に平べったい物体が収まっていた。親指程の大きさで、黒っぽい銀色の金属片だ。先代藩王メオ・ガラルのドートスが、レーベ王との戦で得た戦利品だ。


 藩王メオ・ガラルのドートスはレーベ王の軍と戦った時、自ら少数の騎馬隊を率い、レーベ王本陣を急襲したことがある。彼の突撃は凄まじく、直接レーベ王を斬りつけるまで追いつめた。レーベ王は咄嗟に、聖剣ミツタダで受けたのだが、そのとき鍔の一部が斬り飛ばされた。その鍔の欠片がこの金属片だ。


 それ以来、この金属片は、四代目藩王メオ・ガラルのドートスの武威を示す戦利品として大切に扱われていた。現藩王メオ・ガラルのレシーバーも、この聖剣ミツタダの鍔の欠片は認め、父藩王の形見としていた。

 

 ラ=ファスは円盤型の装置を鍔の欠片に翳した。円盤から光が浮かびあがり、魔法陣のような形が二重に浮かび上がる。ラ=ファスは、慎重に光の模様を確認していたが、うん、とばかり小さく頷いた。


「藩王様。やはり故障はしていません。その反応したという短剣は、この金属片と同じ物質波振動数を持って……、いえ、()()()です」


 ラ=ファスは、未開世界の住人には理解できないと思ったのか、()()()と言い換えた。


 ラ=ファスの返答に、賢者マシューが藩王に助言する。


「聖剣ミツタダは王宮の奥深くに隠され、その在処はガラム王バステスしか知らないとされております。ガラム王国の国宝たる聖剣がガルーの裏通りに、しかも名も知らぬ少年が持っているとは考えられませぬ。それに短剣とあれば猶の事。何かの間違いで御座いましょう」

「賢者マシューよ。お主もそう思うか」


 藩王はそう答えてから、ラ=ファスに鋭い視線を送った。


「聖剣の一部といえど、所詮は鍔に過ぎぬ。取るに足らぬ短剣とて鍔くらいはある。聖剣ミツタダと同じ鍔を使っていただけやも知れぬ」


 メオ・ガラルのレシーバーは断を下した。


「これ以上は詮索しても益はない。この件は保留とする」


 藩王の言葉にラ=ファスが一瞬、何か言いたげな表情を浮かべたが、彼の口が開かれることはなかった。


「では本題に移りましょう。ラ=ファス殿、例のモンスター軍団の件は如何か?」

 

 賢者マシューが議題を変え、ラ=ファスに問うた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ