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ep7-032.ガラム王国(4)

 

 ツェス達は、ジョアンの案内でガルーの街を散策することにした。


「ツェスさん。ガルーにはいつ来られたのですかな?」

「さっき着いたばかりさ。仲間が宿を探している間、散歩していたんだ」

「他にもお連れ様がいらっしゃるのですか。結構結構」


 何が結構なのかツェスにはよく分からなかったが、ジョアンは上機嫌だ。いや、この人懐っこい商人はいつもこうなのかもしれないが。


「ジョアン、さっき船から冒険者らしき集団が沢山降りて来たのを見かけたんだが、何か知らないか。大通りでも見かけた。前にガルーに来たときはこんなにはいなかった」

「兵士募集の触れのせいですな」

「募集?」

「おや、御存知なかったですか。一蓮(ひとつき)程前からガラム王国全土に出ているのですよ。その為にガルーに来られたのでは?」


 ジョアンは少しだけ当てが外れたような顔をした。


 王国といえども、常に多くの兵士を抱えている訳ではない。


 王国はその広大な領土を統治するために地方の有力豪族と約定を交わし、彼らに徴税の権限と貴族の称号を与える代わりに、毎年一定の人員を王国に供出させている。それらの多くは地方豪族やその縁者の子弟であり、彼らの殆どは形式上騎士の称号を貰って国許に帰ってくるのが通例だ。だが、希に王都に留まって任官を志す者もいる。王国はそうした彼らを文官や武官として召し抱えるのだ。


 彼らの中で優れた者は、騎士の誓いを立て、王国付の騎士として取り立てられた。無論、()()の騎士になれる程の者となるとそう多くはない。ゆえに(いくさ)の前には、兵を補うために平民から兵士を募集することは当たり前に行われている。戦に勝てば報奨金が貰える。冒険者が集まってくるのは当然のことだ。


「戦が近いのか?」


 ツェスは中つ国フォートレートのリーファ奥殿で、ライバーン王から大陸北部辺境を支配する藩王国が妙な動きをしていると聞いたことを思い出していた。だが、戦になるほど事態が切迫しているとは思いも寄らなかった。


「詳しいことは分かりませんな。ただ、私が漏れ聞いたところによると、どうも北部辺境に向かうようですな」

「そうか」


 やはり北部辺境か。藩王国はガラム王国北部と国境を接している。目的地である星墜ちもその国境付近なのだ。ツェスは、ジョアンの言う北部国境とは星墜ちの辺りなのだろうかと思ったが、そう問いかけることはなかった。その代わり、このときとばかりに赤らなんだ顔の商人と交渉を始める。


「実は北部国境にいく用事があるんだが、そういうことなら装備を整えておきたい。何か良いのはないか?」

「剣か盾のことですか。それとも精晶石ですかな。なんでも取り揃えておりますぞ」

「見せてくれるか?」

「勿論ですとも。この先で我が商隊が店を出しております。御案内いたしましょう」

「頼む」


 ツェス達は、星墜ちの調査の為に来たのだ。当然、その為の準備をするにはしていたのだが、それは主に現場周辺に出没するモンスターに対するものであった。


 強力なモンスターになればなるほど、その体は大きく頑健になり、人のそれを大きく上回るものが殆どだ。それに対抗するには、高い攻撃力と防御力を備えた武具が必要となる。剣は大きく重くなり、盾は分厚く強靱なものを使うのが一般的だ。


 しかし対人戦闘となると事情は一変する。重い剣は長時間振り回すことが出来ないし、分厚く重い盾は取り回しが難しい。乱戦になれば特にそうだ。畢竟、扱い易い武具が好まれる。


 モンスターと違って、戦術を駆使する人相手の戦となれば、攻撃力と防御力だけ考えておけばいいものではない。ある程度以上の使いやすさと機動力を備えていなければ、意図した戦術行動が取れなくなることもあるのだ。


 ツェス達の装備は、対モンスターを想定した装備が主なものであった。ガラムに来るときに使った馬竜車といえど、水や食料に優先して剣や盾を積み込む訳にはいかない。旅の装備は必要最小限に絞り込まれていた。途中で不意にモンスターに出喰わすことも考えると、当然、武具は対モンスター用の装備がメインになる。


 それ以外の装備が必要となれば、ガルーのような大きな街で都度調達するのだ。それは別段特別な事でも何でもない。


 ツェスはイーリスとパーシバル、リーメに目配せする。彼らにも特に異存はなかった。


「ではでは、こちらへ、こちらへ」


 先に歩き出していたジョアンが、ツェス達の数歩先で手招きしていた。



◇◇◇



 ジョアンは大通りの一つ手前の角を折れ、脇道に入っていく。


 てっきり大通りに出ると思っていたツェスは思わず声を掛けた。


「ジョアン、店にいくんじゃないのか?」

「そうです。私共はこちらの通りで店を出しています」

「大通り沿いとばかり思っていたんだが」

「大通りは人目にはつきますが、冷やかしの客も(おお)ございましてな。店先の商品を盗む者もおりますが、人混みに紛れて逃してしまうこともあるのです。ですが、一本脇に入るだけでそれも落ち着きますからな。贔屓の客を一人でも増やす方がよいのです」

「なるほど」

「この機会に貴方達にも、私共をご贔屓にしていただけますと有難いですな」


 ジョアンは笑った。正直な男だ。客になるかもしれないツェスに、大通りには冷やかしの客が多いとバラしてしまう。一般論に過ぎないのだろうが、何だか自分だけに特別な秘密を明かしてくれたような気分になる。


 もしもこれが贔屓の客を得るための話術なのだとしたら、したたかで計算高い男だ。だが、この赤ら顔の商人は何の屈託もなく親しげに話しかけてくる。おそらく彼は、計算ではなく自然に振る舞っているだけなのだろう。それで相手を気分良くさせてしまう。まったく、商人になる為に生まれて来たような男だ、とツェスは思った。


「この先の角です」

「ジョアン様、お待ちください」


 ジョアンの脇に控えていた、ウェズンが商人の一歩前に出る。ツェス達もほぼ同時に足を止めた。なにやら言い争う声が聞こえる。


「喧嘩してるの?」

「まだ分からん」

「人数はそれほどでもないようですね」


 イーリスの言葉にツェスとパーシバルが答える。


「喧嘩のようですな。大人が子供を苛めている。みっともない」


 様子を見に行ったウェズンが戻ってジョアンに報告する。


「店先で喧嘩はいけませんな。ウェズン、止めてやってください」 

「仕方ありません。相手は五人程です。ツェス殿、パーシバル殿、加勢いただけますか?」


 ウェズンの依頼に、ツェスとパーシバルが互いに顔を見合わせる。パーシバルはツェスに従いますと肩を竦めてみせる。


 当然自分もとばかり前に出たイーリスをウェズンが制止する。


「ここは男共の無骨な(こぶし)に任せて下さい。貴方の魔法を出すまでもない」

「ということだそうだ。止めるくらいなら三人いればなんとかなる。イーリスはリーメとジョアンを頼む」


 イーリスは一瞬剥れた表情をしたが、ツェスの指示に従う。


 ウェズンを先頭にツェスとパーシバルの三人は角を曲がる。なるほど、冒険者風の五人の男達が一人の少年を取り囲んでいる。

 

「貴様等、止めないか!」


 ウェズンの大声が通りを圧した。 


◇◇◇


「あぁ」


 五人のうちの一人、黒の皮鎧に両刃の大剣を背負ったリーダーらしき男が顔を上げる。いかにも荒くれ者だという風体だ。どこかの冒険者崩れだろう。(いき)り立ってはいるが、酒でも飲んでいるのか、動きは緩慢で隙だらけだ。


「どんな事情があるか知らないが、子供一人に大の大人が突っかかることもあるまい」

「手前ぇは関係ねぇだろ」

「生憎、その先で我が隊商が店を出しているんだ。店先で暴れられても困る」

「隊商だぁ?」


 すでに騎士を引退し、ジョアンの護衛隊長をつとめるウェズンは王国騎士の鎧こそ身につけていないが、ピンと背筋を伸ばした立ち姿は堂々たるものだ。


 男はウェズンを値踏みするかのように、頭から爪先までじろりと睨んだ。


「そんなこたぁ、知ったこっちゃねぇ。人にぶつかっておいて詫びの一つも入れねぇ餓鬼に躾を教えているところだ。放っておいて貰おうか」


 男は顎で輪の中を指した。十四、五歳くらいの茶髪の少年が両手に剣を抱えて震えている。


 男は少年にズイと近寄ると、彼が抱えていた剣を無理矢理剥ぎ取った。


「邪魔が入ったから、これで許してやる。次からは気をつけるんだな」

「それは、父さんの形見の……」

「うるせぇ!」


 少年を殴り飛ばそうとする男の手をウェズンが掴んだ。


「止さないか」

「あん。邪魔しようってのか?」

「事を荒立てる積もりはない。お互い怪我したくはないだろう」

「はぁ? 俺達とやろうってのか。面白しれぇじゃねぇか」


 五対三なら分があると思ったのか、男は、ウェズンが掴んだ腕を振り解くと、背中の大剣に手を掛ける。仲間の四人も剣に手を伸ばした。


 ウェズンが一歩引いて距離を取った。ツェスとパーシバルも剣に手こそ掛けなかったが、何時でも動ける体勢を取った。

 

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