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ep6-025.カズン・モンスター(2)

 

「どうした?」

「モンスターです」


 見張りの報告に上半身を起こしたフレイルは、少し違和感を覚えた。この辺りは殆どモンスターが出ない筈だ。出ても小物で、王国騎士が一人いれば十分だ。その程度のことは独自の判断で対応してよいと言ってある。わざわざ報告するということは、その範疇を越えているということだ。


「何処だ?」


 フレイルは枕元の剣を片手に天幕を出る。


「あそこです」


 見張りが遠くを指さす。昨日、自分達が抜けて来た原生林だ。月明かりの為、はっきりとは分からないが、何かの影が見えた。しかも一つではない。ざっと数えても二十はある。シルエットには明らかに人間のそれではないのが混ざっていた。


「カズン・モンスターか?」

「大きさからみて、おそらく」


 ごくまれにカズン・モンスターが、原生林を離れ、周辺の草原にまで出てくることも無いわけではない。だが、それとて単体がふらりと出てくるくらいで、餌がないと分かるとすぐに帰って行く。一度に二十体も出てくるなど聞いたことがない。


 フレイルの心に言いしれぬ不安が()ぎる。実戦では()が命を救うことが多々あることを彼は経験から知っていた。


「皆を起こせ」

「はっ」


 見張りの一人がリーメとイーリスが休んでいる天幕に向かう。


 程なくして皆が起き、フレイルの周りに集まる。フレイルは現状を手短に説明した。彼の部下の何人かは、緊張の表情を見せている。


「リーメ様。カズン・モンスターといえど、王国騎士の相手ではございません。ですが、万一ということがあります。念のため、リーメ様には馬竜車に避難いただきますよう」

「はい」

「ツェス、イーリス、リーメ様の護衛を頼めるか?」

「別に構わないが、俺達も加勢した方が良くないか?」

「それは最後の手段だ。そこの判断は任せる。だがリーメ様の護衛が第一優先だ。それだけは忘れるな」

「分かった。だけど本当に危ないときは出るぜ」

「心配いらん。私の部下は精鋭揃いだ。それに日も沈んでいる。もしものときはこれもある」


 フレイルは腰にぶら下げた袋に手をやってニヤリと笑って見せる。ツェスは肩を竦めて、そんなことにならなきゃいいな、と答えた。


「オーライガ、お前は馬竜車を指揮しろ。万一の場合は、リーメ様をお守りして単独で離脱だ」

「はっ、フレイル様」


 フレイルが部下の一人を御者に指名する。イーリスはリーメと連れ立って、先頭を走っていた馬竜車に乗り込んだ。これまでリーメが乗ってきた御車にしなかったのは、御車よりも先頭車の荷車が軽く、足が速いからだ。


オーライガが御者席に座り、馬竜の手綱を握る。ツェスは荷台にいつでも乗れる位置で待機した。


「全員前に出ろ、距離を取る。」


 フレイルは部下と共に数百歩程前進した。天幕や馬竜車を遮蔽物代わりにして防御に徹する手もないこともないが、モンスターに破壊されて使えなくなるリスクがある。ガラム王国の王都まではまだ四十日近い行程が残っているのだ。ここで馬竜車を失う訳にはいかない。


 近づいてくるモンスターが、月明かりの中、だんだんとその姿を露わにしていく。


「オーガが二。ワーウルフ四、スジチ三、その他といったところです」


 目のよい部下の一人が、シルエットからモンスターを判別して、数を報告する。どれも原生林に生息するモンスターばかりだ。


「フレイル隊長。やはりカズン・モンスターです。(ランス)を持ってこれなかったのは残念です」


 部下の一人が険しいながらも、余裕を含んだ顔をフレイルに向ける。フレイルとその部下は、数こそ少ないが、フォートレート王国きっての精鋭部隊だ。大陸統一の戦争が集結して三十年を数える。彼らは、大きな戦争を経験したことはないが、国境付近の小規模な紛争は幾度も鎮圧しているし、モンスター討伐も行っている。日毎の訓練も欠かしていない。


「そうだな。ベンガールの争い以来、お前の槍が見られる折角の機会だったのにな。()()には剣技を披露して差し上げろ」


 フレイルが言った()()が、モンスターのことなのか、リーメの事なのかは判然としなかったが、フレイルの言葉に部下達が応と答えた。モンスターを恐れるような者は一人もいない。


 フレイルは、頼もしい部下達の様子に深く頷いた。


「フレイル様、妙ですね」


 部下の一人が眉根を寄せた。



◇◇◇



「……変だな」


 馬竜車の脇でツェスが呟いた。その声が聞こえたのか、イーリスが荷台からひょこっと顔を出した。


「どうしたの?」

「シルエットでしか分からないが、モンスターは一種類じゃないな。だけど別種のモンスターが仲良く列になってやってくるなんてことがあると思うか?」


 イーリスがツェスの指さした方向に視線を送る。モンスターと思しき影は横一文字に揃っている。少しも崩れる様子がない。


「二つ足と四つ足では歩くスピードが違う。歩幅からして違うからな。それがあんなに揃うなんて考えられない」

「じゃあ、モンスターが互いに歩くスピードを調節しているってわけ?」

「そんな芸当が出来たら、もうモンスターとは呼べないな」


 この世界には、馬竜のように人語を解する頭の良い動物も居ないわけではない。だが、そうした類の動物は、大概大人しく、群で生活しているか、人に飼われている。他種のモンスターと一緒に行動することはないし、そもそもそんな動物はカズン・モンスターの生息地に棲んでいない。たちまちのうちに喰われてしまうからだ。


ツェスは剣の柄に手を掛けた。思わず左の籠手の様子を確認する。籠手は微動だにしていない。あの中に『異形の魔物』はいない。もし、いるのならシルエットで直ぐに分かる。


 上級に区分され、危険なカズン・モンスターといえど『異形の魔物』と比べれば、大した相手ではない。初級や中級の冒険者なら兎も角、王国騎士が対応するのだ。物理的攻撃が当たる相手に遅れを取る事は考えられない。普通なら彼らだけで始末出来る筈だ。しかし、整然と列を作って向かってくるモンスターに違和感を覚えたツェスは静かに剣を抜いた。



◇◇◇



「確かにな。何かおかしい」


 フレイルは部下の意見に同意した。部下の一人が、ツェスが覚えた違和感と同じ事を口にしたのだ。


 リーメの護衛につけた騎士(オーライガ)とツェス達を除けばこちらは十人。対するモンスターは二十体。数だけで見れば圧倒的にこちらが不利だ。兵数差が二倍あると、戦力差は四倍相当にもなってしまう。こちらは一度に一人しか攻撃できないが、相手は二人掛かりで一人を、都合二回攻撃できるからだ。フレイルは経験からそれを知っていた。


 だが、それはあくまでも個々の戦闘力が等しく、かつ、一度に一体づつしか攻撃しない場合だ。相手の攻撃は届かないが、こちらの攻撃が届く距離で戦闘するか、一度に複数を同時攻撃できる精霊魔法を使うという条件下であれば、それは当てはまらない。


 フレイルは闇の精霊使いだ。だが、二十体を相手に出来る数の精晶石は持っていないし、彼の部下に精霊使いは居ない。畢竟、剣による戦闘が中心にならざるを得ない。それゆえ多少のリスクを負う事になる。フレイルはまなじりを決して叫んだ。


「全員、突撃準備! 弓を持つ者は前に出よ。合図をしたら火矢を放て!」

「はっ」


 矢筒を背中に襷掛けに背負った部下三人が前に進み、矢に火を付けるサポート役がそれぞれ一人脇についた。彼らの弓は馬上で使うことを想定した短弓でそれほど射程がある訳ではない。威力も小動物や革の鎧を貫く事が出来る程度だ。カズン・モンスターのような大型モンスターを相手に殺傷能力を期待するものではない。


 フレイルが火矢を準備するよう命じたのは、明かりを取ることはもちろんのこと、牽制の矢を放つことでモンスターの列を乱そうという狙いがあったからだ。モンスター達は本能的に火を嫌う。そこは他の動物と変わりはない。モンスター達を個々に分断するのだ。


 ただ、それでもワーウルフ辺りは群で襲ってくる可能性がある。そのときは距離をとって矢を放ち、牽制して近づけさせないようにすればいい。その間に、他のモンスターを一つづつ潰していく作戦だ。


 フレイルは戦術を部下に伝えた。突撃隊形を維持したまま、絶えず移動を繰り返して各個撃破する。中々に高度な戦術であるが、練度の高い部下達を信頼すればこそ可能な策だ。フレイルの隊にはそれを(こな)せるだけの実力がある。

 

「今だ、放て!」

 

 カズン・モンスター達が百五十歩の距離まで近づいたのを合図にフレイルは戦闘の開始を命じた。

 

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