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ep5-022.リーファ奥殿(3)

 

 突然の事にツェスは驚きを隠せなかった。リーメが十歳くらいの少女の姿をしていたからだ。短くショートカットした亜麻色の髪にくりくりとした目。鼻も高くなく、口も小さい。あどけないというよりは、幼いという言葉がぴったりくる。


 リーメはゆったりとしたフードのない臙脂色のローブに身を包み、腰には黒い革紐をベルトにしていた。その姿はツェス達の後ろの席に控えている精霊達となんら変わらない。あえていうならば、後ろの精霊達の瞳が栗色であるのに対して、リーメのそれが金色であることくらいだ。


 精霊の全てを統べる女王がこんな子供だなんて。ツェスは次の言葉を出す事が出来なかった。


「あ~、私がこんな子供の姿だから女王なのか疑ってるんですね。これでもれっきとした女王なんですよぉ」


 リーメが伸ばした背筋を少し前に倒した姿勢で抗議する。本人は真剣な表情だったが、抗議する恰好はやはり子供のそれだった。それを見たイーリスは思わず吹き出してしまった。


「驚かれるのも無理ありませんね。リーメ様はいつもこの世界に居る訳ではないのです。姿を表すのは特別な時だけ。名前もその度に違います。精霊界の一大事を迎え、今回はリーメという名で、こうして現界されたのです」


 レイムが横から補足する。リーメを見つめる眼差しにはどこか懐かしそうな色が浮かんでいた。レイムはいつ、どこで精霊女王リーメと知り合ったのだろう。そんな疑問がふとツェスの心に浮かんだ。


「精霊女王を星墜ちの地まで送り届けていただけますか?」


 レイムが静かに問いかけた。ツェスはイーリスとラメル、そしてライバーン王をみてから、レイムのグリーンの瞳を見つめた。もちろんツェスの心は決まっていた。


「はい。謹んでお受けいたします」

「よかった。お願いしますね」


 満足そうに微笑んだレイムがライバーン王に目配せする。ライバーンは分かっているとばかりレイムに頷いた。


「ツェスよ。星墜ちの現場は地図上ガラム王国の領土であるが、実際は藩王国との係争地になっている。そんなところに勝手に立ち入る訳にはいかぬ。ガラム王国の後ろ盾が必要だ」

「はい」

「だが、一介の冒険者では国王に目通りは出来ぬであろう。そこで精霊女王リーメ殿によるガラム王国への表敬訪問という形をとっておく。使節の団長はこのラクシスだ。そち達はラクシスの従者として付き従え」

「畏まりました」


 特使の従者。王国間で重要人物の表敬訪問は珍しくない。そもそも三王国は国こそ違えど兄弟国だ。


 大陸の大部分を統治する三王国は、先帝レーベの三人の息子がそれぞれ統治している。中つ国フォートレートは長男ライバーン。西の王国ワーレンは次男ラドック。そして東のガラム王国は三男のバステスが治めている。


 国を統べる法も先帝レーベの時代のものを踏襲していることもあり、三王国の違いは殆どない。それもあって三王国は人の往来も多く、盛んに交易が行われている。


 畢竟、王国間の使節派遣もごく当たり前の光景となっている。今回の精霊女王リーメの護衛とて、表敬訪問の形であれば、別段疑われることはないだろう。


「精霊女王の表敬訪問であればガラム国王との謁見も許されよう。その後の星墜ちの調査については、バステスと打ち合わせるがよい。訪問の件はすでにこちらから連絡済みだ。バステスもそち達と会うのを楽しみにしておろうの」

「勿体ないお言葉に御座います」


 ライバーン王は目を細めた。ツェスとイーリスはバステス王とは面識がある。バステス王を含め、三王国の王は数年に一度、中つ国フォートレートに集まり公式会談を行う。バステス王はその度にお忍びでラメルのもとを訪れていた。三王国の王は、父レーベ王の片腕にして伝説の大魔導士ラメルを師と仰いでいるのだが、とりわけバステス王は、若い頃に幾度もラメルに命を救って貰ったことがあるという。


 バステス王はガラムの国王となってからは、国の問題についてラメルから助言を求めた。ラメルの家で、若いツェスとイーリスを羨ましそうに見つめながら、俺もラメル大導師の弟子になりたかったとバステス王が漏らす光景をツェスは今でも覚えている。

 

「星墜ち調査には、こちらから騎士団を派遣してガラム王国と共同で行えば話は早い。だが、先も申したとおり、王国騎士団を動かすことは、余計な詮索を呼ぶのでな。今はできぬ」

「はい」

「ラクシスしか付けてやれぬのは心苦しいが、こやつは精霊使いであるし、剣の腕も立つ。役に立つだろう」

「過分の配慮、恐れ入ります」


 そこまで言ってライバーン王はイーリスに顔を向ける。


「イーリス。風の精霊使いとなったそちに余から褒美を出したい。何なりと申すがよい」

「いいえ、陛下のお言葉だけで十分に御座います。御容赦を……」


 イーリスは胸に手を当て頭を下げた。精霊契約を結び精霊使いに成ることができた者は、師や家族から祝福を受け、贈り物を受け取る習わしがある。しかし王直々に褒美を貰う事は滅多にあるものではない。師のラメルがライバーン王の顧問を務めていることもあるのだろう。イーリスは恐縮した。


「謙虚であるの。だが、大事な任務を託す以上、何もないわけにはいかぬだろう。では、褒美ではなく余からの餞別ではどうか。ラメル導師。良き知恵を授けてくれぬか」


 ライバーン王の言葉をうけ、ラメルが答える。


「陛下。イーリスは風の精霊使い。拝命した任務で精霊の助けを借りることもありましょう。風の精晶石を下賜されるのが如何かと」

「それは良い案だ。だが、レイム殿。精晶石の用意は可能であるか? 精晶石は不足していると聞いているが……」


 レイムはライバーン王の視線を静かに見つめ返した。


「はい。仰るとおり精晶石は不足しています。このリーファ奥殿でも精晶石の持ち合わせはありません。リーファ大神殿では精霊の召還封入の儀を行っておりますが、日に日に精霊召還が難しくなっていますし、数も十分ではありません……」


 そこで、とレイムは隣の精霊女王リーメに向き直る。


「リーメ様、貴方のお力をお借りしたいのですが……」

「分かってます。精霊を呼び出しにくくなっているのは、星墜ち以来、精霊達が減っている事が原因です。レイム様の所為ではありません。私を守る精霊達の一部を召還封入に使ってください。十や二十であれば問題ありません」

「ありがとうございます」


 レイムはリーメの承諾を得ると一同を見渡した。

 

「ライバーン王、イーリスさん。明朝までに(とお)の精晶石を用意します。自分の精宿石に封じたいのであれば奉納ください」

「はい。レイム様。十数個程の琥珀があります。こちらに……」


 イーリスは、異形の魔物との戦闘で使い、精宿石となった琥珀を取り出した。精霊契約の旅の帰路で七つ。そして昨晩出喰わしたので五つ。全部を精晶石に戻せるとは思っていなかったからなのか、その顔は少し興奮しているかのように見えた。


「では、明日までお預かりしますね」


 イーリスから琥珀を受け取ったレイムは、そのまま祭壇に奉じる。


「陛下。格別のお心配り、有り難く頂戴いたします」


 ツェスとイーリスはライバーン王、そしてレイム、リーメに頭を下げた。


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