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ep4-019.ラメル(5)

 

 ――ギャアアアアア。


 異形の魔物は、ツェスとイーリスによって斬られる度に、恐ろしい鎌首を持ち上げて、天に向かって咆哮する。少女の呟きは異形の鳴き声にかき消され、ツェス達の耳に届くことはなかった。


 異形の魔物の内、攻撃を受けていない残りの一体が、低い姿勢を取って、背中の棘を逆立てる。槍にも匹敵する、あの恐ろしい棘を発射する予備動作だった。


 ――まずい!


 ツェスがイーリスとラメルを見やる。二人とも異形の魔物への対応で手一杯だ。防御しようにも間に合わない。


 ツェスが二人の下に駆け寄ろうとしたその時。 


 ――ドシュ、ドシュ、ドシュ。


 三体の異形の魔物の背中に何かが打ち込まれた。異形の魔物の動きがピタリと止まる。


 ツェスが顔を上げると、宙に浮いた謎の少女が取っ手の付いた小さな筒の様なものを構えていた。先程の音はあの少女が? ツェスには、何が起こったのかまるで分からなかった。


 異形の魔物はまるで彫像のように固まったまま動かない。


 ――魔法か何かなのか?


 訝るツェスに少女が視線を落とした。


「重力弾だ。しばらくは動けぬ」


 少女は、右の腰にぶら下げた先に穴の開いた革袋のようなものに、手にした筒を差し込むと、何事も無かったかのようにスーッと地に降り立った。精霊が召喚された様子は全くなかった。


 ――いったい何の魔法だ?


 ツェスが考える間もなく、少女は剣を抜いた。


 剣は片刃の長剣でゆるやかな反りがあった。鍔は棒状ではなく、丸い円盤型をしていた。白銀の刀身の中程には、雲のように波打った模様がある。鋭く尖った切っ先が蓮月の七色を反射して美しく煌く。


 反りのある片刃の剣は珍しい。ツェスはそんな剣は見たことがなかったが、かつてレーベ王が愛した聖剣「ミツタダ」がそれと同じだとラメルから教えてもらったことを思い出した。今やその聖剣「ミツタダ」はガラム国のバステス王が受け継いでいる。


 少女は、異形の魔物の一体に狙いを定めると、右足を半歩踏みだし、左足の踵を拳半分浮かした。両手で柄を握る。右手を剣の鍔に当て、左手を柄一杯に持った。右手と左手に拳一つ半程の隙間を作ると、両手を少し絞り、切っ先を正面やや上方に向ける。対峙する相手が人であったら、喉を抉らんとする位置だ。


 少女は背筋をピンと伸ばし、切っ先をピタリと止めた。一分の隙もない美しい構えだ。


「オサフネシリーズ一番剣、『カゲフネ』参る」


 少女の剣の刀身が青白く光る。ツェスが半腕になったときの剣と同じ色だが、少女の剣の方が輝きが強かった。


 少女が地を蹴って宙を舞う。藍色の髪を靡かせた優美なシルエットが、異形の魔物の真正面に飛び込んでいく。


 百歩は下るまいと思われた異形の魔物との距離が一瞬でゼロになった。およそ人間のなせる技ではない。少女は剣を振り被ると一閃した。刀身が美しい弧を描く。少女の剣から放たれた青白い光の筋が異形の頭を抉った。


 光の筋はやがて、頭から胴体、胴体から尻尾へと伸びていく。


 ――バシュッツ!


 一呼吸置いて異形の魔物は、青白い光の筋に沿って両断された。真っ二つになった巨体が地響きを立てて倒れる。


 サラサラと砂のように崩れていく異形の魔物を背に、少女は青白の輝きを無くした剣を片手で一振りして血糊を払う。そして、静かに鞘に納めツェスに視線を送った。


 ツェスは動きの止まった異形の魔物の隙をついて喉を貫き、もう一体も、イーリスの精晶石を開封した風の精霊とラメルの指輪の力でとどめを刺したところだった。


「お前、何者だ!」


 本来は異形を斃したことに礼の一つでもいうべきところだが、そんな事を忘れてツェスは叫んだ。


 一振り。


 半腕になったツェスでさえも、異形の魔物を斃す為には、幾度も剣戟を加え、隙をみて弱点である喉元を狙わなければならないのに、この十五、六程の少女はただの一振りで異形の魔物を屠ってみせたのだ。


「さっき言わなかったか。我は観測者であり、探索者だ」


 少女は、何かを考え込むかのように僅かに俯いた。腰の剣の鍔もとを握り、少しだけ柄を持ち上げてから、顔を上げた。


「……そうだな。敢えて我を呼ぶのなら、『カゲフネ』とでも呼ぶがよい」


 その答えに食ってかからんばかりのツェスをラメルが止めた。


「カゲフネ殿とやら、まずは助けてくれたことに礼を言わせて貰おう。そなたが、最近噂となっている、異形の魔物の狩り人か?」


 ラメルが驚くべき自制心を発揮して、カゲフネと名乗る少女に尋ねる。


 ツェスの脳裏に、王都の診療所でアケリオンが、最近、異形の魔物を狩って回る謎の冒険者が出没していると噂になっていると語っていた姿が浮かび上がった。


 カゲフネと名乗った少女は、透き通った黒曜石のような双眸でラメルに答える。


「異形の魔物? 先程の白き怪物『バーエネロト』のことか? 確かにこの世界に来てから何体か屠った。あれは三千世界の歪みと衝突が生み出した忌まわしき存在だ。出現を食い止めることは出来ない……」

「どういうことか?」

「今に分かる……」

「ここに来た目的は何か?」

「この世界に『カゲフネ』と同じ物質波次元振動剣がある。この世界が無くなる前に、見つけなければならない」

「物質波次元振動?」

「未開人には関係ない事だ」


 カゲフネと名乗った少女はくるりと背を向けるが、すぐに足を止めた。


「いや、この世界の住人とコンタクトできたのも紛幸か。一つだけ教えておこう」


 カゲフネは、首を回してツェス達を見やると、口元にくすりと笑みを浮かべる。


「この世界は間もなく滅ぶ。三千世界の(にえ)となれ」


 カゲフネはそういい残すと、かき消すように姿を消した。

 

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