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ep4-017.ラメル(3)

 

「お待たせ~」


 着替え終わったイーリスが大広間に戻ってきた。ゆったりとした薄緑色のシュルコに皮のサンダル。胸には銀で囲まれた翠玉のペンダント。ここに住んでいたとき毎日のように見た姿だ。ツェスは一気に三年前に戻ったかのような錯覚に捕らわれた。


 イーリスも我が家に帰ったばかりとほっとした表情を見せている。イーリスはそのまま、隣の炊事場に足を向けた。


「お茶でも煎れるね。師匠、お茶っ葉はある?」

「いつものところだ」

「あ、これね」


 イーリスは、壁際に置かれた水が入った樽から杓子で水を掬って土鍋に入れ、竈に掛けた。竈の火種が残っていることを確認すると、慣れた手付きで隣の木箱から大鋸屑(おがくず)とパラパラと振りかけて、息をふっと吹く。


 火を一から熾すのは時間が掛かる。そのため、どの家でも種火を年中点けたままにしておくのが普通だ。炎の精晶石に囲まれた種火から小さな火が大鋸屑(おがくず)に移った。


 炎の精霊使いであれば、火打ち石か精晶石を使って、瞬時に着火することが出来るのだが、風使いのイーリスにはそんな芸当はできない。


 無論、精霊を介さない魔法である青い珠(ドゥーム)を使えば、炎を作り出すことは出来る。しかし、青い珠(ドゥーム)による炎では火力が強すぎて制御が難しい。室内で使うわけにはいかない。


 精霊なしで魔法を発動できるイーリスの特殊能力(スキル)。それを自由自在に使えるようになったのはラメルのお陰だ。ラメルは幼いイーリスを引き取ってから、ライバーン王の顧問を勉める傍ら、彼女の特殊能力(スキル)の研究に勤しんでいる。まだまだそのメカニズムは明らかになっていないものの、精神統一とイメージによって、ある程度コントロール出来ることが分かった。


 イーリスはラメルの指導を受け、訓練を繰り返した。その甲斐あって、三年ほどで精霊なしで魔法を自由に使えるようになった。精霊を介さない魔法を発動する時には、イーリスの手元に青い光球が出現することから、ラメルはこの魔法を青い珠(ドゥーム)と名付け、イーリスに青い珠を放つ者(ドゥーム・ドレイナー)の二つ名を与えた。


 イーリスはこの青い珠(ドゥーム)の秘密が解明されるまでは、無暗に青い珠(ドゥーム)を使用しないようラメルに注意されている。それはどんな副作用があるか分からないが故のラメルの配慮であった。イーリスもラメルの言いつけを守って、普段は青い珠(ドゥーム)を使わなかった。この間、盗賊団に襲われたときに青い珠(ドゥーム)を使ったのは、無論必要に迫られてのことだ。


 イーリスは手早く木箱からよく乾いた小枝を種火に焼べると、人差し指を立てて唇に当てた。


「大気と森に満ちる風の精霊テゥーリよ。我が名はイーリス。我の呼び掛けに応え、命の息吹を起こせ……」

 

 小さな声で風の精霊を呼び出す。元々、精霊使いは、精晶石なしで精霊を呼び出すことができる。だが、精霊の召喚には多少の時間が必要になるため、戦闘などの緊急時には使えない。


 精霊使いは昔から存在していた。だが、精晶石が発明される以前の時代は戦場に赴くことは殆どなく、専ら後方で騎士団のサポート役に専念していたという。


 竈に風を送る程度であれば、多少時間が掛かろうが問題ない。イーリスは火を消さないように注意しながら、風の精霊の応えを待った。百か二百を数え終わる頃、不意に足下に風が吹いて竈に流れ込んだ。火の勢いが増し、イーリスの顔を赤く照らした。火が安定したのを見届けたイーリスは小枝を薪に換えてから立ち上がる。


 ――やっぱり、反応が遅いわ。


 イーリスには、ちょっとした気掛かりがあった。風の精霊への呼び掛けに対する反応が鈍いのだ。それは、先日、キビエー村で異形の魔物を屠った時にも感じたことだ。風使いになって一年にも満たないイーリスでも、以前とは明らかに精霊達の反応が鈍っていることを感じていた。


 ――まだ精霊使いに成り立てだからかしら。


 イーリスはラメルに相談しようと考えながら、ぼおっと鍋の水が煮えるのを見つめていた。



◇◇◇



「お茶が入ったわ」


 イーリスが取っ手のついた銅杯に注いだ茶を三つと蜂蜜入りの小瓶をテーブルに置いて席につくと、ラメルに向かって改めて帰還を報告する。


「師匠。ただいま戻りました」


 イーリスは椅子にきちんと腰掛け、ぴたりと合わせた膝小僧の上に両手を乗せて、ぺこりと頭を下げた。僅かに揺れる緑髪は綺麗に切り揃えられていて、銀の色は一片も混ざっていない。


「うむ。無事で何より。アケリオンの所に寄ったか」

「はい」


 ラメルは破顔した。明け透けな性格ではあるが、帰るにあたってちゃんと身なりを整えてくるのは実にイーリスらしい。それをみたツェスは、ばつが悪そうな顔で、ボサボサの頭をぼりぼりと掻いた。


「お前達、よくぞ帰ってきてくれた。まずはイーリス。風の精霊との契約、見事であった」

「ありがとうございます」

「急に呼び出すことになって済まぬ。本当はもう少しゆっくりと旅をして貰う積もりだったのだが」


 ラメルは去年、イーリスから精霊契約を果たしたことを風通信で受け取ると、その返信の風通信で、イーリスに王都に戻ってくるよう伝えていた。


「いや、いいさ。目的は果たせたんだしな」

「えぇ」


 ツェスの視線を受けて、イーリスはにこりと微笑む。


「うむ。無理を言ってお前達に戻って来て貰ったのには訳がある」


 ラメルは、銅杯の取っ手を持って、まだ熱い茶を一口啜った。



◇◇◇



「二年前の星墜ちの件は知っているか?」


 ラメルが本題を切り出した。


「噂は聞いたことがある。ガラム王国と北の藩王国との国境あたりに墜ちたって話だったかな」


 ――星墜ち。


 二年ほど前。天空の一角に光り輝く星が現れたかと思うと、天を切り裂き、轟音と共に地に落下したとされる事件だ。


 眩しく輝く星が煙の尾を引いて空を二分する姿は大陸の東側で多く見られ、当時は、この世の終わりかと随分噂になった。


「その通りだ」


 ラメルは何度かゆっくりと首を縦に振る。


「ガラムのバステス王は、すぐさま騎士団による調査隊を編成し、星墜ちの現場に向かわせた」

「それで?」

「現場と思しき場所には、巨大な穴が空いていたのが、それ以外特に何も見つからなかったそうだ」

「ふうん」


 星墜ちの話が出たからなのか、ツェスは窓に目をやった。大きく傾いた日が、ラウニール湖の水面に一筋の紅い帯を描いていた。この美しい光景を好む王国の民は沢山居る。だが、日没前に丘を降りないと帰り道が見辛くなり危険になる。それゆえ、この景色を安心して楽しめる時間は存外少ない。


 ラウニール湖の美しい景色を存分に眺められるのは、ラメルの家に泊まることが出来た者の特権だった。


「調査隊は念のため、星墜ちの穴の周りを立ち入り禁止とした。幸い、国境ではあったものの、穴はガラム王国領内の山中だったから、その時は特に問題にはならなかった……」


 ラメルは、机の小瓶から匙を取り、蜂蜜を茶に垂らす。飴色の粘り気のある液体が糸を引き、銅杯に吸い込まれていく。飴の糸が見えなくなった頃、ラメルは匙を小瓶に戻して、話を続けた。


「だが、問題はその後だ。しばらくして、精霊の数が減り始めたのだ」


 ラメルの言葉にイーリスが目を剥いた。


「師匠。あたしも気になってたの。最近、精霊召喚しても反応が鈍くなってるわ。あたしが精霊使いに成り立てだからと思っていたんだけど、そうじゃないのね?」

「イーリス。お前の感覚は正しい。私とて同じなのだ。多くの精霊の召喚を必要とする大魔法は日に日に発動しにくくなっている。このままでは最悪の場合……」

「どうなっちゃうの?」


 ラメルは待てとばかり手を上げて制すると、銅杯に満たされた茶を啜る。ラメルはゆっくりと杯をテーブルに戻してからおもむろに口を開いた。


「この世から魔法が無くなる」

「!」


 ツェスとイーリスは同時に息を飲んだ。


 ――魔法が無くなる。


 衝撃的な言葉だった。この世界では、人々と精霊は長年共に暮らしてきた当たり前の存在だ。精霊の棲む所は聖域として立ち入らぬ代わりに、選ばれた人が精霊と契約を結び、精霊の力を行使する。


 この世界には、精霊による魔法なくして成り立たないものなど山程ある。この世界に住む人は大なり小なり、なんらかの恩恵を精霊達から得ていた。精霊とは共存関係にあるのだ。


「私がそれに気づいたのは半年程前だ。リーファ神殿に問い合わせたところ、守護女神レイムも同じ見解だったが、原因は分からないという。だが、レイム殿は、一つだけ、星墜ちと何か関係しているのではないかと仰った。そこで、私はライバーン王に星墜ちの再調査を進言し許可を得た」


 ラメルは、銅杯を少し離して置き直すと、左手で作った拳を右の掌で包んで両肘をテーブルに乗せた。彼の思慮深い藍の瞳は憂いを帯びていた。


「そこでだ。お前達に星墜ちの調査に行って貰いたいのだ」


 ガラム王国の調査隊が何も見つけることが出来なかった星墜ちの再調査。


 突然の事にツェスもイーリスも答えることができなかったが、しばらくしてからツェスが口を開いた。


養父(おやじ)、ライバーン王に話が通っているなら、王国騎士に行かせればいいじゃないか。なにも俺達で無くてもいいだろう」

「現地は未だ立ち入り禁止だ。それは別に問題にならないのだが、付近はモンスターが蔓延っていてな。その中には()()も含まれている」

「なに?」

「この事はまだ(おおやけ)にはなっていない。今はガラムのバステス王の精霊使い達が、立ち入り禁止区画に結界を張っているから大事には至っていない。だが……」

「このまま精霊が少なくなると、その結界も破れるというんだな」

「その通りだ。異形を相手に出来る者は限られている。だからこそお前達に頼みたいのだ……」

養父(おやじ)……」


 いつしか外は夜になっていた。蓮の華の形をした月からの光が窓から差し込んでくる。太陽光を乱反射して七色に姿を変えた光は床に弾かれて踊り、ツェス達の足元を彩った。


 ――俺達が星墜ちの調査?


 異形を相手にするのは、何とかなるにしても、自分達に精霊が減っていく原因が掴めるとも思えない。ツェスはしばし考え込んでしまった。


 ――ぶるぶるぶる。 


 突然、ツェスの左腕が小刻みに震えだした。


 ――!?


 ツェスの異変に、イーリスとラメルも気づく。三人は立ち上がり、慌てて外に飛び出した。


 ――まさか!?


 蓮月に薄雲が掛かり、七色の光が色褪せた。


 ツェス達の目に映ったのは、異形の魔物ではなく、宙に浮かんだ人影だった。


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