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ep4-016.ラメル(2)

 

 ――今より十二年前。


 フォートレート王立孤児院。数十年前、先帝レーベの命により設けられた孤児院だ。その多くは戦災で両親を無くした孤児達で占められている。永きに渡って繰り広げられた大陸統一戦争の陰の部分だ。孤児達を王都に連れてきた先帝レーベは、彼らを孤児院で育てると共に、教育を施し、優れた者を騎士や精霊使いとして登用した。


 レーベによる大陸統一後、戦災孤児を引き取って育てるという役割は終えたのだが、依然として、国境付近での小競り合いや夜盗による略奪が横行し、孤児がいなくなることはなかった。


 父の跡を継いだ、現フォートレート国王ライバーンは、この孤児院を整備し、民間教育機関の一つとして残した。ライバーン王は、孤児院で育ち、王宮に召し抱えられた優秀な騎士や精霊使いの一部を孤児院の管理運営および孤児達の教育に当たらせている。その教育レベルは高く、王都の庶民階級の中には、孤児院へ嫡子を入所させたいと希望する者さえいる。


 イーリスは中つ国フォートレートから北に遠く離れたある小さな村で生まれた。隣の藩王国との小競り合いの巻き添えに逢い、村は焼かれ、両親を失った。五歳にして戦災孤児となったイーリスはこの孤児院に引き取られた。


「へんな髪。あっちいけ」

「へんてこ! ちかよるな!」

「ちがうもん。へんてこじゃないもん!」


 イーリスを五人の子供達が取り囲む。孤児院ではない近所の子達だ。イーリスが首を振って否定する。腰まである髪が大きく揺れた。肩までが明るいグリーンで肩から下が銀色の二色の髪だ。イーリスの髪の色は生まれつきだったが、彼女はこの髪のせいで何度も虐めにあっていた。


 イーリスの目から涙がこぼれる。


「こら、やめなさい!」

「やべ。いんちょうだ!」


 様子がおかしいと出てきた婦人が子供達を窘める。虐めていた子達は散り散りとなって逃げていった。


 婦人は年の頃は四十を少し過ぎた頃だろうか。白い修道衣を身に纏い、丸筒帽を被っている。涼しげな目元は慈愛に満ちていたが、髪には少し白髪が混じっており、手指も荒れていた。服装だけならリーファ神殿の神官のように見えなくもないが、世俗じみた雰囲気が漂っている。


「いんちょうせんせ~」


 イーリスが泣きながら、婦人の下に駆け寄った。婦人の名はニーラ・コピュ。この孤児院の院長だ。ニーラはこの孤児院で育った戦災孤児なのだが、十九の頃、魔法の才を見いだされ、精霊使いとなった才女だ。


「さぁ、お入りなさい」


 こんな時、いつもニーラは、泣きじゃくるイーリスを自室に招いて慰めていた。


「いんちょせんせ~。あたしのかみ、へんじゃないよね?」


 イーリスは勧められた椅子に座って、涙ながらに訴えた。ニーラは優しく微笑むと、自分の机に向かう。ニーラは机に置かれた編みかけの服や、繕い終わったズボンを器用に除け、裁縫道具を脇に寄せると、その奥に隠れるようにあった粗末な櫛を手に取った。


「イーリス、ほら、貴方はこんな綺麗な宝物を持っているわ」


 ニーラはイーリスの髪をとかしてやる。


「首のペンダントを見てごらんなさい」


 イーリスは、首からぶら下げているペンダントを手にとって眺めた。


「ほら、きれいな緑の宝石の周りに銀の縁細工があるでしょ。これはあなたの髪と一緒ね。あなたの御両親があなたを愛していた証拠よ。イーリス、あなたの髪は全然変じゃないわ。素敵な髪よ」


 ――イーリス。これはお前の為に作ったペンダントだ。大事に着けておきなさい。


 朧気な記憶しかない両親の記憶がイーリスの脳裏に蘇る。 


 イーリスは涙を手で拭き頷いた。



◇◇◇



 それでも、イーリスへの虐めは終わらなかった。


 ――ある日の夕方。


 食材の買い出しを頼まれたイーリスは、帰り道を急いでいた。


 イーリスは自分を虐める子達となるべく出会わないように、裏の路地を縫うようにして走っていた。この路地を抜ければ孤児院は目の前だ。


 その時。


「やい。イーリス。この間はよくも恥を掻かせてくれたな」


 虐めっ子のリーダーと子分二人が、路地の出口でイーリスを待ちかまえていた。


「……!」


 引き返そうと振り返ったイーリスの前に、別の子分三人が道を塞いだ。恐怖に後ずさりするイーリスを子分が後ろから羽交い締めにする。


「チビのくせに、宝石なんてナマイキだ」


 餓鬼大将がイーリスの首のペンダントを弄んだ。

 

「やめてよ!」


 餓鬼大将は、イーリスからペンダントを奪い取ると、土の地面に叩きつける。ペンダントの縁飾りとチェーンが絡んでチャリンと音を立てた。地面が石畳だったら壊れていたかもしれない。


「やめて!」


 イーリスは両手を伸ばして止めさせようとするが、羽交い締めされていて一歩も動けない。

 

「こんなもの、こうしてやる!」


 餓鬼大将は、イーリスに侮蔑の視線を投げつけてから、ペンダントを足で踏みつけた。


「やめてよ!」


 餓鬼大将は一向に構わず、何度も踏みつける。ペンダントは靴底で軋み、土の地面にめり込んでいく。


 イーリスの瞳がみるみる潤んでいく。


 ――これはお前の為に作ったペンダントだ。大事に着けておきなさい。


 父の言葉が頭に蘇る。目の前で形見のペンダントが土に埋まっていく。それは彼女を支えてくれる唯一の存在の抹消を意味していた。


「いやぁああああああああ」


 イーリスの髪が輝きを帯び、肩から上の緑の色まで銀に変わっていく。伸ばした両手の先に渦が起こり、青い光球が生まれた。


「やめてぇぇぇ!!!!」


 ――ドガッ!


 轟音と共にイーリスの両手から炎の玉が飛び出した。その場に炎の精霊使いがいたら、炎の息吹(フレイ・ウムラウト)と叫んだに違いない。


 イーリスの炎の珠は餓鬼大将の頬を掠め、奥の石壁に命中し、等身大の穴を穿った。


「ま、まほうだ!」

「せいれいつかいだ」

「ば、ばけもの」

「に、にげろ!」


 餓鬼大将達はほうほうの体で逃げ出した。


 路地には、へたり込んで泣きじゃくるイーリスだけが残されていた。



◇◇◇



「ひっく。ひっく」


 ニーラの部屋の真ん中で小さな少女が膝を抱えて泣いていた。現場に駆けつけたニーラに保護されたイーリスは、ニーラの計らいで彼女の自室に居るよう命じられた。


 イーリスは混乱していた。自分でも何が起こったのか分からなかった。伸ばした手から突如、炎弾が打ち出されたのだ。無理もない。あのときは、ペンダントを取り戻したい、その一心だった。


 右の手のひらを開け、視線を落とす。イーリスの小さな手に形見の緑の宝石が銀縁に守られ、土で汚れた隙間から顔を覗かせていた。


 左手で髪をたぐり寄せ、まじまじと見つめる。指先から銀の糸がこぼれ落ちた。


 ――ぎんのかみ。


 ――ふつうじゃないかみ。


 ――いじめられるかみ。


 ――こんなかみ、なかったらいいんだ。


 イーリスは泣きはらして真っ赤になった目で、ニーラの机を見上げた。



◇◇◇



 ――孤児院の応接室。ニーラが中年の男と相談している。 


「それで、無詠唱で炎魔法を放ったというのだな」

「はい。ラメル先生。一部始終を見た者の話から推測すると、炎の息吹(フレイ・ウムラウト)に相当する魔法だと思います」

「炎の初級魔法だな」

「はい」

「歳は?」

「五歳です」

「その歳では精霊契約など出来るはずもない。契約なしで魔法は使えない筈だが……」

「はい。私にも何が何だか……でも、このままでは、あの子は孤児院に居られなくなります」


 ニーラは目を伏せた。イーリスが精霊契約なしに、無意識に魔法を放ったのであれば、今後、いつ同じことが起こらないとも限らない。原因を究明して対策を取る必要がある。だが、もしも有効な対策が立てられなかったら、孤児院の全体の安全を護るために院長として決を下さねばならない。ニーラは混乱と憔悴がブレンドされた顔でラメルに訴えた。


「その娘は今、どうしている?」

「私の自室に。彼女には、あの部屋が一番落ち着くので……」

「会えるか?」


 ラメルは腰を上げた。



◇◇◇



 ラメルを連れて、自室の扉を開けたニーラは息を飲んだ。


「イーリス! 貴方、その髪!」


 腰まであったイーリスの髪が肩までしかないショートカットになっていた。ペタリとお尻を床につけて膝から下を外に広げて座っているイーリスの周りに銀髪が散乱していた。


 イーリスは鋏を握ったまま呆然とした様子で、ニーラを見つめていた。


「イーリス! 貴方、貴方!」


 ニーラは駆け寄り、イーリスを抱きしめた。ニーラの目には涙が浮かんでいた。


「ニーラ、原因が分かる迄、この子は私が預かろう。アケリオンとシヴィに面倒を見させる」


 ラメルはニーラに向かって静かに告げた。



◇◇◇


 

 しばし昔を思い出していたイーリスは我に返った。あの時から髪はショートカットにしている。今更伸ばす気にはなれなかった。

 

 イーリスはペンダントを胸元にしまいなおした。涙を指で拭うと、机の引き出しから手鏡を取り出した。表面の埃を払ってから自分の顔を映して少しだけ笑って見せる。

 

 ――お父さん、お母さんはもういないけど、師匠にツェス、アケリオンおじさんにシヴィおばさん。みんな大事な私の家族よ……。

 

 イーリスを慰めるかのように風が通り抜け、彼女の髪を揺らした。

 

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