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ep3-013.王都の診療所(3)

 

「……う」


 ツェスは目を開けた。眩しい光が網膜を刺激する。思わず目を閉じた。しばらくして、ゆっくりと瞼を開けると、少女が自分を覗きこんでいる。


「アクサ……?」


 いや、髪の色が違う。アクサラインと同じショートカットだが、こちらの少女は明るいグリーンだ。一体何が。ツェスは訳も分からず、少女の顔をぼんやりと見つめた。


「気が付いた?」


 少女は、起きあがろうとするツェスの両肩にそっと手をやり、そのまま寝てて、と言った。そして、くるりと振り返って誰かを呼んだ。


「師匠ぉ。目、覚ましたよぉ」


 ギィと音を立てて、誰かが入ってくる。二人の男だ。一人は四、五十くらいの中年。もう一人は二十代の青年だ。二人はツェスの顔を覗き込む。


 中年の男が青年に目配せする。青年はツェスの左腕を手に取った。巻かれた包帯を外す。大きな咬み傷が二つ付いていた。


「先生。出血は止まっているし、骨にも異常はない。問題ないと思います」

「背中は?」


 青年がツェスの肩に手をやり、ゆっくりと裸の上半身を起こさせた。背中の様子を確認する。


「傷口も塞がっています。化膿もしていない。こちらも大丈夫です。治癒魔法が効いたようです」

「間に合ったか」


 中年男は、先程の翠色の髪の少女が持ってきた椅子に腰掛けた。魔法使いと名乗った中年の男は彫りの深い顔を綻ばせた。藍色の瞳の目を細める。その顔には細かい古傷が刻まれていた。ローブではないものの、全身をすっぽりと覆う程のゆったりとした上着を着ている。腕は隠れて見えない。たぶん手足にも沢山傷がついているのだろう。ツェスはぼんやりとした頭でそんなことを考えていた。


「少年よ、君の名は? 私はラメル、魔法使いだ。こちらの若いのはアケリオン、医者の卵だ。そして、この娘はイーリス。私の弟子だ。まだ見習いだが」

「……ツェス、ツェス・インバース」

「ツェス君か」


 ツェスは自分の名を答えたが、訳が分からないという顔をした。無理もない。怪物に襲われ逃げていたところまでしか記憶にない。


「危ないところだった。ここは王都の外れ。私の家だ。傷が癒えるまで、此処に留まるといい」

「先生と俺は王都に戻る途中の村で、怪物に喰われそうになっていた君を見つけたんだ。なんとか怪物を撃退することが出来たが、先生がいなければ、君は助からなかった」

「……! アクサ、アクサラインは?」


 ツェスは突然、妹の名を呼んだ。早く見つけなければ。ツェスは慌てて立ちあがろうとした。だが、アケリオンに止められる。


「急がないと、アクサが、アクサが!」

「落ち着くんだ、ツェス君。君はここで三日も眠っていたんだ」

「三日……」


ツェスは信じられないという風な表情を浮かべ、がっくりと肩を落とした。


「アクサとは、誰の事かね?」


 ラメルの問いにツェスは直ぐに応えることが出来なかった。大分経ってから、ツェスは覚えている限りの事をぽつりぽつりと話し始めた。



◇◇◇



「残念だけど、ツェス君、助けられたのは君だけだ。君の妹の姿は見かけなかった。見つかった人は皆死んでいた。生き残りがいるかどうかは分からない」


 ツェスが一通り話し終えると、アケリオンが言い難そうに答えた。


「……!」


 ツェスはもう一度立ち上がろうとするが、背中に激痛が走る。苦痛に顔を歪めた。


「アクサを、アクサを探さなきゃ……」

「まだ動くのは無理だ」


 ツェスを止めるアケリオンは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。医者として命を救えなかった事を悔いているようにも見えた。


「アケリオン、あの状況ではどうしようもない。我々が着いた時にはもう終わっていたのだ。ツェス君を救えただけで良しとすべきだ」

「先生……」


 ラメルを見つめるアケリオンをよそに、扉の向こうから声がした。


「イーリスちゃん、ちょっと開けたって」


 イーリスが急いで扉を開ける。一人の女性がお盆を両手に立っていた。二十歳くらいの若い女性だ。腰まである見事な金髪。涼しげな切れ長の目元の奥から金色の瞳が笑っていた。少しだけ厚めの唇が深い情愛を漂わせている。特に化粧をしているようには見えなかったが、透き通るような白い肌には潤いがあった。彼女は自分のことをシヴィと名乗った。


「目ぇ覚ましたかね。よかったわあ。スープでも飲んで元気つけんさい」


 見た目の美貌とは酷くギャップのある訛り言葉だ。彼女はお盆をツェスの膝元に置いた。丸く木をくり抜いた粗末な椀は半透明な茶色のスープで満たされていた。


「さぁさ、遠慮なんかせんでええんよ」 


 ツェスは膝元のスープをじっと見つめたまま身動きしなかった。しばらくして、ツェスは、自分の左手の親指に見慣れない指輪が填められているのに気づいた。金の指輪だ。無垢の金で出来ているが、良く見るとなにやら細かい字のような模様が刻まれている。

 

 思わず指輪に触れようとしたツェスをシヴィが止めた。戸惑うツェスの左手にシヴィが手を添えた。


「もうちょっと着けとったって。まだ治っとらせんから」

「……」


 ツェスは呆然として、シヴィの顔を見つめた。ほのかにローズの香りが鼻孔を擽る。彼女の金色の瞳が僅かに赤み掛かっているように見えた。


「ツェス君。君の家族を探しにいきたい気持ちは良く分かる。だが、君が居たあの村は、今は王の命で立ち入り禁止になっている。しばらくは無理だ。君の家族が無事に逃げているのなら、王都か近くの村を探せばよいだろう。他に身寄りはあるかね?」


 ラメルの質問にツェスは静かに首を振った。


「そうか。まずは傷を直すことだ。後の話はそれからにしよう」


 ラメルはしばらくそっとして置くようにといい、イーリスを残して部屋から出て行った。


「ツェス君だっけ。あたしはイーリス、よろしくね」


 イーリスの明るい笑顔が、ツェスの塞ぎこんだ心をほんの少し照らした。



◇◇◇



 夜の帳が辺りを包む。


 古い木板で囲まれた粗末な小部屋。その一角に大判の机が置かれていた。大分使い込まれているのか、天板の角はすっかり取れ、色もくすんでいる。机の両脇には堆く書物が積まれ、何に使うのか分からない怪し気な道具が無造作に放置されている。


 机を前にして、一人の壮年の男が木の椅子に腰掛けている。ラメルだ。背もたれに体を預け、一見、居眠りをしているようにも見える。ラメルは天井を見つめていた。彼の右手の親指には銀の指輪が光っていた。


先生(せんせ)、お茶持ってきたわぁ。此処に置いとくでね」


 シヴィがラメルの机に銅の杯を置いた。その横に匙を突っ込んだ蜂蜜の小瓶を添える。ラメルが静かに視線をシヴィに向ける。


「シヴィ、どうだった?」

「やっぱり先生(せんせ)の見立て通りやったわ。少しやけど、あの子、もう成りかけてるわ」

「そうか……」

先生(せんせ)、お体は大丈夫やの? そろそろあの子からレンガスを戻しとかんと……」

「もう一つは着けている。明日までは大丈夫だ。ありがとう」


 ラメルは左手を服の下に入れたまま、右手をあげて、シヴィに銀の指輪を見せた。


先生(せんせ)、やっぱり、あの子を引きとるんかね?」

「彼の身内を探して見つからなければ、引き取る他あるまい。彼がそれを受け入れてくれればよいのだが……。いずれにしても()()()()()()()のなら、放置はできまい」


 ラメルはゆっくりと体を起こす。そして、銅杯を手に取り茶を半分程飲んだ後、蜂蜜入りの小瓶から銀の匙を引き抜いた。匙の先端が蜂蜜の糸を引く。ラメルは蜂蜜の糸が途切れるのを待ってから、銅の杯に匙を入れて掻き混ぜる。被茶(ギョクロー)の色に少しだけ黄金色が足された。


「異形が()()出てきたなんて、えろう心配やわぁ。(なん)も起こらんとええけどねぇ」

「それは誰にも分からない。たとえリーやセレスであってもな……」


ラメルは銀の匙を手にしたまま、目を細めた。銀匙の周りが薄っすらと青白く光っている。そのままカツンと銅杯の縁を叩いた。銀の匙は粘土でも切るかのように、苦もなく銅の杯に突き刺さった。


「私のレンガスを受け継ぐ者がいるとしたら……」

先生(せんせ)……」


ラメルはそれ以上、何も語らなかった。

 

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