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ep3-011.王都の診療所(1)

 

 ――王都フォートレー。


 大陸の中つ国フォートレートの王都は、四方を山脈に囲まれた盆地にある。盆地は広大で平野と見間違う程だ。


 北には盆地の七分の一の面積を占めるラウニール湖があり、肥沃な大地を潤し、毎年豊かな恵みを齎している。


 盆地の中央北寄り、ラウニール湖をバックに王の居城が築かれ、そこから東西と南に大通りが設けられている。大通りの周辺には数々の建物が立ち並び人々で賑わっている。


 南に走る中央大通りから一本脇の小径に一軒の店が軒を連ねていた。玄関には粗末な木の看板が掲げられている。看板には赤と青の二重螺旋を円環にした図柄が描かれていた。街角の診療所だ。玄関には本日休診の木の板がぶら下がっている。


「よう()んさったねぇ。えらかったやろう。何年振りになるかねぇ」


 診療所の女将が、懐かしそうに顔を綻ばせる。女将は手に鋏を持って少女の艶のある緑の髪を整えていた。鋏を握り込む度に、髪の先端の銀色部分だけ綺麗にカットされていく。


「三年振りよ。シヴィおばさん」


 イーリスは、自分より十歳しか違わない婦人をおばさんと呼んだ。手鏡で髪の様子をちらちらと確認している。シヴィと呼ばれた女将は、ミノーキフ地方の訛りを隠そうともせず、イーリスに語りかける。おばさんと言われても、気にもしていない。


「ほうかねぇ。もうそんなになるかね。イーリスちゃんはいくつになったんかね?」

「今年で十七よ」

「ほう、大きいなったねぇ、ツェスとはいつ一緒になるん?」

「そ、そんな関係じゃないわよ」

「ほほほっ。ほうかね。まぁ若い(もん)同士、仲良うしんさいね」


シヴィは慣れた手付きでイーリスの髪を梳いている。髪の銀は粗方カットし終えたようだ。


「それにしてもイーリスちゃん、でぇーれーええ髪質しとるわ。髪伸ばさへんの? 別嬪さんやのに勿体ないわぁ」

「途中で銀になる髪なんて嫌よ。シヴィおばさんみたいに全部綺麗な金髪だったら良かったのに」

「そんなことあらへんよ。あたしはあんたの髪好きやわぁ。銀のとこちょっと残しとけばキラキラ光って綺麗やに。この髪、あんただけの宝もんなんやから大事にせんとかんよ」


 シヴィはイーリスの髪を何度も誉めた。彼女とてまだまだ若いのだが、ミノーキフ訛りのせいなのか、節介焼きの年輩婦人が娘を諭しているようにも聞こえる。


「イーリスちゃん。パックは何にするかね?」

「いつもの日焼け止めをお願い」

「ほうや。昨日、日焼け止め用やけど、美肌にも効くええパックが入ったんよ。それ使()こうてもええかね?」

「うん、お願い」


 そんな二人のやり取りをツェスは長椅子に座って眺めていた。


「ツェス、そういえばお前はいくつになったんだ?」


 診療所の主がツェスの横に腰掛けた。


「……二十一。それがどうかしたか? アケリオン」


 ツェスの歳を確認した男はアケリオン。三十半ばを過ぎた医師だ。王都で診療所を開いてから四年近くになる。殆ど黒に近いブルーの髪に、思慮深そうな紺の瞳。まっすぐ通った鼻筋に薄い唇。一見、優男(やさおとこ)にも見えるのだが、体つきはがっしりとしており、背もツェスより高い。若い頃は多くの婦人の求愛を受けていた事はツェスも知っている。彼の顔には頬から顎に掛けて刀傷があるが、それも彼の魅力を一段と増すスパイスになっていた。


「ちょっと背が伸びたかなと思ってな」

「気のせいだよ。もうそんな歳じゃない」

「三年か……、早いものだな」


 アケリオンは宙を見つめて呟いた。


「……養父(おやじ)は元気してるかい?」

「お前、まだ会ってなかったのか。弟子なら真っ先に師匠の所にいくのが、礼儀だろう」

「イーリスだよ」


 ツェスが顎でイーリスを指した。


「三年振りに師匠に会うんだから、身嗜みを整えて置きたいってな。銀髪が残るのは嫌なんだとよ。それが礼儀なんだってね」

「ふっ、イーリスらしいな」


 アケリオンは視線をイーリスに向けた。


 精霊使いを志す者は十四歳から二十歳迄の間に精霊契約の旅に出る。大陸各地を周り、自らどの魔法属性に適正があるか見極め、精霊と契約を結ぶ。契約の儀は、最寄りのリーファ神殿で行うのだが、希望者全員が契約を結べる訳ではない。精霊の御眼鏡に適い、選ばれた者だけが契約できるのだ。そして、見事契約を結べた者だけが精霊使いとなる。


 剣士も自らの武者修行を兼ねて、精霊使い候補と同行するのが通例だ。イーリスは十四歳の誕生日を迎えると同時に、ツェスを護衛に精霊使いの旅に出た。そして、見事精霊契約を果たして、王都に戻ってきたのだ。


「ツェス、イーリスは何時(いつ)、精霊契約したんだ?」

「去年の秋だ。風の精霊と契約すると決めて直ぐに契約していたな。精霊契約は大変だと聞いていたんだが。そうでもないのか?」

「普通はそうさ。シヴィでも精霊に気に入られるまでに半年掛かったんだ。その間は身を清めたり、瞑想したり、結構大変だったな。その間、俺はろくすっぽ眠れなかった。精霊契約の旅に同行する剣士は、それだけで修行になるとはよく言ったもんだ」

「じゃあ、俺は恵まれてたんだな。それはそうと、アケリオン、こっちはどうなんだ? 俺とイーリスが旅に出る時はガラガラだったここも、少しは客が入るようになったのか?」


 ツェスが室内を見渡していった。僅かにアルコール臭が漂う清潔な室内であるが、ベットが三つあるきりでガランとしている。壁際の戸棚には、薬瓶がいくつも並んでいるが、そのうちの一つは、コルクで蓋をした陶器瓶だ。間違いなくワインが入っている壺なのだが、ツェスはそう指摘するのは止めておいた。


「医者が商売繁盛だと困るんだがな。シヴィが居なけりゃ廃業してたかもしらんな」


 シヴィもアケリオンと同じく医術の心得があるのだが、彼女は特別な時以外は専ら散髪を主として行い、医療行為に携わることは、アケリオンを手伝うくらいに留めていた。それでも調髪の腕が確かなシヴィは、その美貌と相俟って、彼女を目当てに散髪にくる客が引きも切らない。アケリオンは、シヴィに食わせて貰っているようなものだ、と軽く笑った。


「こっちの方はあれから()は出てないのか?」

「出ていない。静かなもんさ。だけど、またぽつぽつ出没しているそうだな。ここのところ、見たこともない化け物を狩って回ってる剣士が居るって噂になっているんだが、お前か?」

「何のことだ?」

「此処にくる客との世間話でよく話題になるんだ。蛇の頭に六本足というから、()()で間違いないと思うんだが」

「狩って回ってはいない。出喰わした時だけだ」

「今年だけで十体だか二十体だか片づけたという話だったんだがな、そうでもないのか」

「随分と尾鰭が付いたもんだな。なんで俺の周りばっかりにそう都合良く()が出なくちゃいけないんだ?」

「そこは分からん」

 

 アケリオンはからからと笑った。


「アケリオン。その狩って回ってるっていう剣士の噂は、姿を見ての話なのか? 顔は分からなくても、半腕くらいなら遠くからでも分かる」

「いや、死骸だけさ。剣で真っ二つにされていたから、剣士じゃないかという話になっている」

「真っ二つ? 俺はそんな狩りはしない。俺の半腕でも()を真っ二つにするのは骨だ。それに……」

「ん?」

()は死んだら直ぐに灰になる。そうそう死体を目にすることは出来ない筈だ。本当に十も二十も『異形の魔物』が出たんなら、徒事じゃ済まない」

「すると、何かの見間違いということか。確かに『異形の魔物』がそこら中に出たら徒ではすまないな」

「アケリオン。でも、奴が前より出るようになったのは確かだ。ここに来る途中も一体に出喰わした。今年になってからもう四体目だ」

「四体? 確かに十や二十では無いにしても、年に何体も出るようなら安心は出来ないな。今のところ『異形の魔物』は王都に出ていないが、異形(やつ)を狩れるのは、お前か先生しかいない。俺としてはお前には王都ここにいて欲しいんだがな」

「遠慮しておく。王都は養父(おやじ)に任せるよ」


 ツェスは左腕の籠手を袖の上から擦った。王都を離れて三年。イーリスと大陸中を旅してきたが、『異形の魔物』を斃したのは三年合わせても十体に届かない。それを今年だけで十も二十も始末するなど有り得ない。


 ――それとも、俺以外に異形の魔物を殺せる奴が狩って回っているとでもいうのか?


 ツェスは頭を振った。あいつは特別だ。そもそも『異形の魔物』は半腕にならないと斃せない。普通では攻撃の大半がすり抜けるし、稀に攻撃が当たったとしても、堅い皮膚で弾かれる。それなら、斬撃がすり抜けることのないドラゴンを相手にした方がまだマシだ。


 ツェスは左の袖を捲り、金属製の籠手を外した。左の手首を右手でそっと握ってみる。波打つ脈の力強い鼓動を指が伝えた。


 左腕は間違いなく此処にある。幻でも何でもない。


 ツェスは握った右手を外して、左腕を見やった。手首と肘にそれぞれ咬まれたような古傷がある。


 ツェスの視線はその古傷に吸い込まれていった。


 ――今から八年前のあの時。あれが呪いの始まりだったのだ。


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