7.恐怖のランチタイム
7.恐怖のランチタイム
良介の表情を見て、青田は不思議に思った。
「どうかしたんですか?」
「いや、西山さんって、現金をあまり持ち歩かない人だから。何度か二人で飲みに行ったことがあるけど、2回に1回は俺が払う羽目になったからな」
「そうなんですか?でも、自分が食べる分くらいは大丈夫でしょう?」
「だとは思うけれど…」
西山と今日子はカウンター席に座った。店内を見渡してみると、客は西山たちだけだった。西山はかなり不安になった。土曜日だとはいえ、ランチタイムに人が居ないのはよほど不味いか、高いかだろう。そう思ったからだ。
ランチが握りとちらし。どちらも千二百円。西山は握りのランチを頼んだ。そして瓶のビールを1本。
「須藤ちゃんはどうする?」
「私、食べられないものがあるのでお好みで頼んでもいいですか?」
「お、お好み?じゃあ、好きなものを頼めばいいよ」
マジか!西山はかなり焦った。しかし、女の子だし、そんなに量は食べられないだろう。かえってランチより安く上がるかもしれない。
「それじゃあ、最初はイカをお願いします」
そうそう、安いのだけ食っとけ!西山は心の中で呟いた。
「マグロお願します。それと、イクラも」
まあ、それくらいなら…。
「次はウニ。それから中トロ」
おい、おい、だんだん高くなっていくぞ…。西山はランチの握りを口に運ぶものの、味わって食べる余裕がなくなってきていた。
「あなご…」
うん、そろそろ終了かな。
「それから、ボタンエビにアワビ」
西山はビールの入ったグラスを落としそうになった。まだ食うのかよ!
「じゃあ、最後は…」
ようやく終わりか…。やれやれ。最後はさっぱり系のコハダか何かだろう…。
「最後は大トロを握って下さい」
西山は思わず生唾を飲み込んだ。大トロの下に書かれた“時価”の文字を見ながら、半ば諦めて、ランチのお椀をすすった。
「それ美味しそうですね。私にもお椀を貰ってもいいですか?」
「好きにしてくれ」
昼食後、良介は得意先に書類を届けることになっていた。荷物の搬入もほぼ終えたので青田にあとを任せて、駅へ向かった。その時、携帯が鳴った。
『西山だけど』
「どうしましたか?」
『急いで金持って来てくれ』
今日子が食べ終わると、西山は残ったビールを飲んで帰ると言い、今日子を先に店から出した。そして良介に電話をしたのだ。店から渡されたレシートには一万二千八百円と表示されていた。ポケットには4枚の千円札と小銭が三百八十六円しか入っていなかったからだ。
西山は残ったビールをちびちびと飲みながら時間を稼いだ。最後の一滴を飲み干して上がりを頼んだ時に良介がやってきた。
「いくらあればいいんですか?」
「とりあえず、一万貸してくれ」
「お金もないのに、一人で一万も飲み食いしたんですか?」
「違うんだよ。飯食いに行こうとしたら須藤ちゃんが来たんだよ。そしたら、あいつ、お好みで高いもんばっかり食いやがって…」
良介は西山に一万円を渡した。
「領収書を貰っておいてくださいよ」
そう言って店を出た。
西山が事務所に戻ると、今日子が荷物の整理をしていた。西山の顔を見ると、にっこり笑った。
「さっきはどうも御馳走様でした。大丈夫でしたか」
「大丈夫とはなんだ。失礼な」
西山と今日子は最後の荷物を送りだすと、戸締りをして移転先へ向かい、青田と合流した。
「お疲れ様です」
青田が迎えた。
「わあ、ここが新しい事務所なんですね」
今日子は移転先の事務所をあちこち見て歩いている。
「悪いけど、これ、日下部に払ってやってくれ」
西山は領収書を渡して青田にそっと耳打ちした。




