5.もう一つの宿題
5.もう一つの宿題
良介は川島と小暮が担当しているイベントの応援に来ていた。リストラの件では社員たちも不安な空気を感じていた。川島はこのイベントが終わったら辞めることになっている。小暮はそんな不安な気持ちを良介に打ち明けた。
「僕は残れますかねぇ…」
小暮にはまだ小さな子供がいる。竹山は辞める者には次の働き口の面倒はみると約束してくれてはいるが、出来るなら、この小林商事で働きたい。小暮はそう思っているのだという。
「気にするな。お前は大丈夫だよ。まだ何も言われていないんだろう?」
良介はリストラの対象になっている社員には既に竹山から何らかの接触があったのであろうと感じていた。
数日前、青田がこんな話をしていた。
「日下部さん、いろいろとお世話になりました。どうやら僕は今月いっぱいでこれみたいです」
青田はそう言うと、首を切られる仕草をした。
「社長のそう言われたのか?」
「はい。はっきり言われましたよ。辞めてくれって」
青田はそう言うと不貞腐れて立ち去った。
井川は竹山を一瞬だけ見据えてから、視線を窓の外に向けた。
「まあ、いいだろう。ただし、条件がある…」
実は、この年の11月で定年を迎える井川は早々に退職を申し出ていた。ところが、竹山は井川の実績を買って、定年まで残るように言ってきたのだ。井川は自分が残る代わりにリストから二人を外すように竹山に交渉するつもりだった。
井川は竹山が差し出したリストを見て、改めてその二人が必要になると確信した。
「お前の考えは充分わかった。その上で敢えて言わせてもらうぞ。まず…」
井川はまず、青田を残すように進言した。青田は今でこそ管理部に籍を置くが、もともとは技術屋だった。人を減らせば技術屋にそのお鉢が回ってくるのは目に見えている。合わせて、決算業務にも支障が出るのも間違いない。一連の流れを知っている青田はもうしばらく使い道がる。切るのはそれからでも遅くはない。
「そして…」
もう一人は須藤今日子。確かに、今の会社の状況から見れば、会社の利益になんら貢献していない立場にある。しかし、それは使い方が悪かっただけ。
「あの子は頭がよすぎるんだ。だから、うまく使いさえすれば役に立つはずだ」
井川の話を聞いて竹山は少し考えた。確かに、竹山は赴任してきて日が浅い。生え抜きの井川が言うのならそうなのだろう。
「分かりました。考えておきましょう」
竹山そう言って席を立った。
翌日から竹山はリストに載せた社員を個別に呼んで、解雇する旨伝えた。既に下話はしておいたので、トラブルもなく円満に進んでいった。
そして、竹山は同時に事務所の移転も考えていた。確かに、人が半分になれば今の事務所は広すぎる。それに家賃も無駄だ。この件は親会社からもリストラと並行して行うように指示されていた。まず、大家に6月いっぱいで退去する旨、伝えに行った。
小林商事が入っているビルのオーナーの森本産業は、自社のイベントに関わる仕事をすべて小林商事に発注している。いうなれば、大のお得意様である。今の事務所に移ったのも、もともとは仕事を受注するための営業的な要素もあった。これを機に仕事が来なくなる可能性もあるため、竹山としては気が進まなかったが、親の意向には逆らえない。
「本当に申し訳ありませんが、そんな事情で引っ越しをせざるを得ないのでよろしく願いします」
「引っ越し先はもう決まっているのかね」
「はい、親会社の本社社屋に入るように指示されています」
本社社屋に入れば何かとやりにくくなる。出来ることなら竹山も他の場所を探したかったが、今からでは時間が足りない。
「そうかね…」
そんな竹山の胸中を察してかどうかは判らないが、森本産業の社長は残念そうな表情を浮かべながら、竹山に提案した。
「上野にね、うちの営業所があるのは知っているな?」
「はい、存じております」
「うん、ちょうど1フロアー空いていてね、広さはここの半分くらいしかないんだが…」
森本社長はそう言うと、竹山を見てニヤッと笑った。




