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悪い癖でも恋をする  作者: ココハル


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第1話 悪い癖

 大原《おおはら》 佐知子《さちこ》の事が好きだった。


 幼稚園の時にはもう好きだったと思うが、キッカケまでは覚えていない。

 小学校、中学校も同じ学校だったが、一度も接点が無いまま過ごしてきた。


 彼女は所謂《いわゆる》高嶺《たかね》の花というやつで、それはきっと初めて知った幼稚園児の時からそうだった。


 友達でも無ければ、ほとんど話したことも無い。

 一度だけ、中学2年生の時に同じクラスになった事があったが、スクールカーストの違いで彼女の事は眺めるだけだった。(当然彼女は最上位カーストだっだ)


 私とは関わらない、関われない人生だと割り切っていたはずが、彼女の快活な笑顔に目を奪われる度にいつも…。


 …私はいつも、自分も女性である事を恨んでいた。


 ***


 実家から少し離れた街で一人暮らしをしている私< 山本《やまもと》 綾香《あやか》 >は、フリーターで二十五歳。レストランで朝から晩までアルバイトに浸っている。


 「綾香ちゃん、今日はもう上がりでいいよ」

 大学生の頃から働いているレストランは、この街の地下街にあり、人が多く行き交う場所で営業している。


 「お疲れ様でした、店長」

 簡単に挨拶をして、私の仕事場であるキッチンからすぐ裏手にある事務所兼、休憩室に入る。


 室内のテーブルには後輩の<河野《こうの》 あんり>が、ついさっき私が作ってあげた賄《まかな》いを食べていた。


 「綾香さん、お疲れ様です!」

 「お疲れ様、あんりちゃん」

 「綾香さんの作ってくれる賄いパスタ、今日も美味しいです!本当、料理が上手ですよね」


 あんりちゃんは身長が146cmと小柄ながら、眩しい笑顔で店内でも存在感抜群の可愛い女の子。

 いつも私の賄い料理を褒めてくれるし、仕事も出来るし、可愛いし…懐いてくれている良い後輩だ。


 「そう?適当に余った材料で作ってるだけだよ。でも、褒めてくれてありがとう」

 「今度綾香さんのおうちで料理を教えて下さいよ。綾香さんみたいに美味しいパスタが作れるようになりたいです!」


 キラキラとした笑顔で可愛いお願いをしてくるあんりちゃんの声を聞きながら、カーテンで仕切られた更衣室に入る。


 「そりゃあ、あんりちゃんがウチで一緒に料理をしてくれたら楽しいだろうけど…ウチ部屋が散らかってるからなぁ」

 着替えながら無難そうな断り文句で返事をする。


 「散らかってても気にしないのに…」

 「私が気にするの」

 「ちぇー」

 と、あんりちゃんの可愛いお誘いを罪悪感いっぱいで断りながら、更衣室を出る。


 ゴソゴソと制服を脱ぎながら、小さくため息を吐く。

 私は自分の中にいる、小さく丸まった自分を守る事に必死になるようになった。

 もちろん、あんりちゃんが悪い事をしているという訳ではない。



 「お疲れ様でしたー」

 まだ働いているスタッフに挨拶をしながら店を出て、少し距離はあるが歩いて帰れる程度の場所にある自宅へ向かう。


 地下街を歩き、幾《いく》つもある地上への出口の中のいつも使う階段を登る。


 ぼんやりと考える。

 あんりちゃん、本当にウチに来てくれたら楽しいだろうなぁ。


 …いつまでこんなに自分から逃げ回って生活しなきゃいけないんだろう。

 けれど、今のまま、今のままで良い。


 いつからか私は、臆病になった。自分にも、他人にも。過去の傷が、今も私を蝕《むしば》み続けている。


 "悪い癖"。

 そうやって自分を戒《いまし》めて、人には言えない自分だけの秘密事として、逃げ隠れる様に日々を過ごしている。


 私は女性で、でも好きになるのも女性だ。

 誰かを好きになる度その想いを押し殺して、でもそんな生活にも疲れて。


 今はもう、なるべく誰も好きになってしまわないように人と一定の距離感を保《たも》つようになった。



 ***



 高校生の時、私は女性にしか恋愛感情を抱かないのだと気付いた。


 いつか男性の事も好きになるのではないか、と楽観視していたが、学校の男子にも有名な男性アイドルにも一切興味を持てなかったので、そう結論付けた。


 私がレズビアンである事は誰にも言えなかったが、仲の良い友達だけには伝えても良いかなと思ってもいた。


 高校3年生の時、2年生の女子生徒が私の友達に告白した。部活の後輩だったらしい。


 それまで女の子同士の恋愛沙汰なんて、周りで一切無かったから私は内心ドキドキしていた。

 だから出来るだけそれが悟られないよう、さり気なく気になっていた告白の内容を聞いた。


 「後輩に告白されたって?」

 「そう、聞いてよー、ほんとキモいんだけど」


 そう言われた時、私は少しの間息が止まっていたと思う。

 普通では無い事も、嫌悪される可能性も、分かっていたはずなのに頭が真っ白になった。


 まるで私が告白し、軽蔑され、振られたのだと感じれる程にショックを受けた。


 《《嫌悪感の塊》》はその後もどう言う返事をしたとか酷い言葉で喋っていたが私の頭には入ってこず、その場をなんとか取り繕うので精一杯だった。


 私の恋は、誰にも伝えることの出来ない汚《けが》れた恋なのだと激しい自己嫌悪に飲み込まれた。


 その日から。

 私が同性に向ける視線が危うくなる時、"悪い癖"だと自分自身へ言い聞かせるようになった。

 

 ***


 家に帰ってタバコに火をつける、冷蔵庫を開けてビールを飲む。


 換気扇の下で過ごす、この時間が私は好きだ。

 頑張った自分へのご褒美でもあるし、1人の時間を埋める作業でもある。


 この作業が終わると、あとはシャワーを浴びて寝るだけなのだが、今日はイレギュラーな日らしい。

 スマホからチャットアプリのメッセージ音が鳴る。店長からだ。


 [明日の夕方からキッチンに新人が入るので、教育をお願いしまーす]


 ホールスタッフは入れ替わりが割とあるが、キッチンに新人が入るのはウチの店では珍しい。


 長く働いてくれる人なら良いのだけれど…と、徒労《とろう》に終わる事を危惧しながらシャワーを浴びた。


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