60 貴族学校
王都の中心部。
広大な敷地を持つ貴族学校では、今年も多くの令息と令嬢が学んでいた。
アルデバラン王国の貴族は、六年間ここで教育を受ける。
将来、領地を治める領主となる者。
騎士団を率いる者。
王国を支える文官となる者。
それぞれが未来の責務を担うための学びの場だった。
授業は多岐にわたる。
剣術。
魔法。
礼節。
統治。
治水。
軍略。
戦術。
産業創出。
産業育成。
教師たちは代々受け継がれてきた知識を教え、学生たちは熱心に学んでいた。
しかし、その学校には長年解決できない問題も存在していた。
家格による差別。
派閥争い。
陰謀。
いじめ。
権力を誇示しようとする者。
平民や亜人を見下す者。
家柄だけを誇り、努力を怠る者。
将来領主となる者たちが、そのまま歪んだ価値観を持ち続ければ、地方でも同じ問題が繰り返される。
その報告は以前から王宮へ届いていた。
王宮大会議室。
マーガレットは王国騎士団の幹部たちを前に、一枚の資料を広げる。
「次の改革は貴族学校です。」
騎士団長アイクが静かに頷く。
「王都改革は十分な成果を上げました。」
「次は未来の領主たちですね。」
「はい。」
マーガレットは穏やかに答える。
「地方を本当に変えるには、領地を治める者が変わらなければなりません。」
その場には女性騎士アレクサンドも出席していた。
近年、衛兵学校や教導教師の育成でも大きな成果を上げている優秀な騎士である。
マーガレットは彼女へ視線を向けた。
「アレクサンド。」
「はい。」
「貴族学校改革の責任者をお願いします。」
アレクサンドは力強く一礼する。
「お任せください。」
それから数日間。
マーガレットとアレクサンド、王国騎士団、文官たちは新しい教育課程を何度も議論した。
剣術だけでは足りない。
魔法だけでも足りない。
領主とは民を育てる者である。
その考えを中心に、新しい教導課程が作られていく。
礼節。
行政。
農業。
商業。
物流。
産業育成。
教導。
そして、民を守る責任。
従来の授業も見直され、新しい教育理念が加えられていった。
会議の終盤。
マーガレットは静かに立ち上がる。
その表情は、これまでになく厳しかった。
「腐れ貴族の芽は、必ず摘みます。」
会議室が静まり返る。
「家格は関係ありません。」
「侯爵家でも。」
「伯爵家でも。」
「子爵家でも。」
「男爵家でも。」
「間違った考えを持つ者は正します。」
アレクサンドも真剣な表情で頷く。
マーガレットは一人ひとりの顔を見渡した。
「領主とは、民より偉い者ではありません。」
「民を守り、育て、豊かにする責任を負う者です。」
「その責任を理解できない者に、領地を任せるわけにはいきません。」
その言葉には、王都改革を成功させた王女としての強い決意が込められていた。
貴族学校改革。
それは、アルデバラン王国の未来を決める、新たな教導の始まりだった。
新しい教育課程がまとまると、マーガレットとアレクサンドは貴族学校を訪れた。
校長をはじめ、教師たちが会議室へ集まる。
長年この学校で教鞭を執ってきた教師ばかりだった。
マーガレットは完成した教導計画書を机へ広げる。
「本日より、貴族学校の教育を改革します。」
教師たちは真剣な表情で資料へ目を通す。
そこには従来の授業に加え、多くの新しい項目が並んでいた。
魔力循環。
魔力操作。
識字。
計算。
行政。
農業。
商業。
物流。
産業育成。
教導。
そして、民と共に生きるための統治学。
校長が感心したように頷く。
「統治だけではなく、産業や教育まで学ばせるのですね。」
「はい。」
マーガレットは静かに答えた。
「領主は命令するだけの存在ではありません。」
「民を育てる教師でもあります。」
「農業を知らずに農民を導くことはできません。」
「商業を知らずに商人を育てることもできません。」
「教育を知らずに国を発展させることもできません。」
教師たちは深く頷いた。
その考え方は、これまでの貴族教育とは大きく異なっていた。
続いてアレクサンドが立ち上がる。
王国騎士団の女性騎士として、多くの教導を経験してきた彼女の声は力強かった。
「もう一つ、大切なことがあります。」
会議室が静まり返る。
「家格を理由に威張る者。」
「平民や亜人を見下す者。」
「いじめを行う者。」
「陰謀や派閥争いを楽しむ者。」
「そのような行為は一切認めません。」
教師たちの表情が引き締まる。
アレクサンドは資料を閉じた。
「学校は人格を育てる場所です。」
「腐った考えを持つ者を放置すれば、その者は将来、多くの民を不幸にします。」
「だからこそ、ここで正さなければなりません。」
マーガレットもゆっくりと頷いた。
「腐れ貴族の芽は必ず摘みます。」
「家格は一切関係ありません。」
「間違った考えは教導によって正します。」
「教導を拒み、民を苦しめる道を選ぶのであれば、領主としての資格はありません。」
その言葉には一切の迷いがなかった。
王都改革を成功させ、多くの民を救ってきたマーガレットだからこそ語れる言葉だった。
校長は静かに立ち上がり、一礼する。
「理解いたしました。」
「本校も全力で協力いたします。」
教師たちも一斉に頭を下げる。
「よろしくお願いいたします。」
マーガレットは穏やかな表情に戻り、小さく微笑んだ。
「ありがとうございます。」
「未来の領主を育てるのは、皆さんです。」
「アルデバラン王国の未来を、共に築いていきましょう。」
教師たちは力強く頷いた。
こうして貴族学校は、剣や魔法だけではなく、人を育て、民を導く領主を育成する、新しい教育機関として歩み始めるのだった。
数日後。
新しい教導課程による授業が始まった。
王都貴族学校の講堂には、全学年の令息と令嬢が集められている。
壇上へ立つのはマーガレット。
その隣には女性騎士アレクサンド。
さらに王国騎士団の教官たちが整列していた。
講堂は静まり返る。
マーガレットはゆっくりと学生たちを見渡した。
侯爵家。
伯爵家。
子爵家。
男爵家。
家格も立場も様々な若者たちが並んでいる。
マーガレットは静かに口を開いた。
「皆さんは将来、領主や騎士団長、王国を支える重臣になる方々です。」
「だからこそ最初に伝えておきます。」
その声は穏やかだった。
しかし、講堂全体へ響き渡るほど力強かった。
「貴族とは、偉い人ではありません。」
学生たちは顔を上げる。
「民を守る責任を持つ人です。」
「民を育てる責任を持つ人です。」
「民を豊かにする責任を持つ人です。」
「その責任を果たして初めて、貴族と呼ばれる資格があります。」
講堂は静まり返っていた。
アレクサンドが一歩前へ出る。
「本日から教育方針が変わります。」
「家格による差別。」
「いじめ。」
「派閥争い。」
「陰謀。」
「身分を利用した威圧。」
「そのような行為は一切認めません。」
教官たちも真剣な表情で学生たちを見つめている。
「発見した場合は、直ちに教導を行います。」
「教導を拒否する者には、さらに厳しい指導を行います。」
その言葉に、一部の学生たちは表情を引き締めた。
これまで当然のように続いてきた校風が、大きく変わろうとしていることを理解したのである。
マーガレットは続ける。
「今日から皆さんには魔力循環と魔力操作を学んでもらいます。」
「これから六年間、一日たりとも止めてはいけません。」
学生たちは一斉に魔力循環を始める。
教官たちは講堂を歩き、一人ひとりへ教導していく。
魔力の流れ。
姿勢。
呼吸。
細かな点まで丁寧に修正していった。
授業は午後も続く。
識字。
計算。
行政。
農業。
物流。
商業。
産業育成。
従来の座学とは異なり、領地経営に必要な知識を体系的に学んでいく。
「領地は税を集めるだけの場所ではありません。」
マーガレットは黒板へ王国の地図を書いた。
「農業が育てば食料が増えます。」
「商業が育てば物流が増えます。」
「産業が育てば仕事が増えます。」
「教育が広がれば教師が育ちます。」
「教師が育てば、さらに多くの民が成長します。」
学生たちは熱心にノートを取っていた。
彼らにとって初めて聞く統治論だった。
マーガレットは最後に静かに言う。
「領主の仕事は支配ではありません。」
「人を育てることです。」
その言葉は講堂全体へ静かに響き渡った。
未来の領主たちは、新しい時代の統治を学び始めていた。
新しい教育課程が始まってから一か月。
貴族学校には、これまでとは違う空気が流れていた。
朝。
学生たちは登校すると、まず魔力循環と魔力操作を始める。
教室へ向かう間も。
授業中も。
休憩時間も。
魔力循環を止める者はいない。
教師たちも同じだった。
校内全体が学び続ける環境へと変わっていた。
午後。
マーガレットは校内を巡回する。
廊下では侯爵家の令息と男爵家の令息が並んで話し合っている。
中庭では伯爵家の令嬢と平民出身の教師が農業について議論していた。
以前なら考えられなかった光景である。
アレクサンドは静かに微笑んだ。
「身分ではなく、学びで人を見るようになってきました。」
マーガレットも頷く。
「良い変化です。」
そこへ一人の教師が報告へ来る。
「マーガレット様。」
「上級生同士で口論がありました。」
「内容は。」
「家格を理由に見下す発言です。」
マーガレットは表情を変えず教室へ向かった。
教室では数名の学生が立ったまま待っている。
マーガレットは静かに問い掛けた。
「何がありましたか。」
事情を聞き終えると、教室は静まり返った。
マーガレットは全員を見渡す。
「家格は、努力の代わりにはなりません。」
「領民は家格ではなく、領主の行動を見ています。」
「学ばない領主。」
「働かない領主。」
「民を見下す領主。」
「そのような者から、民の心は離れていきます。」
学生たちは俯いた。
マーガレットは続ける。
「皆さんは競い合う相手ではありません。」
「将来、それぞれの領地を支える仲間です。」
「互いに学び合い、助け合ってください。」
「それが王国全体の発展につながります。」
全員が静かに頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。」
マーガレットは穏やかな表情へ戻る。
「今回で終わりにしましょう。」
「次からは、その時間を学びに使ってください。」
「はい。」
学生たちは力強く返事をした。
教室を出たアレクサンドが小さく笑う。
「以前なら処分だけで終わっていました。」
マーガレットも微笑んだ。
「処分だけでは何も変わりません。」
「教導して理解してもらうことが大切です。」
その日の夕方。
マーガレットは自分を鑑定した。
教導スキル。
レベル10。
王都改革。
農業改革。
商業改革。
衛兵改革。
行政改革。
そして貴族学校改革。
積み重ねてきた教導が、一つの到達点へ達していた。
しかし、マーガレットは満足することなく校庭で学び続ける学生たちを見つめる。
「教導に終わりはありません。」
「人が成長する限り、教師も学び続けます。」
夕日に照らされた貴族学校には、未来の領主たちの真剣な声が響いていた。
アルデバラン王国の未来は、知識でも家格でもなく、学び続ける者たちの手によって築かれようとしていた。




