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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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34 貴族へ

アルゼ村での教導を終えた夕方だった。


アークの頭の中へ、聞き慣れた声が響く。


『アーク、聞こえるか。』


騎士団長アイクの念話だった。


「聞こえています。」


『至急、王都へ来てほしい。』


「何かありましたか。」


『詳しいことは陛下から直接お話しになる。』


『すぐに来てくれ。』


それだけ告げると念話は途切れた。


アークは首を傾げる。


「陛下が私に……。」


サーシャが近寄ってきた。


「先生、何かあったのですか。」


「騎士団長アイク殿から呼び出しだ。」


「理由は教えてもらえなかった。」


弟子たちも少し緊張した表情を浮かべる。


「すぐ戻る。」


「留守の間も、いつも通り教導を続けてほしい。」


「はい。」


弟子たちは迷うことなく頷いた。


もう細かな指示は必要ない。


誰がどこへ教導へ向かい、誰が狩りを担当し、誰が識字や計算を教えるのか。


それぞれが自分で判断できるようになっていた。


その姿を確認すると、アークは飛行魔法で王都へ向かった。


翌日。


王都へ到着すると、城門で騎士団長アイクが待っていた。


「待っていたぞ。」


「お久しぶりです。」


二人は軽く挨拶を交わす。


「急な呼び出しで申し訳ない。」


「いえ。」


「ですが、本当に何があったのですか。」


アイクは少し笑う。


「私から話すことではない。」


「陛下がお待ちだ。」


「謁見の間へ向かおう。」


二人は王城の廊下を歩き始めた。


王都の騎士たちは、アークの姿を見ると敬礼する。


それを見てアークは戸惑った。


「皆さん、どうされたのですか。」


アイクは苦笑した。


「王国騎士団七百名は、お前から直接教えを受けた。」


「今では全員がお前を教師として敬っている。」


「地方騎士団からも成果の報告が届いている。」


「その積み重ねが、今日の謁見につながった。」


それ以上は語らない。


やがて巨大な扉の前へ到着する。


衛兵が声高らかに告げた。


「アーク殿、ご到着。」


重厚な扉がゆっくりと開かれる。


謁見の間には国王を中心に、王妃、王太子、宰相、大臣たち、そして王国の有力貴族が並んでいた。


静まり返る広間の中央へ、アークは進み出る。


片膝をつき、頭を下げた。


国王が穏やかな声で告げる。


「面を上げよ、アーク。」


アークが顔を上げると、国王はまっすぐ見つめながら言葉を続けた。


「本日そなたを呼んだのは、一つの決定を伝えるためだ。」


その隣で宰相が一歩前へ進み、巻物を広げる。


「アーク殿。」


「国王陛下のご裁可により、貴殿へ侯爵位を授ける。」


その一言に、謁見の間は静まり返った。


しかし、驚いているのはアークだけだった。


居並ぶ貴族たちは誰一人として異議を唱えない。


アークは状況を理解できず、思わず聞き返した。


「……侯爵位、ですか。」


あまりにも突然の話に、頭の中が真っ白になる。


そんなアークを見て、宰相は穏やかに微笑んだ。


「これほどの功績であれば、本来は公爵位でも足りぬほどです。」


「だが、公爵位は王族に準ずる特別な爵位でもある。」


「協議の結果、まずは侯爵位を拝受していただくこととなった。」


「この決定に反対する貴族は一人もおりません。」


「貴殿は王国すべての領地へ利益をもたらしたのですから。」


アークは意味を理解できないまま、その言葉を聞いていた。




アークは言葉を失っていた。


侯爵位。


王国でも数えるほどしか存在しない大貴族である。


その爵位を、自分に授けるという。


「……私には、その資格があるとは思えません。」


静まり返った謁見の間で、アークは率直な思いを口にした。


「私は各地で教導を行っただけです。」


「村を豊かにしたのも、地方騎士団を育てたのも、実際に努力した皆さんです。」


「私一人の功績ではありません。」


その言葉を聞き、国王は静かに頷いた。


「その考え方こそ、そなたらしい。」


続いて宰相が口を開く。


「だからこそ、侯爵位を授けたいのです。」


「アーク殿。」


「貴殿は自ら領地を求めたことも、権力を望んだこともない。」


「教えた者たちが成果を上げれば、それを自分の功績とも言わぬ。」


「しかし、その成果を生み出したのは、紛れもなく貴殿の教導です。」


宰相は広間を見渡した。


「王国騎士団七百名は、貴殿の教導によって成長しました。」


「彼らは今、各領で地方騎士団を育てています。」


「地方騎士団もまた、新たな教師となり、教導を広げています。」


「王都へ届けられる報告には、各領で成果が上がっていることが記されております。」


「これは一つの領地だけの話ではありません。」


「王国全体の変革です。」


アークは静かに耳を傾ける。


宰相は言葉を続けた。


「侯爵位とは、多くの領地へ影響を与える者へ授けられる爵位でもあります。」


「貴殿は領地を持たずして、その役割を果たしました。」


「だからこそ、この爵位に最も相応しいのです。」


広間にいた貴族たちも一人ずつ頷いていた。


反対する者は誰もいない。


すると、一人の老侯爵が前へ進み出た。


「アーク殿。」


「我が領でも王国騎士団の教導を受けた騎士たちが活躍しております。」


「魔物被害は減り、領民も安心して暮らせるようになりました。」


「その恩恵を受けた一人として、私はこの叙爵に賛成いたします。」


続いて別の伯爵が口を開く。


「私も異論はありません。」


「王国中の貴族が利益を受けながら、反対する理由などありますまい。」


その言葉に、広間のあちこちから同意の声が上がる。


「賛成です。」


「異議ありません。」


「当然のご決定です。」


その様子を見ていた騎士団長アイクが苦笑した。


「私は伯爵位だ。」


「まさか一気に追い抜かれるとは思わなかった。」


冗談交じりの口調だったが、その表情には嬉しさが浮かんでいる。


アークは困ったように頭をかいた。


「本当に、何が何だか分かりません。」


その率直な言葉に、広間には穏やかな笑いが広がった。


国王も優しく微笑む。


「慌てるのも無理はない。」


「だが、これは余の独断ではない。」


「王国の重臣、そして貴族たち全員の総意である。」


その言葉を受け、アークは改めて広間を見渡した。


そこにあるのは嫉妬や反発ではなかった。


長年王国を支えてきた貴族たちの、まっすぐな信頼の眼差しだった。




広間を包んでいた静けさの中、アークはゆっくりと立ち上がった。


そして国王へ向かって深く頭を下げる。


「陛下。」


「皆様のお気持ちは、大変ありがたく思います。」


「ですが、私は貴族として相応しい者ではありません。」


その言葉に、貴族たちは静かに耳を傾ける。


アークは続けた。


「私は礼儀作法も知りません。」


「領地の治め方も知りません。」


「政治も外交も学んだことはありません。」


「侯爵など、とても務まるとは思えないのです。」


率直な言葉だった。


飾ることもなく、自分に足りないものをそのまま口にする。


すると宰相が穏やかに微笑んだ。


「その心配は無用です。」


「侯爵になったからといって、今日から領地を統治せよという話ではありません。」


「礼儀作法も行政も、必要であれば王家が全面的に支援いたします。」


「それも侯爵として迎える以上、当然の責務です。」


国王も頷いた。


「アークよ。」


「そなたは一人で王国を変えたわけではない。」


「人を育て、その人々が王国を変えていった。」


「余が評価しているのは、その力だ。」


アークは静かに国王を見つめる。


国王は続けた。


「剣で従わせる者は多い。」


「だが、人を育て、自ら動く者を増やせる者は極めて少ない。」


「その才は、王国にとって何ものにも代え難い。」


広間の貴族たちも深く頷いていた。


一人の伯爵が口を開く。


「アーク殿。」


「私は長年領地を預かってきました。」


「領民を豊かにする難しさも知っています。」


「だからこそ、貴殿の成し遂げたことがどれほど困難か理解できます。」


続いて侯爵も言葉を続けた。


「我々は何十年とかけても変えられなかったものを、貴殿は教導によって動かした。」


「その功績を爵位で表さなければ、王国は功ある者を正しく評価できぬ国になります。」


その言葉に、多くの貴族が同意した。


騎士団長アイクは腕を組みながら笑う。


「アーク。」


「貴族というのは威張るための身分じゃない。」


「責任を負う立場だ。」


「お前なら逃げないだろう。」


アークは苦笑した。


「逃げるつもりはありません。」


「ですが、本当に私でいいのでしょうか。」


アイクは即座に答えた。


「だから皆がここに集まっている。」


「誰か一人が決めた話なら、ここまで貴族は集まらん。」


広間を見渡す。


侯爵。


伯爵。


子爵。


男爵。


誰一人として反対の意思を示していない。


それどころか、皆が穏やかな表情でアークを見つめていた。


その光景を見たアークは、ようやく理解し始める。


この爵位は権力を与えるためではない。


王国中へ教導を広げ、多くの人々を育てたことへの信頼と感謝、その証として贈られようとしているのだ。


アークはもう一度、国王へ向き直った。


混乱はまだ消えていない。


それでも、この場に集う人々の真意だけは、少しずつ理解でき始めていた。




静かな空気が流れる謁見の間。


アークはゆっくりと息を吐いた。


そして国王へ向かって深く頭を下げる。


「陛下。」


「皆様のお気持ちは、確かに受け取りました。」


「ですが、一つだけお願いがあります。」


国王は穏やかに頷く。


「申してみよ。」


「私は今まで通り、村や町を巡り、人々へ教導を続けたいと思っています。」


「侯爵になったからといって、一つの領地へ留まり、机の前で政務だけを行うことは望みません。」


その言葉に、貴族たちは顔を見合わせた。


しかし、驚いた様子はない。


むしろ予想していたという表情だった。


宰相が静かに笑う。


「やはり、そのお願いでしたか。」


アークは思わず聞き返した。


「予想されていたのですか。」


「もちろんです。」


「貴殿が領地や権力を求める人物であれば、この場にいる誰も侯爵位を勧めてはおりません。」


広間に穏やかな笑いが広がる。


国王も笑みを浮かべた。


「安心せよ、アーク。」


「余も、そなたを王都へ縛るつもりはない。」


「これまで通り旅を続け、人を育てよ。」


「それこそが、そなたにしかできぬ役目なのだから。」


アークは驚いた表情を浮かべた。


「それでよろしいのですか。」


「もちろんだ。」


国王は力強く頷く。


「侯爵とは、必ずしも城へ留まる者ではない。」


「王国へ大きな功績をもたらした者へ授ける爵位でもある。」


「そなたは、これまでと同じように王国中を巡ればよい。」


宰相も続ける。


「爵位は旅を禁じるものではありません。」


「むしろ各領を巡るのであれば、侯爵という立場は大きな助けになるでしょう。」


「どの領地でも正式な賓客として迎えられます。」


「教導も、これまで以上に円滑になるはずです。」


その説明に、アークはようやく納得した。


侯爵位とは、自分を縛るためのものではない。


王国全体で教導を続けるための信用でもあるのだ。


騎士団長アイクが笑いながら肩を叩く。


「これで王都へ来ても、誰も旅人扱いはできなくなったな。」


「侯爵閣下。」


アークは苦笑する。


「その呼び方は慣れません。」


「そのうち慣れる。」


「私も昔はそうだった。」


伯爵であるアイクの言葉に、広間から笑いが漏れた。


重苦しかった空気はすっかり和らいでいる。


国王は玉座から立ち上がった。


「アーク。」


「これより、そなたをアルデバラン王国侯爵とする。」


「これまでと変わらず、人を育て、王国を導いてほしい。」


アークは静かに跪き、深く頭を下げた。


「謹んでお受けいたします。」


「これからも一人でも多くの人へ学びを伝え、王国の発展に力を尽くします。」


その言葉に、謁見の間へ大きな拍手が響いた。


王も、宰相も、貴族たちも、騎士団長アイクも。


誰もが新たな侯爵の誕生を祝福していた。


だが、アークの胸にあった思いは、爵位を得た喜びではない。


明日もまた、人を育てる旅を続けられる。


そのことこそが、彼にとって何より嬉しい褒賞だった。





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