↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/311

3 剣はいらない 

 盗賊十五人は両手を後ろで拘束され、アルゼ村の広場へ並ばされていた。


 ウォーターバインドは解かれていたが、縄でしっかりと縛られ、逃げ出せる状態ではない。


 村人たちは少し離れた場所から様子を見守っている。


 先ほどまで襲われる側だったとは思えないほど、村には落ち着きが戻っていた。


 アークは盗賊たちの前まで歩み寄る。


 穏やかな表情は変わらない。


 怒鳴ることも、威圧することもなかった。


「少し話を聞かせてください。」


 盗賊たちは互いの顔を見合わせた。


 頭目が唾を飲み込む。


「……何を聞く。」


「皆さんはどこを拠点に活動していますか。」


 短い沈黙が流れる。


「言うものか。」


 頭目は顔を背けた。


 アークは小さく頷く。


「分かりました。」


 それ以上、無理に問い詰めようとはしない。


 その態度が、かえって盗賊たちには不気味だった。


 怒りもない。


 憎しみもない。


 ただ事実を確認しようとしているだけ。


 それが余計に恐ろしい。


 一人の若い盗賊が恐る恐る口を開いた。


「……あんた、本当に戦わないのか。」


「私は教師です。」


 アークは静かに答えた。


「戦うのは弟子たちの役目です。」


 盗賊たちは言葉を失う。


 先ほど自分たちを制圧したのは、まだ十代の少年少女だった。


 しかも剣を抜くこともなく、水魔法と徒手戦闘だけで圧倒されたのである。


 頭目は思わずアークを見つめた。


(弟子であれだけ強い……。)


(なら、この男自身は……。)


 想像しただけで背筋が冷える。


 だが、その考えを口にすることはなかった。


 アークからは強者特有の威圧感が感じられない。


 それなのに、弟子たちは迷いなく動き、一切の無駄なく自分たちを制圧した。


 その事実だけで十分だった。


 やがて村の入口から馬の足音が聞こえてくる。


 アルデバラン王国の騎士団だった。


 五人の騎士が馬を降り、盗賊たちを見渡す。


「盗賊十五人で間違いありませんか。」


「はい。」


 サーシャが答える。


「武器もこちらにまとめています。」


 騎士隊長は驚いたように盗賊たちを見た。


 重傷者はいない。


 命を落とした者もいない。


 しかし、十五人とも抵抗する気力を失っていた。


「見事な捕縛です。」


 隊長は率直に感心した。


 縄を受け取り、部下へ指示を出す。


「連行する。」


 騎士たちは盗賊を一人ずつ立たせ、馬車へ乗せていく。


 頭目は最後にアークへ視線を向けた。


「……俺たちはどうなる。」


 隊長が代わりに答えた。


「盗賊は王国法に基づいて裁かれる。」


「村を襲い、略奪を目的としていた以上、死罪は免れないだろう。」


 盗賊たちは静かにうつむいた。


 言い返す者はいない。


 自分たちが積み重ねてきた罪を理解していたからだった。


 馬車がゆっくりと村を離れていく。


 その後ろ姿を見送りながら、アークは何も言わなかった。


 裁くのは王国の役目である。


 教師である自分が行うことではない。


 アークの役目は、人を育てること。


 そして、その教えを受けた者たちが、自らの力で村を守れるようになることだった。




 盗賊を騎士団へ引き渡した翌日。


 朝の道場には、いつものように教え子たちが集まっていた。


 昨日の実戦を終えたばかりだったが、誰一人として気の緩んだ様子はない。


 アークは道場の中央へ歩み出ると、穏やかな笑みを浮かべた。


「今日は反省会をしましょう。」


 教え子たちは静かに頷いた。


「まず、昨日の戦いですが、大きな怪我人を出さずに盗賊を捕縛できました。よく頑張りました。」


 その言葉に、教え子たちの表情が少し和らぐ。


 しかし、アークはすぐに続けた。


「戦いは勝てば終わりではありません。」


「次の戦いで同じ失敗をしないために振り返ります。」


 道場の空気が引き締まる。


 アークは木剣を一本手に取った。


「昨日、剣を使った人はいますか。」


「いません。」


 サーシャが答えた。


「そうですね。」


 アークは木剣を静かに床へ置く。


「皆さんに覚えていてほしいことがあります。」


「剣を振る前に状況を見なさい。」


 教え子たちは真剣な表情で耳を傾ける。


「相手は誰ですか。」


「何人いますか。」


「こちらの人数は。」


「周囲に村人はいますか。」


「捕まえられる相手ですか。」


「逃げる相手ですか。」


「話が通じる相手ですか。」


 一つひとつ確認するように問い掛ける。


「状況を見ずに武器を振るう人は、戦闘術を理解していません。」


 サーシャが手を挙げた。


「昨日の盗賊は、人間でした。」


「その通りです。」


 アークは頷く。


「人間には意志があります。」


「降伏することもあります。」


「逃げることもあります。」


「捕らえられることもあります。」


「だから昨日は、水魔法と関節技で制圧しました。」


 教え子たちは昨日の戦いを思い返す。


 崩しで体勢を失わせ、水魔法で拘束し、関節技で抵抗を封じた。


 最後まで剣を抜く必要はなかった。


「ですが。」


 アークは言葉を続ける。


「魔物には意志が通用しないことがあります。」


「話し掛けても襲ってくる魔物もいます。」


「村人を守るため、討伐しなければならない相手もいます。」


 道場は静まり返る。


「相手によって戦い方は変わります。」


「人間と魔物を同じように考えてはいけません。」


 今度は壁に立て掛けられた武器へ目を向けた。


 木剣。


 木槍。


 練習用の弓。


「剣も必要です。」


「槍も必要です。」


「弓も必要です。」


「武器が悪いわけではありません。」


「武器は道具です。」


「道具は状況に応じて使うものです。」


 アークは二人一組になるよう指示した。


「復習を始めます。」


 教え子たちは向かい合う。


「まず崩し。」


 相手を押し倒そうとはしない。


 重心をわずかに動かし、最も力の入りにくい姿勢へ導いていく。


 足の位置。


 腰の向き。


 肩の角度。


 小さな動きだけで相手の体勢は崩れていく。


「次は関節技。」


 手首を取り、肘を極める。


 肩の動きを止める。


 痛め付けるためではなく、抵抗できない状態を作るための技だった。


「そして水魔法。」


 教え子たちは魔力循環を始める。


 体内を巡る魔力が安定すると、水が静かに集まり始めた。


「魔力操作を乱さないこと。」


 アークの声が響く。


「ウォーターウィップ。」


 細くしなやかな水の鞭が現れる。


「ウォーターバインド。」


 水は縄のように変化し、相手役の腕と脚へ自然に巻き付いた。


 誰も力任せには動かない。


 崩し。


 拘束。


 関節技。


 それぞれが滑らかにつながっていく。


 一通り稽古を終えると、アークは再び木剣を手に取った。


「今日の題名は『剣はいらない』です。」


 教え子たちは木剣へ視線を向ける。


「これは剣を捨てるという意味ではありません。」


「剣に頼るな、という意味です。」


「状況を見て、最も良い方法を選ぶ。」


「それが戦闘術です。」


 アークは木剣を元の場所へ戻した。


「武器より先に考える。」


「考えた結果、剣が必要なら剣を使う。」


「槍が適しているなら槍を使う。」


「弓が最善なら弓を使う。」


「そして、武器が必要ないなら使わない。」


 教え子たちは深く頷いた。


 戦闘術とは、武器の強さを競う技ではない。


 相手を見極め、状況を判断し、命を守るために最善の手段を選ぶ技術である。


 その教えは、昨日の実戦を経て、教え子たちの中にさらに深く根付いていった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。