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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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2 最初の実戦

 アルゼ村へ続く街道を、一団の男たちが歩いていた。


 腰には剣や斧、棍棒を提げ、肩で風を切るように進む十五人の盗賊たちである。


「辺境の村だ。大した抵抗はないだろう。」


「食い物を奪って酒でも飲むか。」


「金になりそうな物も持って帰るぞ。」


 男たちは周囲を警戒する様子もなく笑い合っていた。


 この辺りの村は貧しい。


 自警団がいたとしても農民ばかりで、武器の扱いなど知れている。


 それが盗賊たちの認識だった。


 一方、アルゼ村では見張り台にいた青年が街道の先を見つめていた。


 木々の間を進む人影。


 その数を数えた青年は表情を引き締める。


「盗賊だ!」


 警鐘が村へ鳴り響いた。


 畑で働いていた農民たちは手を止める。


 家々では子供たちが建物の中へ入り、女性たちは戸締まりを始めた。


 荷車は道の端へ寄せられ、家畜は柵の内側へ移される。


 誰も慌てない。


 防衛の手順は、村に根付いていた。


 戦闘術道場にも知らせが届く。


 青年が道場へ駆け込んできた。


「先生。」


「盗賊十五人です。」


 アークは静かに頷いた。


「分かりました。」


 それだけ言うと、弟子たちへ視線を向ける。


「サーシャ。」


「はい。」


「任せます。」


「はい。」


 サーシャは仲間たちへ振り返った。


「迎撃します。」


 返事は短い。


「はい。」


 迷う者はいなかった。


 サーシャは九人の名を呼ぶ。


「リオン。」


「ミラ。」


「ガイル。」


「ノア。」


「セリナ。」


「フェルト。」


「カイン。」


「エマ。」


「リオネール。」


 呼ばれた九人が前へ出る。


 サーシャを加えて十人。


 少年も少女もいる。


 農民も木こりもいる。


 それぞれ本来の仕事を持つ村人だった。


 戦闘だけを生業とする者はいない。


 それでも盗賊への迎撃は、この十人が担う。


 アークは何も言わない。


 今日の稽古も。


 作戦も。


 指示も。


 すでに終えていた。


 戦いの場で教師が口を挟めば、生徒は教師を頼る。


 それでは自立できない。


 教える時間と、任せる時間。


 アークはその境界を決して曖昧にしなかった。


 十人は村の入口へ向かう。


 歩幅も呼吸も自然と揃っていく。


 広場へ着くと、サーシャが静かに口を開いた。


「始めます。」


 十人は目を閉じた。


 息を大きく吸い、ゆっくり吐く。


 胸へ。


 腹へ。


 背中へ。


 両腕へ。


 両脚へ。


 魔力が全身を巡り始める。


 魔力循環。


 毎朝欠かさず積み重ねてきた基礎鍛錬だった。


 焦りはない。


 恐怖もない。


 いつもの稽古と同じように魔力を巡らせ、体を整えていく。


 続いて魔力操作。


 巡る魔力を脚へ集める。


 腰へ流す。


 肩へ。


 腕へ。


 指先まで意識を巡らせる。


 筋肉だけに頼らない動きが体へ染み込んでいく。


 身体操作も同時に行う。


 重心を低く保ち、体重移動を確認する。


 一歩。


 また一歩。


 誰も無駄な力を使わない。


 畑仕事で鍛えた足腰。


 薪割りで培った体幹。


 日々の生活で身につけた動きを戦闘術へ結び付けていく。


 戦闘術は特別な才能ではない。


 生活そのものが鍛錬になる。


 アークはそう教えてきた。


 村人たちは家の窓や柵の内側から、その様子を見守っていた。


 静かな空気が流れる。


 迎え撃つ弟子たちも。


 見守る村人たちも。


 誰一人として声を荒らげない。


 防衛は日常の延長だった。


 アークは道場の前に立ち、教え子たちの背中を見つめる。


 表情は穏やかだった。


 信じているからではない。


 任せると決めているからだった。


 教師が育てるのは、戦える者ではない。


 自ら考え、自ら判断し、自ら責任を持って行動できる者である。


 教え子が教え子を育てる。


 その積み重ねが、やがて村を守り、町を守り、国を変えていく。


 それがアークの信じる教育だった。


 やがて街道の先から十五人の盗賊が姿を現した。


 獲物を探す獣のような笑みを浮かべながら歩いてくる。


 その前には、静かに構える十人の教え子。


 互いの距離が少しずつ縮まっていく。


 最初の実戦が、いま始まろうとしていた。




 街道の中央で、盗賊たちは足を止めた。


 村の入口に立っていたのは十人。


 剣も槍も持たず、静かに並んでいる。


 盗賊の頭目が鼻で笑った。


「何だ、あいつらは。」


「村のガキか?」


「武器も持たずに俺たちを止める気か。」


 後ろにいた盗賊たちも声を上げて笑う。


「捕まえて荷物持ちにでもするか。」


「一人くらい見せしめにしてやれ。」


 その言葉にも、サーシャたちの表情は変わらない。


 ゆっくりと歩き始める。


 呼吸は乱れない。


 魔力循環を続けながら、一歩ずつ距離を詰めていく。


 体内を巡る魔力は脚へ、腰へ、肩へと流れ、身体操作によって無駄なく全身へ行き渡っていた。


 盗賊との距離が三十歩ほどになった時、サーシャが静かに口を開く。


「始めます。」


 その一言だけだった。


 十人は一斉に右手を前へ向ける。


「ウォーターウィップ。」


 空中に十本の水の鞭が現れた。


 細くしなやかな鞭は蛇のようにうねりながら盗賊たちへ走る。


「なっ!」


 先頭の盗賊が剣を振る。


 しかし、水の鞭は刃を避けるように軌道を変え、その腕へ巻き付いた。


「ぐっ!」


 さらに脚へ。


 胴へ。


 瞬く間に体勢を崩される。


 別の盗賊は棍棒を振り上げようとした。


「ウォーターバインド。」


 リオンの魔法が放たれる。


 大量の水が盗賊の両腕へ絡み付き、そのまま縄のように締め上げた。


「動けねぇ!」


 抵抗しようと力を込める。


 水は形を変えながら締め付けを強めた。


「重ねます。」


 ミラが一歩前へ出る。


「ウォーターバインド。」


 二本目の拘束が重なる。


 両腕だけでなく胴体まで固定され、盗賊は膝をついた。


「まだ暴れます。」


 ガイルが冷静に告げる。


「ウォーターウィップ。」


 三本目の鞭が脚へ巻き付き、完全に動きを封じた。


 盗賊たちはようやく異変に気付く。


「魔法使いだ!」


「囲め!」


 五人ほどが一斉に走り出した。


 しかし、サーシャたちは慌てない。


 身体操作で重心を滑らかに移動させ、盗賊の突進をかわす。


 すれ違いざま、水の鞭が相手の足首へ巻き付く。


 引く。


 盗賊は勢いそのままに転倒した。


 起き上がるより早く、ウォーターバインドが両脚と両腕を拘束する。


「くそっ!」


 別の盗賊が斧を振り下ろす。


 ノアは半歩だけ横へ移動した。


 斧は空を切る。


 そのまま腕へ水の鞭を巻き付け、一気に引く。


 斧が手から離れ、地面へ落ちた。


 続けてウォーターバインド。


 武器を失った盗賊は何もできないまま拘束された。


 盗賊たちは次第に焦り始める。


「何なんだ、こいつら!」


「近付けねぇ!」


「水が絡み付いて離れねぇ!」


 それでも数人は力任せに拘束を引きちぎろうとする。


 サーシャは落ち着いた声で言った。


「抵抗が強い人は重ねます。」


「はい。」


 十人は慌てることなく魔法を重ねていく。


「ウォーターバインド。」


「ウォーターバインド。」


 二重。


 三重。


 拘束はさらに強くなり、盗賊たちは身動き一つ取れなくなっていった。


 まだ武器を構える者もいた。


 だが、その足元へ水の鞭が走る。


 体勢を崩したところへ拘束魔法が重なり、次々と地面へ倒されていく。


 戦場には剣を交える音は響かない。


 聞こえるのは、水が走る音と、盗賊たちの驚きの声だけだった。




 十五人いた盗賊は、次々と地面へ倒れていく。


 水の拘束を振りほどこうと暴れる者だけが、なお立ち上がろうとしていた。


「まだ抵抗します。」


 サーシャが静かに告げる。


「近接で制圧します。」


「はい。」


 十人は慌てることなく間合いを詰めた。


 身体操作で重心を低く保ち、盗賊の死角へ回り込む。


 水の拘束によって動きが鈍った相手に正面から力比べはしない。


 相手の動きに合わせ、最も力の入りにくい角度へ体を導いていく。


 一人の盗賊が腕を振り回した。


 リオンはその腕を流すように受ける。


 手首を取り、肘を支点にゆっくりとひねった。


「ぐあっ!」


 関節が極まり、盗賊は思わず膝をつく。


 その隙にウォーターバインドを重ね、完全に拘束した。


 別の盗賊は足を振りほどきながら突進してくる。


 ガイルは半歩だけ体を開き、その勢いを利用して背後へ回った。


 腕を首へ回し、静かに締め上げる。


「暴れないでください。」


 盗賊はなお抵抗を続けた。


 締め技は少しずつ圧力を強める。


 数秒後、全身から力が抜け、静かに意識を失った。


 ガイルはその体を支え、ゆっくりと地面へ寝かせる。


「次。」


 十人は息を乱さない。


 誰か一人が戦うのではなく、互いの位置を確認しながら連携していく。


 拘束魔法。


 関節技。


 締め技。


 必要以上の力は使わない。


 命を奪うこともない。


 相手が戦えなくなれば、それで十分だった。


 やがて最後の一人も締め技で意識を失う。


 静寂が訪れた。


 十五人の盗賊は全員が拘束され、地面へ横たわっている。


 十人の教え子は互いの顔を見渡した。


「怪我は?」


「ありません。」


「こちらも大丈夫です。」


 全員が自分の足で立っていた。


 サーシャは頷く。


「帰りましょう。」


 村人たちは広場からその様子を見守っていた。


 誰も歓声を上げない。


 誰も驚きの声を上げない。


 それは道場で何度も積み重ねられてきた教えが、実戦でも変わらず形になっただけだった。


 だから村人たちが安堵したのは、盗賊を倒したことではない。


 十人全員が無事に戻ってくる姿だった。


「全員無事だ。」


「ああ。」


「それでいい。」


 教え子たちは盗賊を縛ったまま道場へ戻る。


 アークはいつもの場所で待っていた。


 十人の姿を見渡し、一人ずつ怪我がないことを確認する。


 そして穏やかに微笑んだ。


「よくできました。」


 その一言に、教え子たちは嬉しそうに頭を下げた。


「ありがとうございます。」


 アークは静かに続ける。


「皆さんは盗賊に勝つために戦ったのではありません。」


「生きて帰るために戦いました。」


「それが戦闘術です。」


 教え子たちは力強く頷く。


 村人たちもまた、その言葉を静かに受け止めていた。


 この村では、戦うことが目的ではない。


 家族のもとへ帰ること。


 仲間とともに帰ること。


 そのために技を学び、そのために鍛錬を積み重ねる。


 「戦う目的は、生きて帰ること。」


 その教えは、アルゼ村の人々の中へ確かに根付いていた。





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