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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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22 立つという技術編①

翌朝。


王城の訓練場には七百人の騎士が整列していた。


昨日までとは空気が違う。


魔力循環を維持することが当たり前となり、誰一人として魔力を止めている者はいない。


アークは騎士たちをゆっくり見渡した。


「今日は剣を使いません。」


騎士たちは少し驚いた表情を見せる。


「戦闘もしません。」


さらにざわめきが広がる。


アークは静かに続けた。


「今日学ぶのは、立つという技術です。」


騎士団長が首を傾げた。


「立つ……ですか?」


「はい。」


「戦闘は立つところから始まります。」


アークは一歩前へ出た。


「では、私を押してください。」


騎士団長が遠慮がちに両手を伸ばす。


「遠慮はいりません。」


「本気でどうぞ。」


騎士団長は全身へ力を込め、アークを押した。


しかし、アークは一歩も動かない。


「なっ……。」


さらに力を込める。


それでも身体は揺らがなかった。


「次の方。」


今度は副団長。


中隊長。


屈強な騎士たちが次々と挑む。


誰一人としてアークを動かすことはできなかった。


「不思議でしょうか。」


アークは微笑む。


「私は力比べをしていません。」


「皆さんの力を受け流しているだけです。」


騎士たちは真剣な表情になる。


「まず姿勢です。」


アークは自然に立つ。


肩の力は抜けている。


膝も軽く緩んでいる。


重心は身体の中央へ収まっていた。


「力を入れて立つ必要はありません。」


「自然に立つこと。」


「それが最も安定します。」


騎士たちは一斉に同じ姿勢を取る。


しかし、身体が前後へ揺れる者が多い。


肩へ力が入り過ぎる者。


腰を反らせる者。


足へ均等に体重を乗せられない者。


アークは一人一人を見ながら修正していく。


「肩の力を抜いてください。」


「腰ではありません。」


「身体全体で支えます。」


騎士たちは何度も姿勢を直した。


ところが意外な結果が現れる。


「できました!」


若い騎士が安定した姿勢を取る。


続いて別の若手騎士。


さらに入団して数年ほどの騎士たちが次々と習得していく。


反対に、長年騎士として戦ってきたベテランたちは苦戦していた。


「どうしてだ……。」


騎士団長も思わず呟く。


「長年の癖です。」


アークは穏やかに答えた。


「今まで力で立ってきた人ほど、身体が覚えてしまっています。」


「だから修正に時間が掛かります。」


その説明にベテラン騎士たちは納得した。


長年積み重ねてきた経験が、今は逆に壁となっているのである。


一方で、若い騎士たちは素直に身体を預け、新しい立ち方を次々と吸収していった。


その中でも特に目立っていたのは女性騎士たちだった。


姿勢は美しく、重心も安定している。


「先生、これで合っていますか。」


一人の女性騎士が尋ねる。


アークは微笑んで頷いた。


「ええ、その感覚を忘れないでください。」


その言葉を聞いた女性騎士は、嬉しそうに小さく笑みを浮かべた。


その様子を見ていた他の女性騎士たちも、負けまいと真剣な表情で立ち方を繰り返し練習し始めるのだった。




午前の訓練は、そのまま立ち方の反復へ移った。


剣は持たない。


盾も持たない。


ただ立つ。


歩く。


止まる。


それだけを何度も繰り返す。


「次は足運びです。」


アークは一歩前へ踏み出した。


足音はほとんどしない。


重心が上下に揺れることもない。


滑るような自然な歩みだった。


「身体を前へ倒してはいけません。」


「後ろへ反る必要もありません。」


「重心は常に身体の中心です。」


騎士たちは一斉に歩き始める。


しかし、ほとんどの者は歩くたびに身体が上下へ揺れていた。


「止まってください。」


アークは一人の騎士の肩へ軽く手を添えた。


そのまま軽く押す。


騎士は簡単に体勢を崩した。


「立てているようで、立てていません。」


続いて別の騎士。


同じように軽く押されるだけでよろける。


「次。」


今度は先ほど正しい姿勢を身につけた若い女性騎士だった。


アークが同じように肩へ手を添え、軽く押す。


女性騎士は一歩も動かなかった。


「そのままです。」


「重心を崩さないでください。」


女性騎士は静かに頷く。


「はい。」


アークが力を少し強める。


それでも姿勢は崩れない。


周囲から感嘆の声が上がった。


「すごい……。」


「さっきまで初心者だったのに。」


女性騎士は照れたように笑う。


「先生に教えていただいた通りに立っているだけです。」


その言葉を聞き、他の女性騎士たちも真剣な表情になった。


「もう一度お願いします!」


「私もできるようになりたいです!」


アークは順番に姿勢を見ていく。


肩の位置。


腰。


膝。


つま先。


わずかな癖を修正するだけで、身体は驚くほど安定していった。


一方、ベテラン騎士たちは苦戦を続けていた。


「無意識に力が入る。」


「身体が前へ出てしまう。」


「止まろうとすると踏ん張ってしまう。」


長年の経験があるからこそ、身体が昔の動きを選んでしまうのである。


騎士団長は苦笑した。


「若い者たちの方が飲み込みが早いな。」


アークは頷いた。


「新しいことは、先入観が少ない方が覚えやすいものです。」


「ですが、ベテランには経験があります。」


「姿勢が身につけば、もっと強くなれます。」


その言葉に、ベテラン騎士たちの表情が引き締まる。


「もう一度だ!」


「まだ終われん!」


再び訓練が始まった。


その時だった。


一人の女性騎士の身体が淡い光に包まれる。


「覚醒だ!」


周囲がざわめく。


「索敵スキルです!」


鑑定すると、新たなスキルが刻まれていた。


それをきっかけに、あちこちで光が灯る。


「俺もだ!」


「鑑定スキルを覚えました!」


「教導スキルです!」


さらに別の騎士から歓声が上がる。


「風属性が覚醒しました!」


「土属性も!」


「光属性です!」


午後になる頃には、風、土、光、闇、火の属性へ次々と覚醒する騎士が現れ始めた。


騎士団長は驚きを隠せない。


「立つことを学ぶだけで、これほど覚醒するとは……。」


アークは静かに微笑んだ。


「身体の使い方を理解すると、魔力の流れも整います。」


「それが次の覚醒へ繋がるのです。」


特に女性騎士たちの覚醒者は目立って多かった。


訓練場のあちこちで、喜びの声が響き渡っていた。




午後の訓練が始まった。


七百人の騎士は、魔力循環を維持したまま訓練場へ整列する。


午前中に覚えた正しい姿勢。


重心。


足運び。


そのすべてを意識しながら歩き続ける。


「今日は最後に、倒れない立ち方を教えます。」


アークは騎士たちの前へ立った。


「戦場では攻撃より先に、体勢を崩されることがあります。」


「倒れれば、その瞬間に命を落とします。」


騎士たちの表情が引き締まる。


「だからこそ、簡単には倒れない身体を作ります。」


アークは騎士団長を前へ呼んだ。


「お願いします。」


騎士団長が自然な姿勢で立つ。


アークは肩へ軽く触れた。


次の瞬間、ほんのわずかに力を加える。


騎士団長は二歩ほど後ろへ下がった。


「もう一度。」


今度はアークが立つ。


「押してください。」


騎士団長は遠慮なく全力で押した。


しかし、アークは微動だにしない。


「何故だ……。」


騎士たちは息を呑む。


アークは静かに説明する。


「押される方向へ逆らっていません。」


「重心を崩さず、力を地面へ逃がしています。」


その言葉だけでは理解できない。


騎士たちは次々と組になり、互いを押し始めた。


「もっと肩の力を抜いてください。」


「膝を固めない。」


「足の裏全体で立ちます。」


アークは一組ずつ修正して回る。


最初は簡単に体勢を崩していた騎士たちも、少しずつ倒れにくくなっていく。


「できました!」


若い騎士が押されても動かなくなる。


「よし、その感覚です。」


続いて別の組。


さらに別の組。


午前中に姿勢を覚えた若手騎士たちは、午後になると目に見えて成長していた。


一方、ベテラン騎士たちは苦笑する。


「また身体に力が入ってしまう。」


「剣を握ってきた癖が抜けん。」


騎士団長も額の汗を拭った。


「これほど立つことが難しいとは思わなかった。」


アークは微笑む。


「立つことは、すべての技術の土台です。」


「土台が安定すれば、その上に積み重ねる技術も安定します。」


その時だった。


訓練場の一角が淡い光に包まれる。


「また覚醒だ!」


一人の若い女性騎士が驚いたように声を上げた。


「風属性です!」


続いて隣の女性騎士も光に包まれる。


「私は土属性!」


さらに別の場所でも光が灯る。


「光属性!」


「闇属性です!」


「火属性も覚醒しました!」


午後の訓練だけで、多くの騎士が新たな属性へ目覚めていく。


それだけではない。


「索敵スキルが上がりました!」


「教導スキルです!」


「鑑定スキルも覚醒しました!」


訓練場は歓声に包まれた。


騎士団長は驚きながら周囲を見回す。


「今日は特に女性騎士の覚醒が多いな。」


副団長も頷く。


「確かにそうですね。」


女性騎士たちは互いに喜び合いながらも、すぐに姿勢を整えて訓練へ戻っていく。


誰一人として浮かれる者はいない。


新しい力を得ても、それを使いこなせるようにならなければ意味がないことを理解していたからである。


アークは、その成長した姿を静かに見守っていた。




夕暮れ。


一日の訓練を終えた七百人の騎士は、王城の訓練場へ整列していた。


朝と比べると、その立ち姿はまるで別人だった。


肩の力が抜けている。


腰は自然に安定し、重心もぶれない。


ただ立っているだけなのに、一人ひとりから落ち着いた気配が伝わってくる。


アークはゆっくりと隊列の前を歩いた。


「今日は何を学びましたか。」


若い騎士が手を挙げる。


「立ち方です。」


「姿勢です。」


別の騎士が答える。


「足運びです。」


さらに女性騎士が続けた。


「重心です。」


アークは静かに首を振った。


「それも正解です。」


「ですが、一番学んだことは違います。」


七百人の視線が集まる。


「自分の身体を知ることです。」


訓練場は静まり返った。


「立つ。」


「歩く。」


「止まる。」


「これほど単純な動きでも、自分の身体を理解していなければできません。」


騎士たちは今日一日の訓練を思い返していた。


今まで何十年も当たり前だと思っていた立ち方。


それが実は力任せで、不安定だったことに気付かされたのである。


騎士団長が深く息を吐く。


「私は四十年近く剣を握ってきました。」


「ですが今日ほど、自分の身体について考えた日はありません。」


アークは微笑んだ。


「強い人ほど基本を見直します。」


「基本が変われば、その上に積み重ねる技術も変わります。」


その時だった。


訓練場のあちこちで、再び淡い光が灯り始めた。


「また覚醒だ!」


一人の騎士が声を上げる。


「教導スキルが上がりました!」


「索敵スキルです!」


「鑑定スキルも覚醒しました!」


さらに光は広がる。


「風属性!」


「火属性です!」


「闇属性!」


「光属性!」


「土属性も覚醒しました!」


一日に何度も訪れる覚醒に、騎士たちは驚きながらも歓声を上げた。


騎士団長は集計を担当する騎士から報告を受ける。


「本日の覚醒者は、教導、索敵、鑑定を合わせて二百名を超えています。」


「属性魔法の新規覚醒者も百名以上です。」


「特に女性騎士の覚醒率が非常に高くなっています。」


騎士団長は女性騎士たちへ視線を向けた。


誰もが真剣な眼差しでアークの話を聞いている。


新しいことを一つでも吸収しようという熱意が、その表情から伝わってきた。


副団長が小さく笑う。


「女性たちは先生のお話を聞く時、本当に目が輝いていますね。」


騎士団長も苦笑した。


「恋心というものは、人をここまで努力させるのかもしれんな。」


女性騎士たちは顔を赤くしながらも否定はしなかった。


むしろ照れたように笑い合い、再び姿勢を正す。


その向上心は、誰よりも強かった。


アークはそんな様子を見ても特別なことは言わない。


誰が早く覚えるかではない。


誰が長く学び続けるかが大切だと知っているからである。


「今日の訓練は終わりです。」


「明日からは、この立ち方を基礎として、新しい技術を学びます。」


「焦る必要はありません。」


「基本を積み重ねれば、必ず強くなります。」


七百人の騎士は一斉に敬礼した。


「ありがとうございました!」


その声は朝よりも力強く、よく揃っていた。


この日、王国騎士団は「立つ」という最も基本的な技術を身につけた。


そしてその積み重ねは、やがて戦場だけではなく、人を育てる教師としての成長にも繋がっていくのであった。





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