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戦わずに世界を変えた男――教育と物流で“循環国家”を作ったら、いつの間にか大陸が一つになっていた  作者: 慈架太子


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14 騎士団の反発

翌朝。


王城の訓練場には、すでに数百人の騎士たちが集まっていた。


剣を打ち合わせる乾いた音。


号令に合わせて動く足音。


整然と並ぶ鎧姿は、王国最精鋭と呼ばれる騎士団にふさわしい威容だった。


その訓練場へ、一人の青年が近衛騎士に案内されて歩いてくる。


アークだった。


腰には剣がない。


槍も弓も持っていない。


あるのは動きやすい旅装束だけだった。


「本当にあの人なのか。」


「あれが王命で呼ばれた教師?」


騎士たちの間で小さなざわめきが起こる。


「若すぎる。」


「俺と年齢は変わらんぞ。」


「どう見ても騎士には見えない。」


訓練場の中央では、騎士団長が一歩前へ進み出た。


「整列!」


低く力強い号令が響く。


数百人の騎士たちは一斉に整列し、私語が止まる。


騎士団長はアークを隣へ招いた。


「諸君。本日より王命により、戦闘術教導役として着任されるアーク殿だ。」


視線が一斉に集まる。


アークは静かに一礼した。


「アークです。本日よりよろしくお願いいたします。」


短い挨拶だった。


その直後だった。


一人の騎士隊長が前へ進み出る。


「騎士団長。」


「申せ。」


「失礼ながら、お聞きしたいことがあります。」


「構わん。」


隊長はアークを真っ直ぐ見つめた。


「この方は、本当に戦闘術を教えられるのでしょうか。」


空気が張り詰める。


「我々は幼い頃から剣術を学び、騎士として鍛えられてきました。」


「剣を使わない戦闘など聞いたことがありません。」


その言葉に、周囲の騎士たちも頷く。


「その通りだ。」


「騎士とは剣だ。」


「剣を捨てて何を教える。」


別の幹部も口を開いた。


「聞けば辺境の農村で教師をしていたとか。」


「農民へ教える技術と、騎士へ教える技術は別物でしょう。」


「我々は魔物とも盗賊とも戦ってきました。」


「農民の師範に何が分かるというのですか。」


否定的な声は一つでは終わらなかった。


「王命でなければ納得できません。」


「実績があるというなら見せていただきたい。」


「言葉だけでは信用できません。」


一般の騎士たちも小さく頷いている。


誰もが同じ疑問を抱いていた。


辺境の無名な教師。


しかも剣を持たない男。


その人物が王国最精鋭の騎士団を指導する。


受け入れられる話ではなかった。


騎士団長が制止しようと口を開きかける。


しかし、その前にアークが一歩前へ出た。


「皆さんのお気持ちは理解できます。」


穏やかな声だった。


怒りもなければ、不満もない。


「私が皆さんの立場でも、同じ疑問を持つでしょう。」


その言葉に、騎士たちは少し意外そうな表情を浮かべた。


反論してくると思っていたからだ。


だが、アークは首を横に振る。


「ですから、私から反論するつもりはありません。」


騎士たちは互いに顔を見合わせる。


「実際に見てもらえば分かります。」


その一言だけを残し、アークは静かに訓練場の中央へ歩き出した。


騎士団長もその意図を察したように頷く。


「訓練用の木人を用意しろ。」


「はっ!」


近くにいた騎士たちが動き出す。


重い木製の訓練人形が次々と運び込まれ、訓練場へ十体並べられた。


騎士たちは腕を組みながら、その様子を見守る。


「木人相手に何をする気だ。」


「剣も持たずに。」


「魔法使いなのか?」


ざわめきは収まらない。


アークは十体の木人を静かに見渡した。


そして深く息を吸う。


「これからお見せするのは、私が教えている捕縛術と拘束術です。」


その言葉に、訓練場は再び静まり返った。




訓練場は静まり返っていた。


数百人の騎士たちが、中央へ立つアークを見つめている。


その視線には、まだ疑念が残っていた。


剣を持たない戦い。


農村の教師。


その二つだけで、騎士たちは実力を判断していた。


アークは並べられた木人へ視線を向ける。


「まずは一対一を想定した捕縛術です。」


右手を静かに前へ差し出した。


「ウォーターウィップ。」


その一言とともに、空気中の水分が一筋の水流となり、細長い鞭へと姿を変える。


「速い……。」


「詠唱がない。」


騎士団の魔法使いたちが目を見開く。


水の鞭は一直線に木人へ伸び、その右腕へ巻き付いた。


アークが軽く手首を返す。


水の鞭は生き物のように木人の身体を滑り、腕から肩、胴体へと絡み付いていく。


あっという間に木人は身動きが取れなくなった。


「攻撃していない。」


「最初から捕まえるための魔法か。」


「これなら尋問にも使える。」


騎士たちの間から感心した声が漏れる。


アークは魔法を解除した。


拘束していた水は崩れ落ち、地面へ染み込むように消えていく。


続いて二体目の木人へ向き直る。


「次は拘束術です。」


右手を軽く上げる。


「ウォーターバインド。」


木人の足元から水流が噴き上がった。


数本の水流が蛇のように絡み付き、両腕、胴体、両脚を一瞬で拘束する。


木人は立ったまま完全に動きを封じられた。


「これも傷一つ付けていない。」


「剣では真似できない。」


「相手を生け捕りにできる。」


先ほどまで否定的だった騎士たちの表情に、驚きが混じり始める。


しかし、一人の大隊長が腕を組んだまま口を開いた。


「確かに見事な技だ。」


「だが、それは一対一だから通用する。」


訓練場が再び静かになる。


「戦場では敵は何十人と押し寄せる。」


「盗賊団も魔物の群れも、一体ずつ相手にしてくれるほど甘くはない。」


「多勢を相手にしてこそ、騎士団の戦闘術だ。」


他の幹部たちも頷いた。


「一人を捕らえても意味はない。」


「同時に制圧できなければ戦場では使えん。」


誰もが、その一点を疑問に思っていた。


アークは反論しなかった。


「おっしゃる通りです。」


静かに頷くだけだった。


「では、その様子もご覧いただきます。」


騎士団長がすぐに命じる。


「木人を追加しろ。」


「はっ!」


騎士たちが訓練用の木人を運び込み、二十体の木人が整然と二列に並べられた。


「二十体……。」


「まさか全て拘束する気か。」


「一体ずつでは到底間に合わんぞ。」


ざわめきが広がる。


アークは二十体の木人を見渡した。


右手を静かに前へ向ける。


「バインドバレット。」


次の瞬間だった。


右手の前に漆黒の弾丸が次々と現れる。


一発。


五発。


十発。


二十発。


なおも増え続け、漆黒の弾丸は訓練場の上空へ整然と並んだ。


一つとして揺らぐことはない。


「なんという数だ……。」


「同時にあれだけ維持しているのか。」


「王宮魔法隊でも見たことがない。」


魔法使いたちが息を呑む。


アークは右手を軽く振った。


その瞬間、二十を超える闇の弾丸が一斉に射出される。


弓矢を上回る速度で木人へ襲い掛かり、一体につき一発ずつ寸分違わず命中した。


着弾した瞬間、弾丸は闇の帯へと変化する。


腕を拘束し、脚を絡め取り、胴体を締め上げる。


二十体の木人は、一体残らずその場で完全に拘束された。


訓練場は水を打ったような静けさに包まれる。


先ほどまで「剣を使わない戦闘などあり得ない」と口にしていた幹部たちは、目の前の光景から目を離すことができなかった。




訓練場を包む空気が変わっていた。


先ほどまで聞こえていたざわめきは消え、数百人の騎士たちは二十体の木人を見つめたまま言葉を失っている。


闇の拘束は一切乱れることなく木人を締め上げていた。


腕。


胴体。


脚。


それぞれを的確に拘束し、一体たりとも動くことはできない。


「……。」


誰も口を開かなかった。


最初に沈黙を破ったのは、先ほどまで反発していた大隊長だった。


「二十体……。」


思わず漏れた言葉だった。


「これほど正確に同時制御するとは。」


隣にいた魔法隊長も信じられない表情で頷く。


「しかも一発も外していない。」


「命中精度がおかしい。」


「これだけの数を同時に制御すれば、普通は狙いが散る。」


「しかし、一切ぶれていない。」


騎士団長も拘束された木人を見回した。


「見事だ。」


短い一言だった。


しかし、その声には素直な感嘆が込められていた。


アークは右手を軽く下ろす。


すると、木人を拘束していた闇は霧が晴れるように消え去った。


木人は何事もなかったかのように元の姿へ戻る。


傷一つない。


大隊長が近付き、木人を調べ始めた。


胴体を叩く。


腕を持ち上げる。


脚を確認する。


やがて振り返った。


「傷がない……。」


別の幹部も木人へ近付く。


「斬撃の跡もない。」


「打撃による破損もない。」


「完全に拘束しただけか。」


アークは静かに頷いた。


「捕縛を目的とした魔法です。」


「敵を倒すことより、動きを封じることを優先しています。」


一人の若い騎士が思わず手を挙げた。


「質問してもよろしいでしょうか。」


「どうぞ。」


「人間相手でも同じように拘束できるのですか。」


「可能です。」


迷いのない返答だった。


「盗賊でも。」


「可能です。」


「魔物でも。」


「可能です。」


訓練場に再びざわめきが広がる。


「大型の魔物でもですか。」


「相手の力量にもよりますが、多くの魔物には有効です。」


「複数同時でも。」


「可能です。」


アークは淡々と答える。


誇る様子も、自慢する様子もない。


ただ事実だけを述べていた。


「私が教えるのは、敵を倒すためだけの技術ではありません。」


騎士たちは静かに耳を傾ける。


「護衛対象を守る。」


「犯罪者を生け捕りにする。」


「暴徒を鎮圧する。」


「味方を危険へ近付けない。」


「それらも騎士に求められる役目です。」


その言葉に幹部たちは互いに顔を見合わせた。


確かにその通りだった。


これまで騎士団は、剣で敵を倒す訓練ばかり積んできた。


捕らえる技術は縄や盾で押さえ込む程度であり、魔法を戦術として組み込んだことはほとんどない。


アークは続ける。


「例えば盗賊団を討伐する場合。」


「剣で斬り込めば、こちらにも負傷者が出る可能性があります。」


騎士たちは頷く。


それは日常茶飯事だった。


「しかし、先に拘束できればどうでしょう。」


誰も答えない。


「相手は反撃できません。」


「逃走もできません。」


「その間に安全に武装解除できます。」


騎士団長が腕を組み、小さく頷いた。


「なるほど。」


「戦うことではなく、戦わせないという考え方か。」


アークは微笑んだ。


「はい。」


「それが私の戦闘術です。」


その一言は、訓練場にいた数百人の騎士たちの胸へ静かに刻まれていった。




アークの言葉が終わると、訓練場には再び静寂が訪れた。


数百人の騎士たちは、それぞれ拘束された木人を見つめている。


誰もが考えていた。


剣で斬る。


槍で突く。


盾で押し返す。


それが戦いだと信じてきた。


しかし、目の前で見せられた戦闘術は、その常識を覆していた。


傷を負わせず。


味方も危険にさらさず。


敵だけを無力化する。


そんな戦い方を、彼らは一度も見たことがなかった。


最初に口を開いたのは、反発していた大隊長だった。


「……アーク殿。」


「はい。」


「先ほどは失礼な言葉を申しました。」


そう言って深く頭を下げた。


訓練場がざわつく。


騎士団の大隊長が、自ら頭を下げたのである。


「我々は剣だけが騎士の戦いだと思い込んでいました。」


「ですが、それは視野が狭かった。」


「この技術は、多くの騎士の命を救います。」


アークは静かに首を横へ振る。


「お気になさらないでください。」


「知らない技術を疑うことは当然です。」


その穏やかな返答に、大隊長はさらに恐縮した表情を見せた。


騎士団長が一歩前へ出る。


「諸君。」


低く響く声に、全員が姿勢を正す。


「今の実演を見て、なお異論がある者はいるか。」


訓練場は静まり返る。


先ほどまで反発していた幹部たちも口を開かない。


やがて、一人の中隊長が前へ出た。


「異論ありません。」


その言葉をきっかけに、次々と声が上がる。


「私もありません。」


「ぜひ教えていただきたい。」


「これほどの技術を学ばぬ理由がありません。」


訓練場の空気は完全に変わっていた。


騎士団長は満足そうに頷く。


「よろしい。」


そしてアークへ向き直った。


「改めてお願いしたい。」


「騎士団へ、その戦闘術をご教導いただけないだろうか。」


アークは穏やかに微笑む。


「もちろんです。」


「ですが、一つだけお願いがあります。」


「何でしょう。」


「今までの剣術を捨てる必要はありません。」


その言葉に騎士たちは顔を上げた。


「剣術は騎士の大切な技術です。」


「私が教えるのは、それを否定するものではありません。」


「捕縛術と拘束術を加えることで、皆さんの選択肢を増やしたいのです。」


騎士団長は深く頷いた。


「なるほど。」


「剣か魔法かではない。」


「剣も魔法も使いこなせということか。」


「はい。」


アークは答える。


「状況によって最適な方法は変わります。」


「敵を討つべき場面もあります。」


「捕らえるべき場面もあります。」


「守ることを優先すべき場面もあります。」


「その時々で最善の選択ができる騎士になっていただきたいのです。」


騎士たちは真剣な表情で聞き入っていた。


騎士団長は高らかに宣言する。


「明日より、アーク殿による特別教導を開始する。」


「対象は騎士団全員。」


「幹部も例外なく参加せよ。」


「はっ!」


数百人の騎士たちの返事が訓練場へ響き渡る。


その声には、先ほどまでの反発はなかった。


あるのは、新しい力を学ぼうという期待だけだった。


アークは整列する騎士たちを静かに見渡す。


これから始まるのは、剣を否定する改革ではない。


騎士たちが生きて帰るための、新しい戦闘術の教導である。


その日、王国騎士団は初めて「倒すためだけではない戦い方」への第一歩を踏み出した。


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