第52話 お弁当を届けに行ったら、知らない女の子が、家にいたんだけど
私、瑠花の朝は早い。
毎朝、五時に起きて、蓮くんのお弁当を作る。
今日も蓮くんの大好きな卵焼きを巻いた。
綺麗な黄色に焼けた。
……うん。今日も、上手にできた。
瑠花は満足した。
お弁当を保冷バッグに詰める。
いつも通り、蓮くんの、家のドアの前に置いてくる。
……今日は、ちょっと、早く起きすぎたな。
……まだ、寝てるかな。
でも、瑠花は知っていた。
蓮くんが、最近、忙しいことを。
Nullとかいう、こわい組織に名指しされて。
配信で大きなモンスターと戦って。
……心配だな。
瑠花は、配信を毎日見ている。
毎日。
欠かさず。
……でも、それは、秘密。
……コメントも、たまにするけど。
……それも、秘密。
瑠花は、ちょっと、頬を赤くした。
◆ ◆ ◆
蓮くんの家の前に着いた。
いつも通り、ドアの前にお弁当を置こうとした。
……あれ。
珍しく、ドアがちょっと開いていた。
……鍵、閉め忘れたのかな。
……もう。蓮くん、不用心だな。
Nullに、狙われてるのに。
瑠花は、ちょっと、心配になった。
……一応、一声かけておこう。
「蓮くん、おはようございます。お弁当置いておきますね」
瑠花は、ドアを少し開けて、声をかけた。
返事がなかった。
……まだ、寝てるのかな。
瑠花は、ちょっとだけ、中を覗いた。
そして。
固まった。
リビングに。
女の子がいた。
長い金色の髪。
小柄な体。
ぶかぶかのTシャツ。
その子が、床を雑巾で拭いていた。
なんだか、すごく真剣な顔で。
……え。
……誰?
◆ ◆ ◆
「あ」
女の子が、瑠花に、気づいた。
ぴしり、と、立ち上がった。
雑巾を、片手に、持ったまま。
すごく、丁寧な、お辞儀をした。
「おはようございます、で、あります」
「……お、おはよう、ございます」
瑠花は、混乱しながら、頭を下げた。
……であります? 変な口調……
……誰、この子?
「あの」
瑠花は、おそるおそる、聞いた。
「蓮くんの、お知り合いですか?」
「はい。居候で、あります」
「い、居候」
「はい。昨日から、こちらに、住んでおります」
「…………」
瑠花の、笑顔が、止まった。
……住んでる。
……昨日から。
……女の子が。
……蓮くんの、家に。
瑠花の、頭の中が、真っ白になった。
……いや、笑え、わたし。
……笑顔、笑顔。
「そ、そうなんですね。居候。へえ」
「はい」
「えっと、お名前は」
「ステラ、と、申します」
「ステラ、ちゃん」
「はい」
瑠花は、ステラを、じっと、見た。
……どこかで、見たことあるような。
……金髪。横に大きな鎌。あ。
……配信で見た、Nullの女の子だ。
瑠花は思い出した。
一昨日の配信で、蓮くんと戦った仮面の女の子。
仮面を取ったら、すごく、可愛い子だった。
コメント欄が爆発していた。
……あの子だ。
……敵の、はずでは。
……なんで、家に。
……しかも、掃除。
◆ ◆ ◆
「ステラちゃん、その、敵じゃ」
「元、敵で、あります」
「元?」
「はい。組織を抜けました。蓮さんに、保護していただいております」
「……蓮さんに」
「はい」
「蓮さんが、保護」
「はい。即答で、許可くださいました」
「…………」
瑠花は、また、固まった。
……蓮くん。
……女の子を、家に住まわせるの。
……即答で。
……わたしには、お弁当を、受け取るだけ、なのに。
瑠花の胸が、ちくり、とした。
でも、顔は、笑っていた。
ちゃんと、笑っていた。
たぶん。
「あれ? るかさーん?」
奥から、蓮くんの、声がした。
寝起きの声。
「あ、瑠花さんだ。おはよう」
蓮くんがのそのそ布団から出てきた。
寝癖がついていた。
「おはよう、ございます、蓮くん」
「お、お弁当、ありがと」
「はい。あの」
「うん?」
「この子は」
「あー、ステラ。昨日から、うちにいる」
「……うちに」
「うん。うち以外行く所、ないって言うから」
「……そうなんですね」
「ステラ、卵焼き好きなんだって」
「……卵焼き」
「うん。瑠花さんの、卵焼き、食べて、感動してたよ」
「……っ」
瑠花は、ステラを見た。
ステラが、こくり、と、頷いた。
「ものすごく、おいしかった、で、あります。あんなに、おいしい卵焼き、初めてでした」
「…………」
瑠花の、胸の、ちくり、が。
ちょっとだけ、和らいだ。
……わたしの、卵焼きで、感動。
……そっか。
……それは。
……ちょっと、嬉しい。
でも、すぐにまた、ちくり、と、した。
……いや。
……でも。
……毎朝、わたしが作ってる卵焼きを。
……この子は、蓮くんの家で、毎日、食べることになるの?
……わたしより、近くで。
瑠花の笑顔が、また、ちょっと固まった。
◆ ◆ ◆
蓮くんが、お弁当を開けた。
「お、今日も、卵焼き綺麗だ」
「えへ、ありがとうございます」
「ステラ、一緒に食べる?」
「はい。いただきます、で、あります」
二人が、テーブルに着いた。
瑠花は、それを見ていた。
……朝ごはんを。
……二人で。
……仲良く。
瑠花の胸がまた、ちくり、とした。
……いいな。
……わたしも混ざりたいな。
でも、言えなかった。
……私はお弁当、届けに来ただけ、だし。
……毎朝、すぐ帰ってるし。
……今日も、帰らなきゃ。
「じゃあ、わたし、これで」
「あ、瑠花さんも、食べてけば?」
「え」
「卵焼き、いっぱいあるし」
「……いいん、ですか」
「うん。瑠花さんが、作ったやつだし」
瑠花の、顔が、ぱあっ、と、明るく、なった。
……いいの。
……一緒に、食べていいの!?
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」
瑠花は、いそいそ、と、座った。
蓮くんの隣に。
ステラの向かいに。
三人で、朝ごはんを食べた。
卵焼きを、食べながら。
瑠花は、ちょっと、幸せだった。
……朝ごはん、一緒に食べるの。
……はじめて、かも。
ちくり、は、まだ、あったけど。
今は、ちょっとだけ、忘れた。
◆ ◆ ◆
朝ごはんのあと。
ステラが、皿を片付け始めた。
「ステラちゃん、お皿、洗うの?」
「はい。家事を手伝う約束、であります」
「えらいね」
「いえ。対価、で、あります。住まわせていただく対価」
「……まじめだね」
「まじめさは、私の、唯一の取り柄、で、あります」
ステラが、ぴしり、と、言った。
でも、皿を持つ手つきが、ちょっと、危なっかしかった。
……あ。
……落としそう。
「ステラちゃん、貸して。一緒に、やろう」
「え、いえ、瑠花殿に、やらせる、わけには」
「いいの。わたし、洗うの、好きだから」
「……瑠花殿」
「うん」
瑠花とステラは、並んで、皿を洗った。
瑠花が洗って。
ステラが拭く。
……なんか。
……この子、悪い子じゃ、ないかも。
瑠花は思った。
まじめで。
不器用で。
卵焼きで感動して。
……ちょっと、可愛い。
……でも。
……蓮くんの、家に住んでる。
……それは、やっぱり。
……ちょっと、ずるいな。
瑠花は、皿を洗いながら、ちらっ、と、蓮くんを見た。
蓮くんは布団の上でごろごろしていた。
……のんき、だなあ。
……女の子、二人家にいるのに。
……ぜんぜん、意識、してない。
瑠花は、ちょっとため息をついた。
◆ ◆ ◆
皿を洗い終わった。
瑠花は、ふと、思った。
……今日こそ、言おう。
……ずっと、言おうと、思ってた、こと。
お弁当を作るだけじゃなくて。
配信を見るだけじゃなくて。
……ちゃんと、二人で出かけたい。
瑠花は、勇気を出した。
ぎゅっ、と、手を、握った。
「あ、あの、蓮くん」
「うん?」
「今度、その」
「うん」
「……二人で、出かけませんか」
「いいよ」
「……っ、ほんと、ですか」
「うん。どこ行く?」
瑠花の顔が、ぱあっ、と輝いた。
……言えた。
……しかも、即答で、いいって。
……二人で。
……デートだ。
瑠花の心臓が、どきどき、した。
「えっと、水族館とか、どうですか」
「いいね。魚、好き」
「あ、じゃあ」
「ステラも、水族館、好き?」
「…………え」
瑠花の、笑顔が、止まった。
……え。
「ステラ、魚、見たことある?」
「いえ。ダンジョンの、魚しか」
「じゃあ、本物の、魚、見に行こう」
「……行って、いいので、ありますか」
「うん。瑠花さんもいいよね?」
「…………」
瑠花は、固まった。
……二人で、って、言ったのに。
……なんで。
……三人に、なってるの。
でも。
蓮くんは、にこにこしている。
ステラは嬉しそうにしていた。
……言えない。
……「二人がいい」なんて、言えない。
瑠花は、ぐっ、と、こらえた。
そして、笑った。
ちゃんと、笑った。
「……うん。三人で、行きましょう」
「やった。ステラ、よかったね」
「はい! 水族館、楽しみ、であります」
ステラが、ぴょこ、と、嬉しそうに、頭を下げた。
……可愛い。
……でも。
……二人が、よかった。
瑠花は、心の中で、ちょっとだけ、泣いた。
◆ ◆ ◆
瑠花さんが、帰ったあと、ノアが、肩の上に戻ってきた。
『……マスター』
「うん?」
『瑠花さん、先ほど、ちょっと、しょんぼりしてましたよ』
「え、そう?」
『はい。二人で、って、言ってたのに、三人に、なったから』
「あー」
「でも、三人の方が、楽しいじゃん」
『……マスターは、そうでしょうね』
「うん」
『瑠花さんは、たぶん、違います』
「?」
『……いえ。なんでも』
ノアが、ため息をついた。
俺は、よく、わからなかった。
……瑠花さん、水族館、嫌だったのかな。
……魚、苦手、とか?
……今度、聞いてみよう。
俺は、ぼんやり、そう思った。
◆ ◆ ◆
その夜。
瑠花は、自分の部屋で。
スマホを見ていた。
蓮くんの配信のアーカイブ。
昨日の、ステラとの戦いの回。
……この子だったんだ。
……家にいる、ステラちゃん。
瑠花はコメント欄を、見た。
自分が、書いたコメントが、あった。
『ルカたん:かわい……敵、ですよね……敵、ですよね……?』
……ふふ。
……あの時は、敵だと、思ってたのに。
……今は、一緒にお皿洗ってる。
瑠花は、ちょっと、笑った。
それから、新しいコメントを、打とうとして。
やめた。
……今日は、いいや。
……明日、また。
瑠花は、スマホを置いた。
……水族館。
……三人だけど。
……それでも。
……蓮くんと、出かけられる。
……楽しみ。
瑠花は、ちょっと、笑って。
布団に潜った。
……おやすみ、蓮くん。
……明日も、お弁当、作るね。
……いっぱい。
……ステラちゃんの分も。
瑠花は、目を閉じた。
ちくり、は、まだ、少しあったけど。
明日が、ちょっと、楽しみだった。
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配信コメント(その夜・抜粋)
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>【攻略ガチ勢】ステラ、結局どうなったんだ? Nullから音沙汰なし
>【ノア推し】ステラちゃん、元気にしてるといいな
>【海外視聴者】Stella defected for real? Crazy
>【陰謀論者】Nullが沈黙してる。次の動きを、ためてるな
>【holodive_master】嵐の前の静けさってやつだろ
>【草の民】そういや最近ルカたん見ないな
>【ノア推し】↑ルカたん、たまにいなくなるよね。リアルが忙しいのかな?
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