12話 ナツとルカ
「ヒカリ、ナツちゃんとルカくんも一緒でもいい?」
「フィリア様!?」
ユースが驚いたように声を上げる一方、ナツとルカはぽかんとしている。
「いいじゃない! ナツちゃんもルカくんも十二歳になったら学園に行くんでしょ? そうしたら必然的に貴族と関わるんだし、今から関わるに越したことはないわ!」
「しかしーー」
「いっちょにやる?」
ユースが何か言う前に僕が二人に声をかける。
すると二人は一瞬見合い、困惑しながらも「やります」と答えた。
「ふふっ! 決まりね? ヒカリ、二人にちゃんと教えてもらうのよ?」
「あいっ!」
正直「やりたい」じゃなくて「やります」に違和感を感じたが、残念ながら四歳児にとってその違和感は存在しないに等しい。
母の膝から降りて椅子に向かい、よじ登るようにして座る。
(椅子、高ぇ……)
いやそんなこと良いんだ。
二人はまだ困惑しながらも向かい側に座る。
「よろちくおねがいちます!」
「「おねがいします……」」
「……」
(居た堪れねぇ〜!)
四歳児のコミュ力、六歳児の不安感に押し潰されそうです!
(はぁ……)
仕方ない。ここは元高校生の、大人の力の見せ所だ。
「これってなに?」
絵の描いた教材を指さして質問。
「それは、馬車、です。貴族様の、乗り物、です」
ルカがおどおどしながら答えてくれた。
「ばしゃ? おかぁしゃま、ヒカリももってりゅの?」
「あるわよ? ヒカリはまだ乗ったことないけど、アリアちゃんのところに行く時は乗るわよ?」
「楽しそう!」
僕が馬車という言葉に無邪気に声をあげた直後。
「楽しくなんてないッ!」
「ひっ!?」
ルカが突然激情したように叫ぶ。
「……あ、その……ごめん、なさい……」
「……」
どんどん青ざめていくルカを、僕は固まって見つめることしか出来なかった。
「も、申し訳ございませんヒカリ様!」
「ご、ごめんなさい!」
そして、急いでユースが頭を下げ、ナツとルカも大急ぎで頭を下げる。
「お、おかぁしゃま……!」
こんなふうに頭を下げられることに慣れておらず、何も出来ずにおどおどする元高校生男子。
「ユース、今のは教育不足? それとも、過去の傷?」
「……」
「答えなさい」
威圧とはまた違う、お母様は何か逆らえない空気を纏っている。
「信じていただけるかわかりませんが、過去の傷でございます」
「そう。気が立って思わず叫ぶことなんて誰にでもあることよ?」
「あ、ありがとうございーー」
「ただ、理由も知らずうちの子が怒鳴られたのは看過できないわ」
「……仰る通りでございます」
お母様は頭ごなしに叱らず、慎重に対応している。
「何があったか教えて頂戴。許す許さないは、その後ヒカリに決めてもらうわ?」
気付けば座っている僕の隣に立っており、怒っているのか笑っているのかもわからない顔をしている。
「承知いたしました」
ユースは顔を上げて、静かに話し出す。
事は一年前。
ナツとルカが仲の良かった友達と遊んでいた時。
「ねぇ、今日は王宮通りに行こうよ!」
「あたしもそこ行きたい! ルカは?」
「僕もいく!」
よく三人で遊んでおり、近所の人からも可愛がられていた。
しかし、当然王宮通りは貴族の出入りも多い。
当時六歳の三人はその手の話は詳しくなく、いつも通り元気に遊んでいた。
そんな時ーー
「おいそこの平民! 危ないだろ!」
一台の馬車が、その友達と事故を起こしたのだ。
「馬車に傷でも付いたら……って平民の血が付いているじゃないか!」
その貴族が大激怒。
周りの平民は当然、貴族に逆らう度胸を持っている人などいない。
「おい、この平民の家族を探せ。しっかり馬車の修理させてやる!」
「……承知いたしました」
そんな様子を間近で見ていたナツとルカは、恐怖のあまり何も出来ずに立ちすくんでいた。
「その子は……どうなったの?」
「一ヶ月後に亡くなりました。傷か深くて、一ヶ月も保ったのが奇跡だって」
「そう……」
「……」
待って、僕が馬車聞いた時点で凄い地雷踏み抜いてたじゃん!
「フィリア様が仰った通り、二人はいずれ貴族と関わります。だから、夫が信頼しているウィンガート家に……少しでも貴族に慣れさせようとしたのですが……」
まるで泣くのを我慢するかのように声を震わせる。
「私の采配ミスです。罰は私が受けますので、どうか子供たちは……」
「ヒカリ、どうするの?」
お母様はあくまで僕に判断を任せるようだ。
それは自分が名目上被害者で、伯爵令嬢で、身分が高い分、裁きの采配を任されることが多いから。
「……」
正直全然許す気でいる。別に相手は子供だし、暴行を受けたわけでもない。
なら何故黙っているのか。
それは、自分と照らし合わせて泣きそうだからだ。
今更思い出したのだ。僕は前世で家族を置いて世を去ったのだ。
クソ女神のことや、この生活の充実感で忘れてしまっていたが、僕は、この子達を責める権利を持っていない。
「おかぁ……しゃま……!」
「ヒカリ?」
「ヒカリ様!?」
気付けば僕は、ポロポロ涙を溢していた。




