第23話 小さな星は、眠らない
帝国に帰還してから、空はずっと曇っていた。
民の心配する声も、ほぼ聞かなくなった。
窓を打つ、大つぶの雫。
厚い雲を抱き込んだ空は、帝国を覆っていた。
陽の光も差さず、夜なのかと勘違いしてしまう。
曇った硝子越しに、帝都を眺める。
歩く人の影は少なく、騎士たちの笑い声が響く。
ーー今日は、星が見えないだろう。
そんな夜は、なぜか不安になってしまう。
星は遠く離れていて、手の届かないものーー。
「主様、そろそろ行きましょう」
星型の頭飾りが、優しく煌めいた。
小さな星屑を撒く、ティターニア。
ルフィーナは剣を片手に取り、扉を開けた。
廊下には、ルナシアが立っていた。
明るい笑顔を見せて、手を振る。
「ルフィーナ!もう出発するのか?」
「うん。ルナシア、留守番よろしくね」
「任せて!孤児院の手伝い、頑張ってな!」
「ありがとう」
ルフィーナは手を振ると、騎士団本部を出た。
雨傘を差し、雨の中を移動する。
パシャパシャと、雨粒の音がやけに耳に残った。
普段なら響いている子供の笑い声も、聞こえない。
露店の香ばしい甘ささえ、漂ってこない。
ティターニアが、身震いした。
「もしかして寒い?」
「少しだけです。風が冷たくて」
「そうだね・・・」
早めに孤児院へ行こうと、足早に歩く。
セルヴィーロは城へ出向いているため、いない。
「団長デバフ」ではない雨ーー
なぜか、不安になってしまう。
◯
石造りの、大きな建物が見えてきた。
帝国の孤児たちが集まる、ノストニア孤児院だ。
ルフィーナは入り口で、扉を叩く。
「副団長様、ようこそいらっしゃいました」
「院長、お疲れ様です」
孤児院の院長リーヴァ・ノストニア。
曽祖父の代から、孤児院を受け継いでいる。
ルフィーナは傘を閉じ、孤児院に入った。
ゴツゴツとした、石の壁と木の床。
灯りはほとんどなく、暗い雰囲気が満ちていた。
それでも子どもたちは、元気に駆け回る。
「みんな、久しぶりだね。覚えてる?」
「うん!お姉ちゃんと、ティ、ティタ・・・」
「ティターニアだよ」
「ティターニア!」
ルフィーナは、柔らかな笑みを浮かべる。
子どもたちは、4年前にも一度会っていた。
当時は2、3歳だった子も、かなり成長している。
守護神獣たちも、技が使えるようになっていた。
彼らに囲まれ、中央の部屋へ来た。
数冊の絵本、小さなおもちゃ、質素なベッド。
最近は、セティラ王女の支援により、かなり環境が改善されている。
それでもまだ、普通にはほど遠いが。
「それじゃあ、絵本を読もっか」
ルフィーナが小さな椅子に座り、絵本を手に取る。
子どもたちが、何人も前に集まった。
しかし。
誰か足りない気がした。
4年前より、なんだか減っている気がしてーー。
「院長、ルキオスくんはどこに?」
ルフィーナは記憶がないからか、顔と名前を覚えるのがとても早かった。
それは今でも忘れず、覚えている。
4年前は、ルキオスという名の男の子がいた。
両親を失い、探し続けている姿が印象的だった。
彼はいつも、絵本を楽しみにしていたのだが。
その問いに、院長は顔を曇らせた。
「ルキオスくんは、魔族に襲われてしまいーー」
「・・・!そう、なんですね・・・」
ルフィーナは視線を逸らした。
孤児院にいる子どもたちは、護る親がいない。
こうして数年でいなくなることも、珍しくなかった。
ルフィーナは気を取り直し、笑顔を作る。
そして絵本のページを、めくった。
ティターニアの羽が、一瞬震えた。
子どもたちは、ほとんど字が読めない。
聞き入っている子もいれば、他で遊ぶ子もいた。
たびたび元気な質問に答えながら、読んだ。
「こうして勇者は魔王に敗れ、世界は崩れたのです」
「わぁ、さすがだね!」
「うん!かっこよかった!」
子どもたちの笑い声が、部屋を包んだ。
暖かい笑顔に、寒さも自然と消えていた。
(ーーあれ、こんなお話しだったっけ?)
どこか、違和感を感じた。
もう一度絵本の、最後のページを開く。
『こうして魔王は勇者に敗れ、世界は救われました』
いつも通りの、平和な終わり方。
勘違いか、と絵本を閉じてしまった。
遊びが終わったら、勉強の時間だ。
これはかなり、難易度が高い。
何せ子どもたちは、勉強が嫌いだからだ。
「みんな、お勉強の時間だよ」
「えー、やだ〜」
「少しだけだよ。ティターニアも見てくれるから」
椅子に座らせ、お手本を書いてみせる。
紙もまた高級品なので、木の板に書き付ける。
しぶしぶ話を聞く子どもたち。
すると、ティターニアが前に出た。
「じゃあわたしが、星で文字を書いてみます!」
「星で文字?そんなことできるの?」
子どもたちの視線が、一気に集まった。
ティターニアは、木板に手を置く。
小さな手先が、木板の上をすべっていく。
そのあとには、煌めく星が軌跡を残していた。
紫の輝く文字が、木板に書かれた。
「わぁぁ〜!きれい!」
「キラキラしてる!いいなぁ!」
子どもたちが、真似しようと紙に文字を書く。
これだけでも、大切なお勉強になるのだ。
ティターニアは、木炭に少し細工する。
どの子でも、星の文字が書けるように。
ルフィーナは少し、心が暖まる気がした。
「どうかな、書けたよ!」
「すごい、上手だね!」
「ねぇねぇ、ほしってどうやって書くの?」
ルフィーナは、文字を木板に書く。
“ほし”という文字を、真似し始める子。
辿々しい文字は、努力の証でもあった。
ルフィーナは立ち上がり、周りを見る。
その瞬間、肩を叩かれた。
「ん?」
「ねぇ、ぼくも書けたよ」
顔の前に、木板を堂々と突き出す子ども。
ルフィーナはその文字を見た。
“おともだち”と燻んだ筆跡で、書かれている。
その文字は、どこか古びて見えた。
まるでずっと、前に書かれたように。
「上手だね、でも星の文字がないや」
ルフィーナは、ティターニアを呼ぶ。
木炭に星を、入れ忘れていたのかもしれない。
「星の文字がない子がいたの」
「どの子ですか?」
「えっと、あれ・・・?」
先ほどまで目の前にいた子が、見当たらない。
まるで霧に巻かれたように、姿を消していた。
足元に、木板だけが残されていた。
拾い上げると、確かに文字が書かれている。
“オトモダチ”の一言だけーー。
顔を見ていないので、仕方ないと机に置いた。
勉強は順調に進み、終わった。
「じゃあみんな、お昼寝の時間だね」
「はーい」
それぞれ、自分のベッドに潜り込む子どもたち。
布団をかけ、寝るように促す。
そこでふと、ルフィーナは歌を思い出した。
「ティターニア、一緒に歌わない?」
「!そうですね」
昔歌った、あの歌を。
子守唄なのだから、きっと眠ってくれる。
「眠りなさい、小さな星よ
夜に溶けても、消えない声ーー」
「・・・主様?」
「あれ、なんでだろう」
なぜか、続きが浮かばなかった。
慌てて記憶を辿り、思い出す。
改めて歌い出し、今度は止まることはなかった。
雨の音だけが、静寂の中に残っていた。
子どもたちは眠りにつき、少し震える子もいた。
ルナシアなら、暖められたのにと少し思った。
お昼寝の間は、院長と近況を話し合う。
少し離れた場所で、院長たちと集まった。
「院長、最近はいかがですか?」
「食料もそこそこ安定し、寒さも緩和されています。全部セティラ姫様のおかげです」
「それはよかった。騎士団もサポートします」
院長は気がかりな点を、いくつか教えてくれた。
いざ何かあったとき、孤児院には護衛がいないこと。
子どもたちの心のケアが、足りていないこと。
命を落とした子どもを、弔う場所がないことーー。
「・・・わかりました。団長と話し合ってみます」
「いつもありがとうございます、副団長様」
「いいえ、子どもに罪は無いですから」
魔族は、子どもたちから純粋な想いさえ奪う。
ティターニアでさえ、心は純粋なまま、その行く先を奪われたのだからーー。
ルフィーナは、建物を一通り点検した。
隙間の空いてる場所、灯りの消えている場所など。
そうしているうちに、子どもたちが目を覚ました。
「それじゃあ、私たちはそろそろ帰るね」
「え〜、お姉ちゃんもう帰るの〜?」
「うん。また来るからね」
「いい子にしてるから、はやく来てね!」
「もちろん!」
ルフィーナは孤児院を出て、雨傘を開く。
子どもたちは集まって、手を振っていた。
院長は深々と頭を下げ、見送ってくれた。
ルフィーナは手を振りかえし、前を向く。
笑顔で羽ばたくティターニアと、一歩踏み出した。
その時、風が止まった。
「ルナ!」
「え、セル?」
何か焦ったような表情で、セルヴィーロが駆け寄る。
傘も差さずに、水たまりにも踏み込んで。
「大丈夫だった?」
「うん、何ともないよ。どうしたの?」
「ルビアスが、濃い瘴気の気配がするって言うから。無事でよかった」
「ここは結界内なのに・・・」
魔族、瘴気となればいち早く駆けつける。
ルビアスが間違えたことはないが・・・。
ルフィーナは少し、胸がざわついた。
結局セルヴィーロは、騎士団本部まで護衛していた。
扉を見ると、少し心が安らぐ。
中へ入ろうとした、その瞬間。
「ーーまた遊ぼうね」
背筋が震えた。
振り向いたけれど、そこには何もなかった。
ただ雨だけが、地面に打ちつけていた。
微かな黒の星が、煌めいた気がした。
冷たい風が、小さく揺らした。
誰も、いないはずなのに。
胸の奥が、僅かに痛みを感じた。
どうしてか、わからない。
でも星のない空が、降り注ぐ雨がーー
天から見つめる、赤い星を浮かばせた。
ーー私たちが、“星の子”なんだ。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
「星の子 〜護るとは、一緒にいたいと願うこと〜」は、第23話をもちまして、第1部を完結とし、書き溜めの期間とさせていただきます。
「星姫 〜天の星、地の人〜」も、
すでに、書き溜め期間に入らせていただいております。
完成度高い物語、共感できる内容をお届けするため、
数ヶ月の書き溜め期間をもって、再開いたします。
再開時は「星姫」を先に再開し、話数が揃い次第、「星の子」も再開します。
「星の子」は6月初めに再開予定です。
必ず戻ってきます。
これからも「これは私の夢物語」シリーズを、どうぞよろしくお願いします。




