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星の子 〜護るとは、一緒にいたいと願うこと〜  作者: 猫様のしもべ
第2章 揺らぐ星に願いを込めて
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第22話 夜に溶けても、消えない声

「ーーお母さん!!」


ひとつ、声が響いた。

闇に呑まれず、ただ夜の空に溶けていく。


“家”を覆っていた帷は、霧のようにほどけていた。

窓の外では、明るい闇が包み込んでいた。


遠くで、慌ただしい足音が聞こえた。

セルヴィーロたちが、“家”に踏み込んだのだろう。

けれど空気は、深く沈み込んでいた。


パキンーー


絆が砕けた日の一瞬が、乾いた音と共に蘇る。

腕輪から落ちた紫の光が、残されていた。


夜空に居場所を失った、星のように。

破片が月に照らされ、微かに煌めいた。


「・・・護れなくて、ごめんね・・・」


星空に流れたのは、微かな声だった。

ランプの炎だけが、ほのかに輝いていた。


手を伸ばそうとして、震える。

触れたら、糸のように崩れてしまいそうで。


ティターニアの背が、いつもより幼く見えた。


冷たい青色の星光が、透き通った羽から溢れる。

涙よりも繊細で、床に触れる前に溶けてゆく。


流れ落ちそうな雫を隠そうと、目を伏せた。


その瞬間ーー

小さく揺れる瞳に映ったのは、ひとつの剣。


(これは、お母さんが使っていた・・・)


瘴気も消え、ただの鉄剣となってそこにある。


ルフィーナはそっと、剣に触れた。

冷え切っているはずの刃が、柔らかに光を放つ。

崩れるように星屑と化し、ふわりと舞い上がる。


粉雪のように、夜露のように。

まるで居場所を見つけたように、胸元へ集まった。


星の光が宿った瞬間、胸の奥に何かが浮かぶ。

遠い、とても遠い、いつかの記憶。

名付けるにはあまりにも、儚いものだった。


冷たい光に包まれていた。

そっと抱き上げる腕が、暖かくて。

それが、初めて知った“お母さん”の優しさだった。


ーールフィーナ。


そう呼ばれて、精一杯の笑顔を返した。

きっと、隣の小さな星も、同じ声を知っていた。


星光は胸の奥で静まり、ルフィーナは目を開いた。


「・・・なんで、謝るの・・・?」


ティターニアの声は、脆くて、震えていた。

ようやく絞り出した一言は、微かな声だった。


なんとか続けた一言も、光ある夜に溶けた。


「最期くらい、笑って・・・」


願うように、祈りを捧げるように。

お母さんは、それに応えようとしたのだろう。


ほんの少しだけ、微かな笑みを浮かべた。


「・・・ルナ、ティター・・・」


たったひとつの名前を、声にすることはなかった。

ほのかな息遣いだけが、代わりに伝わった。


次の瞬間、紫の星光となって夜空へ昇る。


淡く煌めいた夜空が、満天の星光に包まれた。

ティターニアは星を見上げたまま、動かなかった。


寄り添うように、ルフィーナが隣に座る。

触れようとはしなかった。

崩さないように、ゆっくりと、言葉を紡いだ。


「ーー私は、ここにいるよ」


夜の静けさが、星と月の輝きが、そばにあった。


「護るためにーー」


しばらくは、星空を眺めていた。

もし泣くことができたなら、どれだけ楽だったろう。

けれど涙は、誓いを壊してしまう気がした。


ネフィラは静かに、剣を鞘に戻した。

そして瞬きの間に、姿を消してしまった。


どれくらい、時が経ったのだろうか。


セルヴィーロが立ち上がった。

いつもより距離をとって、隣に来る。


「・・・そろそろ、帝国に帰ろう」


首を横に振るものは、誰ひとりいなかった。


“家”を出ると、夜風が頬を撫でた。

冷たいはずなのに、もう少し吹かれたいと思った。



帝国の灯りが、人々の慌てた声が、彼らを迎えた。

それでも、夜の静けさは消えていなかった。


みんな、ティターニアの表情に気付いたのだろう。

深く問いかけはせず、騎士団本部へ送ってくれた。


帝国では、星がよく見えなかった。


騎士団本部の屋根に、2つの影があった。

いつものように、星空を眺める2人。


遠くに、明るい緑色の星を見つけた。


「・・・“星になる”って言葉、知っていますか?」


ティターニアが、小さく問いかけた。


その問いの意味を、すぐには理解できなかった。

けれど、緑の星に、何を思い浮かべたのかはわかる。


その横顔は、想像するより幼くはなかった。

夜空のような黒い瞳には、ひとつの星が映っていた。

ルフィーナは呟くように、問う。


「天に、昇るってこと?」


瘴気の塵となっても、天に還れるのだろうか。

そんなことを、ふと思ってしまった。


もし、また神の国に行くことがあったら。

そこにたとえ、本物のお母さんがいたとしたら。

それでも、影のない国でも、嬉しいだろうか。


なんて、考えても仕方のないことだけれど。

ティターニアは、しばらく沈黙した。


「ーーわたしは、空で永遠に輝くこと、と思います」


ルフィーナは少し、目を見開いた。


すぐには言葉を、返すことができなかった。

ティターニアの想いは、とてもまっすぐだったから。


ただ同じ星を眺めることだけが、唯一できること。


光なくして、影はできない。

お母さんは、光を与える存在になったのか?


(・・・それがきっと、いちばんいいはず)


星がひときわ、明るく輝いた気がした。


もしかしたら、伝えられなかった言葉の続きを、

伝えようとしてくれたのかもしれない。


護ることの意味が、また少しわかった気がした。

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