1日目 ミッドナイトミステリー
何回かコール音が響いた後、ようやく通話が繋がった。
「――もしもし」
「――あー、あー。こちら正樹、どうぞ」
トランシーバーじゃないのにその反応。なるほど、寝ていたところを起こしてしまったか。
「ガイ、タツヤがそこにいたら電話を代わってくれるか?」
「……いや、俺より先に寝て、そんで俺より先に起きて地下の温泉にひとりで行っちまったよ。そう書き置きがあった」
「じゃあ、すまんがタツヤが戻ってきたらこの内線電話で305号室へ連絡を入れてくれ」
「オーケェ、任せろ。100円で請け――」
特に変わった様子もなく、通話を切った。
内線電話は指定時間以外は客室間でも使用できるということがわかった。
日付が変わるまであと2時間弱。早く前支配人のメッセージの謎を解いて、2日目の謎解きに進めなければ俺たちはゲームオーバー、帰るハメになるだろう。
タツヤの言動から怪しい点はないが、本当に俺たちに協力してくれるとは限らない。
少し疑った視点も持ってみよう。
ふぅ、と気持ちを切り替えてメモ帳を開くと、ベッドに座った俺の隣にエリがいた。ちょっと前屈みで身を乗り出している。
温泉から戻ってパジャマ姿というのも中々キュート。般若心経でも唱えようかな。
「あっ、マサいつの間にそんなメモ取ったの?」
「昼食の後、レストランのスタッフにホテルの構造を確認したんだ。ミステリーイベント以外のことには、普通に答えてもらうことができたよ」
リ=リネン室 倉=倉庫 ボ=ボイラー室 電=電気室
____■____ 7階・スイート
■■■リ■■■■倉 6階
■■■リ■■■■倉 5階
■■■リ■■■■倉 4階
■■■リ■■■■倉 3階
■■■リ■■■■倉 2階
■■■リ■■■■倉 1階・フロント・特設会場
_◆レストラン等_ 地下1階
_◆ボ◆温泉◆電_ 地下2階
「客室数はツインベッドの42部屋と、スイートルームが1部屋。おかしいと思わないか?」
「何が?」
「25組のペアで宿泊するとしたら、部屋が余り過ぎだ。スタッフの数も把握する必要があるかもしれないな」
エリが自分で持ってきたノートを開くと、俺にメモを見せてくれた。
「ふっふっふ、実はあたしは既にそれを確認している!」
「えっ、凄」
未だ姿を見ていない支配人をはじめとする、ホテルスタッフが16名。レストランスタッフが12名。温泉スタッフが6名。合計34名か。
単純計算で、空いてる客室が参加客を除いて17部屋ある。
それぞれ2名ずつペアで宿泊できるとなると、34名分ぴったりだ。
最後にスイートルームだが、これは今回使用されているのか不明。
「ホテルスタッフも泊まり込み? メッセージの謎を解答する方法もきちんと説明していない。スマホも遠慮なく使える。これはもしかして……」
その時、良いタイミングで内線電話のコール音が鳴った。表示は202号室からだ。
「――もしもし、マサ君?」
「あぁ、その声はタツヤだな。すまんちょっと話を聞いてくれ」
部屋の構造、スタッフの総数を端的に伝えた後、タツヤに幾つかの質問をした。
「タツヤはどこから鎌倉まで来たんだ?」
「僕は埼玉県からだよ」
「他県からか……ネットで自分から応募したのか?」
「いやー、同じバスケ部の皆でノリで応募したんだよ。そしたら僕だけ当選したんだ」
なるほど、この話を信じるとするならばつまり、ホテル側には金鬼事件の被害者家族を把握している奴がいるってことだ。
「ちょっと今から副支配人のところへ行こうと思うんだが、一緒に行かないか?」
タツヤは僅かに思考した気がする。
「うん、行こうか」
――《ホテル業心殿 1階 特設会場》
午後11時を回っていた。
掲示されている初日のメッセージ暗号は、明日は更新されてもう見られなくなるのかもしれない。
周りを見渡すと、テーブルで酒を飲みながら暗号をじっと眺めているサングラスの男が1組、朝にも見かけた若いカップルも席に座っていた。彼らもギリギリまで推理しているのだろうか。
そんな時、たまたま特設会場のステージ付近で副支配人を見つけられたのは幸運かもしれない。
「こんばんは、空橋さん。少し質問してもいいですか?」
エリとガイはそれぞれ部屋で待機させてきた。0時まではもう時間が無いから俺とタツヤで共有した情報を持ち帰る予定だ。
「こんばんは。鷺沼様、陽善様。いかがなさいました?」
まずはタツヤが質問した。
「ミステリーイベントのことは他のスタッフも質問に答えてくれないので、きっと空橋さんも同じだと僕らは理解しています。……それで、ここのスタッフは皆さんホテルに泊まるのですか?」
副支配人は黒いネクタイをギュッと握り、答える。
「良い質問です、鷺沼様。お察しの通り、我々スタッフも皆様と同じく4日間は客室を利用する予定でございます」
50歳前後といったところか。動きは若々しいが、近くで顔を見るとほうれい線が浮かんでいた。
なぜそこまで徹底しているのだろうか……いや、なぜホテル側は財宝の発見に協力的ではないのか。
「では、僕や陽善君を当選させたのは空橋さんですか?」
「いいえ、応募は抽選ですので……。強いて言うなら、参加条件を呑んでくださった方は皆様対象になったと思いますよ」
「それにしては財宝に関するルールはかなり厳しいですよね? このルールを決めたのはどなたですか?」
「……」
この反応は! タツヤの肩に軽く手で触れて、質問者の交代だ。
「空橋さん、言い方を変えます。『今回のルールを決めたのは前支配人ですね?』」
副支配人はニコッと笑みを浮かべると、ゴマすりでもするかのように両手を組んだ。
「正解です、陽善様」
やはりそうだ。イベントに関する質問には答えないが、こっちから解答を明示することで反応はある。付加疑問文で良いなら、これはどうだ?
「ホテル業心殿の現支配人はあなたですね?」
すると、今まで接客業として立っていた男の目つきが、一瞬だけ鋭くなった。
「いいえ、私は副支配人です。支配人とはホテルの最高責任者で……どうしてそのようなことをお聞きになるのですか?」
支配人に対する過剰ともいえる反応、妙だな。
「いえ、一度お会いしてみたいと思っていたので、空橋さんが支配人なら光栄だと思いまして。すいません」
「いえいえ、私こそ大変失礼致しました。朝の謎が解けましたら、ぜひまたお声掛けくださいませ。明日の朝9時までは解答期限ですので」
この会話を最後に、俺たちはそれぞれの部屋へと戻った。
――《地上3階 305号室》
午後11時58分。
副支配人はどこか怪しい。財宝を見つけたい意欲は十分に感じるが、非協力的な面もまたある。これまでの流れからすると――
「……金鬼事件の財宝を見つけられる可能性の高い人間を集めた可能性がある」
「えっ、抽選じゃないの!?」
部屋に戻ってからは、得た情報をそのままエリに話した。
流れはよくわからないが、俺とエリは部屋に設置されていた机……ではなく、ひとつのベッドの上にふたりで並んでしまった。
「もうすぐ0時だ。俺は朝まで推理するけど、エリは先に休んでも良いからな」
「お宝目の前にして寝るのはちょっとなー」
いつの間に目の前にあることになったんだ。そもそも信憑性が足りないイベントじゃん。
ゴゴゴゴゴ…………
「「ッ!!」」
0時になると、部屋の外側から鉄格子が動く音が聴こえてきた。こうなるのか。
今から5時間は緊急用ボタンによる連絡以外は、完全に密室というわけだ。
ん、密室?
「あたしちょっと酔ってきたかも~」
「お酒は二十歳からだ。気持ちはわかるが今は推理に集中したいんだけど……」
「んもー。マサはノリが悪いなぁ。いいじゃん幼馴染なんだし、ちょっとくらいおっさんじみたことしても……なんちって」
エリの言葉を聞いたその瞬間、頭の中で何かが繋がった!
「エリッ!!」
「きゃっ」
思わずエリの両肩に手を置いてしまった! 違うそうじゃない!
「メッセージの暗号の解き方が解った!」
「ええぇぇえ!?」
テンションが上がったまま、メモ帳を開く。
《穴倉に無き 宝を求むる者へ
音無き本を開き 左右の耳で読め
ここは遊び場 手の鳴る方へ》
「ど、どういう感じにぃ!?」
エリはテンパっていた。俺は急いでメモ帳に走り書きすると、言葉そのものの意味ではない変化を感じ取り、1行目、2行目と解いていった。
「いいか、複雑に考えすぎていたけど、これはまだ序章ってことだ。まず1行目『穴倉に無き』はそのまま漢字だけを読むとどうなる?」
エリは微妙な顔をして眉をひそめ、分かると同時に手のひらをポンッと叩いた。
「ああああああ!! アナグラム(穴倉無)!!」
「そうだ、つまりこれは目隠し鬼の言葉遊び。目隠し鬼ってのは『鬼さんこちら、手の鳴る方へ』って歌が有名なんだけど、元々は『目隠し鬼』という遊びから生まれた言葉なんだ」
「でも、他がよくわかんないんだけど……」
「まあ実は俺も意味はわからん。1行目は、『アナグラムで宝を求める』。2行目前半は、『音の出ないフォン(内線電話)を聞け』。ここまでしか解けないようになっている問題か? 後はこいつを……」
机に設置された内線電話の受話器を持ち上げると、メモ帳を用意した。
「エリ、たしかマジックペン持ってたよな? 貸してくれるか」
「えっ、内線使えないって言ってなかったっけ?」
「正確には『内線は通信不可になる』だけで、掛けてはいけないとは言われていないんだ。謎解きに対して、最初からもっと柔軟な姿勢で良かったのかもしれないぞ」
俺は試しにガイたちのいる202号室(202)に電話を掛けてみた。すると、液晶に謎の4桁の数字が表示された。言われていた通り、通話は発生しない。
0時から5時の間にしか解けない問題とか、これは普通気付けないだろ。
「『5075』か。エリ、ちょっと時間くれ。101号室から順番に掛けてみる」
「マジかー……あっ、いいけど手伝うよ。あたしが掛けてマサがメモする方が早いんじゃない?」
「よし、じゃあそれでやるか」
101号室から順番に電話を掛けた。4桁の数字にまだ法則は見つからなかったが、一通り掛けて残すは7階スイートルームだけとなった。
「うえぇ肩痛い。結構時間掛かったね……最後行くよ、701号室!」
「……これだけは9桁? えっと『701534928』か」
とりあえず一通りランダムな4桁の数字をあぶり出せたようだ。後はこれを数字の低い順に並べかえて書き直せば――
1017・1023・1034・1055・1061・1078・1089
2019・2022・2038・2054・2067・2073・2085
3011・3024・3033・3059・3065・3077・3088
4018・4027・4035・4053・4064・4071・4082
5014・5028・5037・5052・5063・5075・5081
6012・6025・6039・6057・6068・6074・6083
701534928
「うん、あたしこれは無理だ。マサはどう?」
「法則はハッキリとわかるが……まてよ、メッセージの2行目後半『左右の耳で読め』は……」
「左と右に分けるの?」
「1行目の感触からすると多分これは何通りか考えが浮かぶな。左右に分ける、左右を合わせる? 耳で読めっていっても電話はもう出尽くしたと思うから……そうか、耳は左右両方合わせてひとつの耳として『2つの法則から解を導け』ってことかな」
エリの頭には巨大なクエスチョンマークが飛び出ていることだろう。
「エリ、先に休んでいてくれ。俺はまずこの内線電話の謎を解く。解けばメッセージの謎3行目に繋がるはずだ」
「うん、マサありがとう、あたしもう限界……ってああああ!!」
エリがスマホの画面を凝視したまま固まった。
「えっと、どうした?」
固まったまま、首だけギギギと俺の方へと向けた。
「スマホの電波……圏外になってる……」
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ぜひ皆さんの声をお聞かせください。
※前支配人メッセージの謎、内線電話の謎を合わせて解くと、今の段階で答えが導けるようになっています。答えは次話へと繋がっていきます。




