魔神、山を壊す
そこには、すべてがあった。
手にしたものは消えてなくなる。
なにもない、永遠の暗闇だった。
そこから抜け出したのだ。
どうやって?
ゲーミングチェアに座ってだ。
なによりも速く、強く、墓場を抜け出した。
W.W.に乗って。
空が光った。
白く一点が輝く。
轟音が風を切って近づいてくる。
飛んできたのだ。
どこからかはわからないが。
膝を曲げ着地する。
そして徐に立ち上がる。
関節フレームが静かに唱う。
凛々しくも力強く。
細身の身体だが、重厚でもある。
白い巨人だ。
気高く風を巻き興し、堂々と立ちそびえた。
そして、がらりと道が崩れた。
巨人は谷へと落ちていく。
「おいおいおい……!」
道に対して大きすぎるのだ。
崩れた先に駆け寄る。
山道の半分は穿たれ、がらがらと土砂が撒かれている。
倒木を巻き込み、崖ができてしまった。
のけぞったW.W.が体勢を戻す。
空中で止まったまま、俺の姿を捉えた。
胸部が開く。
ハッチの枠は、蹄鉄の形とも音叉の形ともいえるか。
それがそのまま足場になった。
宙に浮いて目の前で止まる。
持ち主を、迎えるかのように。
蹄鉄に、一歩を踏み出した。
蹄鉄の内側にも薄く足場はある。
なんならこれすらも乗り物のようだ。
水平に待つ胸部が近づいていく。
空席のゲーミングチェアは、持ち主を待ちわびているようだった。
やはり心地の良い座り具合だ。
ハッチが静寂を作る。
高級ホテルのエレベーターの乗り心地、と例えても陳腐だろうか。
操縦席が光の分岐を繰り返す。
一瞬の暗闇、そして映る外の景色。
今度はゆっくりとだ。
空に上がり、せまい山道に静かに着地する。
馬はいななき、少女や山賊たちも見上げる。
「なん、なん、なん……」
山賊は天を仰ぐ。
目の焦点を惑わされたように丸くしている。
なかなか首がたどり着かない。
「なんじゃこりゃ!」
「……さて」
どうしたものか。
巨人……というかヒト型の巨大兵器ではあるが。
ふわりと深呼吸をした。
堂々と仁王立ちでもしたかったのだが……うまくはいかない。
道幅に収まるよう肩をすぼめている。
満員電車を思い起こさせる、情けない体勢だ。
「思っていた登場とちがう……」
それでも、地上は恐怖と混乱に動じている。
踏み潰すのは簡単だ。
脚部を上げて、下ろす。それだけで惨状ができあがる。
腰の抜けた相手に、血の通う人間のすることではないんだが。
「怖がらせて、逃げてくれたらいいか……」
大半はすでに逃げ回っているが。
岩陰で怯える者や、すくみ上がった者もいる。
中親分と呼ばれていた巨漢もそのひとりだ。
ぎょろりと目を見開いたまま尻をついている。
追い払うように足を向けてみた。
びくりとしたが、まだ逃げない。
つま先で山崖を小突いてみた。
小石を蹴るように、軽くだ。
崖は落雷に打たれたようにひび割れていく。
「あ……」
土砂の雨が降り注いだ。
岩が落ち、土塊が滑り、山の森が落ちてくる。
当てどころが悪かったようだ。
山の崩落を前腕でせき止める。
片方の手のひらを屋根にして、押し込むように崖に戻していく。
砂遊びや粘土遊びだ。
襲ってきた山賊たちを助ける気はないが。
「さすがに無敵すぎる……」
認識する時間、が必要だったようだ。
ようやくのように山賊たちは踵を返して逃げていく。
「……まあ、俺が轢かれたときも、まともに動けなかったもんな……」
山賊に妙な共感を覚えてしまった。