魔神、別れを告げる
リンゴの山がある。
厳密にはリンゴのような果物だが。
それが大量にある。
村で見たリンゴよりも、大きくてつややかだ。
それが箱からあふれ、さらに木箱は三つ積まれている。
荷馬車のロバがあくびをした。
「ずいぶん買ったな……」
「えっと……はい……」
メナがおそるおそる肩をせまくしている。
「いや、いいんだが、一度に買いすぎじゃないか? 小分けして色々なものを調達してもよかったんだぞ?」
「旦那さま、ごめんなさい……」
メナが泣きそうな顔で謝る。
「ボク、おつりというのがあるの、知らなくて……旦那さまに預かったお金を、お店のひとにぜんぶ渡したら……」
「それで木箱三つ。いや、まあ、いいんだが……」
食料がぜんぶリンゴになった。
お歳暮にサラダ油をもらって、それが村中におすそわけされる光景が浮かんだ。
もちろんもらった家にもサラダ油はある。
めぐりめぐって自分の家に戻って来る。
いや、そんなことはどうでもいいが。
メナの頭をぽんぽんとなでる。
「助かったよメナ、よくやった。リンゴは好きか? 好きなだけ食べていいぞ? 村に持って帰ったら、みんなびっくりするだろうな」
泣きやんだようだ。
今度は照れて、くしゃりと足に抱きついてくる。
その横にミシァが頭をこっちに向けている。
頭突きではないようだが。
なにかを待ち構えている。
……なでろと?
「……ああ、値切ったのか。それはよくやった。よくやった。……うん、なんだそれは」
指先に棒らしきもの、小さな棒をつまんでいる。
口元から甘い香り、フルーツか?
三人そろって、色ちがいを持っている。
「これおいしいです、旦那さま。旦那さまのぶんも買おうと思ったんですけど……」
メナが棒を見せてきた。
溶けそうなそれを、あわてて舌ですくう。
「溶けるじゃない?」
ベルーシカがかじりつくようにほおばって言う。
ほおばっては口をすぼめ、満面の笑みに浸っている。
「待て、アイスキャンディーがあるのか?」
「あたりが出たら、もう一本もらえるそうです」
メナがおいしそうに笑った。
「魔神ってさあ」
ミシァが口をとがらせた。
はずれ棒だったらしい。
「よくわかんないところで驚くよね」
「あー……そうかもしれんな……」
この世界の、ちぐはぐな文明のせいだ。
水桶と壺と抱え直して歩く。
壺は強引に買わされたものだが。
幸運を招く壺らしい。
邸宅で見た気もするが……。
効能とやらはともかく、水を貯める容れ物には使える。
「……魔法でアイスキャンディーは作れるのに、水はわざわざ汲まないといけないのか?」
転がった桶を拾い直す。
目の前にロバの息がかかった。
それにしても、ずいぶん値切ってくれたもんだ。
ロバからハーネス、荷車へ目をたどる。
リンゴの木箱がごろごろと揺れている。
緑の丘を上っていた。
「ロバは、ロバ標に置けばいいって知ってる?」
ミシァはアイスキャンディーの棒をいつまでもくわえて歩く。
それで立て札をさして示した。
「タクシーみたいなものか? 貸し自転車だとか。例えが思い浮かばんが……」
そのロバ標とやらで止まった。
「村に持ってくなら門まで運べばいいのに。なんでうちの家? 反対側だよ?」
「村まではW.W.で運ぶからな」
「おお!」
ミシァがきらきらと拳を構えた。
メナたちが少し遅れてくる。
仲良く話をしていると、まるで姉妹に見える。
メナの足は、新しく光っている。
俺が作ったみすぼらしい靴も抱えているが。
捨ててもいいと言ったのに、宝物にするという。
「メナの肌もきれいになったじゃない。もとがいいのよね。ほらほら」
「はう……くすぐったいです……」
メナにとって、初めての村の外だ。
連れてきてよかった。
そういう意味では、三人に感謝しないといけないかもしれない。
「……香りもいいわよね。さすが命占術師。秘伝のお薬?」
「いえ、買えますよ。少々お高いですけど」
ベルーシカがパーシアンナの手の甲に鼻を寄せている。
美容クリームかなにかの話だろう。
「なにでできてるのかしら……。薬草とか、これもハチミツかなにか?」
「知らないほうがよろしいと思いますよ?」
「パーシアンナさんの手、すべすべです……」
楽しいひとときを眺めていたい気もあるんだが……。
ここで別れだ。




