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魔神、走る


 この男からすると、しつこい宗教勧誘につきまとわれた挙げ句に川に落とされたのだ。


 もう一度、びしょ濡れの男に心のなかで謝罪した。


 返事をするように男が言う。

「なんだ、ミシァ嬢じゃないか。また隠れんぼか? さっきも子供が遊んでいたがな、遊ぶのは大通りのほうだけに……」


 がらりと嫌な音が落ちてきた。


 足場の上で男たちが、ざわざわと声を上げる。


 石壁がぱらりと降ってきた。

 そしてゆっくりと倒れ始める。


 空中でばらばらと崩れ、太陽を透かしていく。

 支えをなくした屋根が、滑るように落ちていく。

 ハチミツ色の石が、モザイクが、次々に崩落をかぶせていく。


 轟音がホコリを籠もらせた。

 すぐそこにあった建物は、瓦礫へと変わった。


「解体工事にしてはやりすぎじゃないか……?」

 ホコリに咳をして言うと、男の怒鳴り声にかき消される。

「おい、向こうで遊べって言っただろ!」


 子供が泣いている。

 そして、指をさしている。

 崩れた山へだ。

「おいおい、まさか……!」

 男の野太い声が、焦りに変わっていく。


「隠れんぼでもしてたのか! あの下に、友だちがいるのか!」

 子供はしきりに泣き続ける。

 男の声に、うなずきながら。


 がらりと石が鳴った。

 ベルーシカが瓦礫を踏んだ音だ。

「た、助けなきゃ……」

「おい! 崩れるぞ、ヘタに入るな!」

 男が肩をつかんで止める。


「おまえ、さっきのうるさい女か! なあ! 聖天使様に祈れば助けてくれるのか! 教会に従えば、この山をどけてくれるのか!」

 男は体で怒鳴る。

 周りの瓦礫から持ち上げては放り捨てていく。

「ローバーならこれもどかせるだろうがな、禁止だもんな! わかったら黙って下がってろ!」

 男の叱りが効いたようだ。

 ベルーシカはただ拳を震わせた。

 口を固く結び、加勢をする男たちに押されていく。


 残っていた石壁がまた崩れた。


 メナが指を握りしめてきた。

 震えている。

 瓦礫の中を、震えた瞳で見つめている。

 埋もれている子供は、メナと同じくらいの年齢だろうか。


 俺はなにができる。

 時間を止めたところで、どうすることができるのか……。


 ――できる。

 ひとだかりに背を向けた。

 大通りを走る。

 絵画の世界を走る。

 大きく息を吸い込み、吐き出す。

 街の門はどっちだ。


 泣き声が耳に響くようだ。

 どこか潰されてはいないか。

 間に合うのか。

 ひんやりとした門の陰が鳥肌を立てた。


 意思を受け取ったかのように、ハッチが開いていく――。


 林が揺れる。

 木の葉を巻きつけた風が飛翔する。


 着地した道幅は、ちょうど足裏に埋まった。

 洗濯物が飛んでいく。

 軒並みを跨ぎ、前かがみに手を伸ばす。

 モニターには崩れた石壁、こちらを見上げるひとだかり、瓦礫をどかす男たち。


 瓦礫に指先が触れる。

 指先をそっと、そっとだ。

 石の山をめくっていく。


 土を耕すのとはちがう。

 中に、子供がいるのだ。

 もっと、もっと慎重に……。


 足場が崩れてきた。

 手の甲で遮る。

 そして、小さな姿を捉えた。

 生卵でも包むように、そっとだ……。


 泣き声が空を仰いだ。

 陽の光がW.W.(ホワイトウィッチ)を照らしていた。



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